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国を守る嘘  作者: アゴウオカダ
第一部 若き外交官編 第二章 境界線
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26/32

第十六話 交渉の席



---


 午後。


 ローゼンベルク辺境伯領、外交迎賓館。


 会談室の扉が開かれた。


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「お待ちしておりました。」


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 先に立っていたのは、レオン・アルディスだった。


 昨日までの柔らかな表情はない。


 服装も同じ。


 立ち姿も変わらない。


 それでも、アシュレイには分かった。


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(昨日までとは違う。)


---


 レオンは帝国の代表として、ここにいる。


 アシュレイも同じだった。


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「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。」


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 アシュレイが席につく。


 向かい側にはレオン。


 その隣には帝国外務府の文官が二人。


 アシュレイの側にはミレイと、王国から同行した書記官。


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 四人。


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 それだけだった。


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 軍人はいない。


 辺境伯もいない。


 護衛すら、会談室の外に置かれている。


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 アシュレイはそれを確認してから口を開いた。


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「ずいぶん少人数ですね。」


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「必要以上に人を増やせば、それだけ記録すべき言葉も増えます。」


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 レオンが答える。


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「外交は、人数で強くなるものではありませんから。」


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「同感です。」


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 一瞬だけ、二人の視線が交わる。


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 以前にもこうして向き合った。


 だが、あの時とは違う。


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 今回は両国の正式な使節として向き合っている。


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 レオンが一枚の書類を机の中央へ置いた。


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「では、帝国側から申し上げます。」


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「今回の議題は三つです。」


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 アシュレイは黙って聞く。


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「第一。」


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「ヴェルナ自治区における両国の軍事的緊張を解消すること。」


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「第二。」


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「国境周辺の鉱山および地下施設について、両国が保有する情報を共有すること。」


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「第三。」


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 レオンがわずかに間を置いた。


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「今後、同様の問題が発生した際の共同調査体制を構築すること。」


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 アシュレイは書類を見る。


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 意外だった。


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 もっと一方的な要求をしてくると思っていた。


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「帝国は、ヴェルナへの軍の進入を求めないのですか?」


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 レオンの表情が僅かに変わる。


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「王国側は、我々がそれを求めると考えていたのですか?」


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「当然の可能性として。」


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「なるほど。」


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 レオンは椅子に背を預ける。


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「では、こちらからも一つ質問を。」


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「どうぞ。」


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「王国は、ヴェルナに展開している兵をいつ撤収させるおつもりですか?」


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 アシュレイは答えなかった。


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 帝国側の要求は、穏当だった。


 だが、その質問は違う。


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 軍を撤収させる。


 それは簡単な言葉だ。


 しかし王国側からすれば、


**「帝国を信用した」**


と受け取られる可能性がある。


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 逆に撤収を拒めば、


**「王国は戦争を準備している」**


と帝国に判断される。


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 どちらを選んでも、意味が生まれる。


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 アシュレイはゆっくり口を開いた。


---


「王国は、国境の安全が確保されるまで兵を完全に撤収させるつもりはありません。」


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「ですが。」


---


「帝国軍が同様に国境で警戒態勢を続けるのであれば、こちらも態勢を維持する必要があります。」


---


「なるほど。」


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 レオンは否定しない。


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「つまり、互いに相手が兵を下げるまで兵を下げない。」


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「そういうことです。」


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 沈黙。


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 会談室の時計の音だけが響く。


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 アシュレイは、その沈黙の中で考えていた。


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(帝国は軍を動かしたいわけではない。)


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(ならば、何を警戒している?)


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 答えは一つしかない。


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 **地下施設。**


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 帝国は、あの施設について何かを知っている。


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 しかし、それを今ここで口にするわけにはいかなかった。


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 アシュレイは視線を上げる。


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「では、こちらからも条件を提示します。」


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「聞きましょう。」


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「ヴェルナにおける調査は、王国と帝国の双方が参加する形にしていただきたい。」


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「異論はありません。」


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「そして。」


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 アシュレイは一度だけ言葉を止める。


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「調査結果は、両国の政府に同時に報告する。」


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 レオンの目が細くなる。


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「第三者への情報共有を制限する、という意味ですね。」


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「はい。」


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「理由をお聞きしても?」


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「情報が独り歩きすれば、事実とは関係なく戦争の口実になります。」


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 レオンはしばらく黙っていた。


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 やがて、静かに頷く。


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「それは帝国も同意します。」


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 思ったより早かった。


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 アシュレイは違和感を覚える。


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(……簡単すぎる。)


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 外交で、本当に危険なのは拒絶ではない。


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 **相手があまりにも簡単に同意した時だ。**


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 レオンが書類を閉じる。


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「では、最後に一つだけ。」


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「何でしょう。」


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「帝国は、今回の地下施設について。」


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 レオンがアシュレイを見る。


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「王国がまだ公表していない情報を、いくつか把握しています。」


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 ミレイの手が止まった。


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 アシュレイも表情を変えない。


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「……そうですか。」


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「はい。」


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「ですが、ここでそれを追及するつもりはありません。」


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 アシュレイは眉を動かす。


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「なぜです?」


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 レオンは静かに答えた。


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「あなた方が何を隠しているかより。」


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「**なぜ隠しているのか。**」


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「私はそちらの方を知りたいからです。」


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 会談室の空気が変わった。


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 アシュレイは初めて理解した。


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 今日の交渉で試されているのは、条件でもない。


 地下施設の情報でもない。


---


 **自分が、どこまで本当のことを話せる人間なのか。**


---


 そして。


---


 どこから先を、


**国を守るための嘘**


として隠すのか。


---


 その境界線だった。



毎日20時20分投稿予定です。


もしよければ、ブックマークと評価よろしくお願いします。

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