第十七話 言えない理由
会談室の空気が、明らかに変わった。
レオンの言葉は穏やかだった。
だが、その意味は重い。
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「なぜ隠しているのか、ですか。」
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アシュレイはゆっくりと言葉を返した。
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「帝国は、王国が何を隠していると思っていますか?」
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「いくつか可能性があります。」
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レオンは指を一本立てた。
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「第一に、地下施設そのものが軍事施設だった可能性。」
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二本目。
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「第二に、施設内で何かが発見された可能性。」
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三本目。
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「そして第三に。」
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レオンはそこで止めた。
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「王国が、それを帝国に知られたくない理由がある可能性。」
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アシュレイは微笑んだ。
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「よく調べていますね。」
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「外交官ですから。」
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「便利な言葉ですね。」
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「あなたもよく使うでしょう。」
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わずかな笑い。
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だが、すぐに消える。
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アシュレイは机の上の書類へ視線を落とした。
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「地下施設について、王国が確認した事実をお伝えします。」
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ミレイが顔を上げる。
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アシュレイは続けた。
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「施設はヴェルナの鉱山地下に存在していました。」
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「古い建造物です。」
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「用途については、現在調査中。」
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ここまでは真実だった。
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「そして、内部には現在の王国の技術では説明できない構造が存在していた。」
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レオンの目がわずかに細くなる。
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「現在の技術では、ですか。」
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「はい。」
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「それは興味深い。」
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「ですが、それ以上は?」
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アシュレイは一拍置いた。
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「現時点では申し上げられません。」
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レオンはすぐには追及しなかった。
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代わりに、隣の文官へ目を向ける。
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文官が一枚の書類を取り出した。
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「こちらをご覧ください。」
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机の中央へ置かれたのは、国境付近の地図だった。
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「ローゼンベルク辺境伯領では、ここ数日で国境警備が強化されています。」
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赤い印がいくつも付いている。
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「理由は?」
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アシュレイが尋ねる。
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「不明です。」
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ミレイが眉をひそめた。
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「不明?」
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「正確には、軍から外交府への説明がありません。」
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レオンが静かに口を挟む。
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「辺境伯閣下は、必要以上の情報を中央へ送らない方です。」
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「現場で判断する必要がある、と考えておられる。」
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アシュレイは地図を見つめた。
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国境のいくつかの地点に兵が配置されている。
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ヴェルナだけではない。
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王国と帝国が接する国境線。
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その複数の地点で、同時に動きが起きている。
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「帝国軍は、何を警戒しているんです?」
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レオンは答えなかった。
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代わりに、地図上の一点を指した。
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「ここです。」
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そこには、ヴェルナから離れた国境砦が記されていた。
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「三日前、この砦で不審な動きが確認されました。」
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「何者ですか?」
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「まだ分かっていません。」
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アシュレイの表情が変わる。
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地下施設。
国境警備。
そして、不審な動き。
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偶然とは思えなかった。
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「帝国は、それをヴェルナと関連付けている?」
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「軍はそう考えている可能性があります。」
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「あなたは?」
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レオンは少しだけ考えた。
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「私は、まだ判断していません。」
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その答えに、アシュレイは僅かに驚いた。
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「意外ですね。」
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「何がです?」
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「帝国の首席交渉官ともあろう方なら、もっと早く結論を出すものかと。」
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レオンは苦笑した。
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「結論を急ぐのは、軍人の仕事です。」
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「外交官は、結論を急がせないのが仕事ですよ。」
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その言葉に、アシュレイは少しだけ笑った。
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だが、すぐに表情を戻す。
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「では、こちらから一つ提案があります。」
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「どうぞ。」
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「国境の軍事行動について、両国が相互に情報を共有する。」
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「兵力や配置をすべて公開する必要はありません。」
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「ただし、国境線を越える可能性のある動きについては、事前に通知する。」
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レオンは考え込む。
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「帝国軍が了承するとは限りません。」
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「王国軍も同じです。」
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「それでも提案するのですか?」
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「ええ。」
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アシュレイは地図を見る。
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「今のままでは、どちらかが動くたびに、もう一方が警戒する。」
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「警戒するから兵を増やす。」
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「兵が増えるから、さらに警戒する。」
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「その繰り返しです。」
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レオンは黙っている。
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しばらくして、書類を一枚引き寄せた。
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「分かりました。」
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「帝国として、持ち帰って検討します。」
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会談はそこで一区切りとなった。
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椅子を引く音。
書類をまとめる音。
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アシュレイも席を立つ。
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その時だった。
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会談室の扉が開いた。
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一人の帝国兵が、レオンへ何かを耳打ちする。
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レオンの表情が変わった。
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「……いつです?」
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「一時間ほど前です。」
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「場所は?」
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兵士が答える。
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「ヴェルナとの国境付近です。」
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アシュレイの動きが止まった。
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レオンは一瞬だけアシュレイを見る。
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「何があったんです?」
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アシュレイが尋ねる。
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レオンはすぐには答えなかった。
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やがて、静かに言った。
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「国境監視所の一つが。」
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「何者かによって襲撃されました。」
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会談室の空気が凍る。
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アシュレイは、机の上に残された地図を見る。
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そこには、さきほどレオンが示した国境砦の位置が記されていた。
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そして。
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その場所とヴェルナの間には、一本の街道が伸びている。
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(繋がっている。)
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そんな考えが、頭をよぎった。
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しかし。
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まだ証拠はない。
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アシュレイは自分に言い聞かせる。
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(推測を事実にしてはいけない。)
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外交官として。
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そして、一人の人間として。
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それだけは越えてはいけない境界線だった。
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