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国を守る嘘  作者: アゴウオカダ
第一部 若き外交官編 第三章 深層
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第一話 戻る場所



 ヴェルナへ戻ってきた理由は、鉱山の再調査だった。


 王都で集めた記録の中に、現在の鉱山の記録とは一致しない古い記述がいくつか見つかった。


 閉鎖された坑道。


 残されていない記録。


 そして、現在の地図には存在しない経路。


 どれも単独なら、古い鉱山では珍しい話ではない。


 だが、いくつかの記録を重ねていくと、一つの疑問が残った。


 ――本当に、記録から消えただけなのか。


 アシュレイはその確認のため、ヴェルナへ戻ってきた。


 表向きは鉱山の管理状況の確認。


 実際には、記録から抜け落ちたものが何なのかを確かめるためだった。


「……それにしても」


 向かいに座っていたレオンが、窓の外を見ながら呟いた。


「随分と静かですね」


 馬車の車輪が、乾いた道を一定の間隔で叩いている。


 風が吹けば、街道脇の草が擦れる音がする。


 遠くでは鳥の鳴き声も聞こえていた。


 それなのに――妙に静かだった。


「前に来たときも、似たようなものだったと思いますよ」


 アシュレイはそう答えた。


 だが、自分でも分かっていた。


 違う。


 以前とは何かが違う。


 ヴェルナは大きな街ではない。


 鉱山を中心に人が集まり、その周囲に小さな集落が点在しているだけだ。


 昼間なら、鉱山へ向かう荷車の音がする。


 採掘を終えた鉱夫たちが酒場へ向かう姿もある。


 子供たちが道を走り回っていることだって珍しくない。


 なのに今日は――人の姿が少なかった。


「村に入ってから、誰もこちらを見ませんね」


 レオンが言う。


「見ていないのではなく、出てきていないのでしょう」


「……それも変じゃないですか?」


 アシュレイは答えなかった。


 馬車の速度が落ちる。


 御者が、前方の道を確認している。


 その先に、ヴェルナの集落が見えてきた。


 家々は変わらない。


 屋根も、井戸も、鉱山へ続く道も。


 少なくとも、外から見れば以前と何も変わっていない。


 だが――


「洗濯物がない」


 レオンが言った。


 アシュレイも気づいていた。


 昼を過ぎた時間だというのに、家の軒先に干された衣服がほとんどない。


 店の戸も閉まっている。


 道端に置かれた木箱も、そのままだ。


 まるで人だけが抜け落ちている。


「村長のところへ向かいます」


「はい」


 馬車がゆっくりと進んでいく。


 アシュレイは窓の外を見続けた。


 家。


 井戸。


 小さな納屋。


 どれも生活の跡は残っている。


 それなのに、人がいない。


 逃げたのなら、何かを持っていくはずだ。


 食料。


 衣服。


 家畜。


 少なくとも、最低限の荷物くらいは。


 しかし――


「……牛がいますね」


 レオンが窓の外を指した。


 納屋の横に、小さな牛舎がある。


 中には二頭の牛がいた。


 餌も与えられている。


「逃げた村には見えませんね」


「ええ」


 アシュレイは短く答えた。


 馬車が止まる。


 御者が振り返った。


「着きました」


 アシュレイは外へ降りる。


 足元の土を踏みしめた。


 久しぶりに戻ってきた場所。


 以前なら、ここで鉱山関係者たちが忙しく行き交っていた。


 今は誰もいない。


「アシュレイ」


 レオンの声がした。


「どうしました?」


「あれ」


 レオンが鉱山の方を見ている。


 アシュレイもそちらへ視線を向けた。


 山は変わらない。


 坑道へ続く道もある。


 しかし、その奥から――


 音が聞こえた。


 低い。


 遠い。


 何かを叩くような音。


 アシュレイは立ち止まった。


「……聞こえましたか?」


「はい」


 二人とも黙る。


 しばらくして、


 ――コン。


 もう一度。


 ――コン。


 そして、


 ――コン。


 三回。


 そこで音が途切れた。


「……」


 レオンがアシュレイを見る。


 アシュレイは鉱山から目を離さない。


 風の音だけが戻ってくる。


 数秒。


 十秒。


 それ以上。


 何も聞こえない。


「気のせい……ですかね」


 レオンが言った。


「だったら、よかったんですが」


 アシュレイはそう返した。


 そして――


 ――コン。


 間を置いて。


 ――コン。


 ――コン。


 三回。


 今度は、はっきり聞こえた。


 レオンの表情が変わる。


「……三回」


「ええ」


「さっきも三回でした」


「そうですね」


 アシュレイは鉱山を見つめた。


 偶然とは思えない。


 何かが叩いている。


 だが、人の姿は見えない。


「行きますか?」


 レオンが尋ねる。


 アシュレイは少しだけ考えた。


 そして首を横に振った。


「先に村を調べましょう」


「鉱山より?」


「ええ」


 アシュレイは村を見渡した。


 人が消えている。


 そして、鉱山から意味の分からない音が聞こえる。


 順番を間違えれば、見落とす。


 それは外交でも、諜報でも同じだった。


 目立つものほど、囮であることが多い。


「音を追うのは、誰かがそれを聞かせたいときです」


「じゃあ、村の方が重要だと?」


「まだ分かりません」


 アシュレイは歩き出した。


「だから、確かめます」


 静まり返った村を、一歩ずつ進んでいく。


 その背後。


 誰もいないはずの鉱山から――


 もう一度だけ、音がした。


 ――コン。


 三回ではない。


 一回だけだった。


 アシュレイは振り返らなかった。


 ただ、その音を聞いた瞬間だけ。


 足が、ほんのわずかに止まった。


 何かが変わっている。


 そう思った。


 以前ここに来たときには、確かに存在しなかった何かが。


 ヴェルナの地下で。


 静かに動き始めている。


毎日20時20分投稿予定です。


もしよければ、ブックマークと評価よろしくお願いします。

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