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国を守る嘘  作者: アゴウオカダ
第一部 若き外交官編 第二章 境界線
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第二十二話 名前を置いた者



 夜。


 ローゼンベルク領都の灯りが、窓の外で揺れていた。


 アシュレイは机の上に並べた資料を、何度も読み返していた。


---


 国境監視記録。


 鉱山関係者の出入り記録。


 襲撃者の証言。


 そして、エドガー・ヴァイスという名前。


---


 どれも単独なら、大きな意味を持たない。


 だが、重ねて見ると違う。


---


「おかしいですね。」


---


 ミレイが向かいの席で呟いた。


---


「何がです?」


---


「エドガーさんの名前です。」


---


 アシュレイは顔を上げる。


---


「どういう意味ですか?」


---


「襲撃者が名前を口にした。」


---


「監視記録にも名前が残っている。」


---


「でも、どちらもエドガーさん本人を確認したわけじゃない。」


---


 アシュレイは黙った。


---


 確かに。


---


 エドガー本人を見たという証言は、今のところ一つもない。


---


 あるのは名前だけ。


---


「つまり。」


---


 ミレイが続ける。


---


「誰かが、エドガーさんの名前だけを残しているように見えます。」


---


 アシュレイは椅子から立ち上がった。


---


「もう一度、監視記録を見せてください。」


---


 紙を広げる。


---


 名前。


 日付。


 入国地点。


---


 アシュレイは指で一つずつ追っていく。


---


「ここ。」


---


「何かありますか?」


---


「記録を書いた人間。」


---


 名前の横に、担当兵士の印がある。


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 しかし。


---


「この印。」


---


「どうかしました?」


---


「少し違います。」


---


 アシュレイは別の記録を取り出した。


---


 同じ監視所で、別の日に作成された書類。


---


 二つを並べる。


---


「こっちは右上に印がある。」


---


「でも、エドガーの記録だけ位置が違う。」


---


 ミレイが覗き込む。


---


「本当ですね。」


---


「書いた人間が違う?」


---


「分かりません。」


---


 アシュレイは考える。


---


 偽造。


 改ざん。


 あるいは。


---


 後から差し込まれた。


---


「この記録が襲撃前から存在していたのか、確認できますか?」


---


 ミレイは首を横に振った。


---


「難しいと思います。」


---


「では、別の方法で確認しましょう。」


---


 アシュレイは資料をまとめる。


---


「監視所にいた兵士の証言を集めます。」


---


「襲撃前に、誰がこの記録を見たのか。」


---


 そこまで言った時。


---


 扉が叩かれた。


---


「失礼します。」


---


 入ってきたのは帝国の文官だった。


---


「アシュレイ様。」


---


「何でしょう?」


---


「ローゼンベルク辺境伯閣下から伝言です。」


---


 文官が一枚の紙を差し出す。


---


「国境監視所について、追加の調査許可が出ました。」


---


 アシュレイは紙を受け取る。


---


「私たちが調査しても?」


---


「はい。」


---


「ただし、一つ条件があります。」


---


「何でしょう。」


---


「帝国軍の調査官が同行します。」


---


 アシュレイは少し考えた。


---


 断る理由はない。


 むしろ、帝国側の資料を直接確認できる。


---


「分かりました。」


---


 文官が一礼して部屋を出ていく。


---


 ミレイが口を開いた。


---


「罠だと思いますか?」


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「分かりません。」


---


「でも。」


---


 アシュレイは紙を見つめる。


---


「罠だとしても、行く価値はあります。」


---


「なぜ?」


---


「エドガーの名前が、誰によって置かれたのか。」


---


「それを知るためです。」


---


 翌朝。


---


 アシュレイたちは国境監視所へ向かった。


---


 領都を出ると、街道の雰囲気が変わっていく。


 民家が減る。


 畑が減る。


 代わりに、軍用道路と監視塔が増えていく。


---


 国境が近づいている。


---


 やがて、小高い丘の上に監視所が見えた。


---


 外壁にはいくつかの傷跡が残っている。


---


 襲撃の跡だ。


---


 案内された建物の中には、数人の兵士がいた。


---


「こちらが、襲撃時に勤務していた者たちです。」


---


 帝国軍の調査官が紹介する。


---


 アシュレイは一人ずつ顔を見る。


---


「襲撃者について、もう一度確認します。」


---


 兵士の一人が答えた。


---


「五人です。」


---


「顔は?」


---


「覆面でした。」


---


「声は?」


---


「若い男が一人。」


---


「何か特徴は?」


---


 兵士は少し考えた。


---


「……一人だけ、妙に帝国軍のことを詳しく知っていました。」


---


 アシュレイの目が細くなる。


---


「どんなことを?」


---


「監視交代の時間。」


---


「巡回経路。」


---


「保管場所。」


---


 それだけなら、内部の人間とも考えられる。


---


「そして。」


---


 兵士が続けた。


---


「そいつは、俺たちにこう言いました。」


---


「何と?」


---


「『探しているのは兵士じゃない』と。」


---


 アシュレイの表情が変わった。


---


「その後は?」


---


「『道を教えろ』と。」


---


「何の道です?」


---


「それは分かりません。」


---


 アシュレイは監視所の内部を見る。


---


 地図。


 記録棚。


 武器庫。


---


 そして、奥に一つだけ古い棚があった。


---


「これは?」


---


 アシュレイが尋ねる。


---


 調査官が答える。


---


「古い国境資料です。」


---


「見ても?」


---


「どうぞ。」


---


 棚から一冊の記録を取り出す。


---


 古い。


 紙も黄ばんでいる。


---


 アシュレイはページをめくる。


---


 国境線。


 街道。


 鉱山。


---


 そして。


---


 ヴェルナ周辺の古い地図。


---


 現在の地図とは、一部の道が違っていた。


---


「この道。」


---


 アシュレイが指を止める。


---


「現在は使われていません。」


---


「どこへ続いている?」


---


 調査官が地図を見る。


---


「……ヴェルナの旧鉱山道です。」


---


 アシュレイの胸がざわつく。


---


 地下施設へ続く道。


---


 エドガー。


---


 そして、国境監視所を襲った者たち。


---


 すべてが一本の線になり始めていた。


---


 しかし。


---


 アシュレイはそこで立ち止まる。


---


「この地図。」


---


「何です?」


---


「最近、誰かが触れています。」


---


 紙の一部だけが妙に新しい。


---


 古い地図の中で。


---


 **ヴェルナの鉱山周辺だけ。**


---


 そこだけが、何度も開かれたように擦れていた。


---


 アシュレイは静かに息を吐く。


---


 エドガーの名前。


 国境監視記録。


 旧鉱山道。


---


 誰かが、意図的にこちらへ道を示している。


---


 まるで。


---


 **「ここを探せ」**


---


 そう言っているかのように。


---


「アシュレイ様。」


---


 ミレイの声がした。


---


「どうしますか?」


---


 アシュレイは地図を閉じる。


---


「戻ります。」


---


「ヴェルナへ?」


---


「ええ。」


---


 だが、その表情には以前とは違う警戒があった。


---


「今度は。」


---


「誰かに案内されて行くんじゃない。」


---


「こちらから、確かめに行きます。」


---


 窓の外。


---


 帝国と王国を隔てる国境線が、遠くに伸びている。


---


 その線の向こう側に。


---


 まだ誰も知らない何かが待っている。


---


 そしてアシュレイはまだ知らなかった。


---


 自分たちが追っている「エドガーの行方」と。


---


 エドガー自身が隠している「地下施設の秘密」が。


---


 同じ場所へ向かっていることを。



毎日20時20分投稿予定です。


もしよければ、ブックマークと評価よろしくお願いします。

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