第十四話 領都ローゼンベルグ
翌朝。
王国使節団を乗せた馬車は、帝国辺境伯領の領都へ向かっていた。
国境から半日。
街道は広く整備され、道中では巡回する騎兵隊と幾度もすれ違う。
そのどれもが規律正しく、必要以上に王国使節を見ようとはしなかった。
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「見られているようで、見られていませんね。」
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ミレイが小さく呟く。
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アシュレイは頷く。
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「教育でしょう。」
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「好奇心より任務を優先している。」
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「それだけで、この領地がよく治まっていることが分かります。」
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やがて城壁が見えてきた。
高すぎず、低すぎもしない。
戦うためだけではなく、人と物を守るために築かれた城壁だった。
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門の上には、一枚の旗が風を受けてはためいている。
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黄金の獅子が、黒い盾を掲げる紋章。
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「ローゼンベルク家の家紋です。」
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案内役の帝国文官が説明する。
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「辺境伯閣下は現在、国境守備の視察中です。」
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「皆様への歓迎の意は預かっております。」
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アシュレイは静かに一礼した。
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「ご配慮に感謝します。」
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門をくぐる。
領都は想像していたよりも落ち着いていた。
軍都という印象は薄い。
鍛冶屋の槌の音が響き、広場では子どもたちが走り回っている。
兵士は多い。
しかし、市民の生活が兵士に支配されている様子はなかった。
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(……辺境だからこそ、日常を守る必要がある。)
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そんな考えが自然と浮かぶ。
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迎賓館へ到着すると、使用人たちが丁寧に出迎えた。
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「長旅、お疲れさまでございました。」
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「本日の会談は午後より予定しております。」
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「それまでは、ご自由にお過ごしください。」
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アシュレイは部屋へ案内される。
窓を開けると、領都の中心広場が見渡せた。
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荷物を整理していると、扉が控えめに叩かれる。
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「失礼いたします。」
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入ってきたのは、昨日案内を務めた若い帝国文官だった。
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「レオン様より、お預かりしたものです。」
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差し出されたのは、一冊の薄い冊子だった。
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『ローゼンベルク領案内』
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アシュレイは少し驚く。
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「観光案内ですか。」
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文官は穏やかに笑う。
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「違います。」
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「レオン様は、『土地を知らずに人は語れない』と、よくおっしゃいます。」
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冊子には、名所ではなく、
人口、産業、街道、灌漑、水源、作物の収穫量まで記されていた。
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アシュレイは思わず苦笑する。
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「確かに、あの方らしい。」
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ページをめくる。
そこには最後に、手書きで一行だけ添えられていた。
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> **『交渉の前に、この土地を知っていただければ幸いです。』**
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署名はない。
だが、誰の言葉かは分かった。
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アシュレイは冊子を閉じ、窓の外へ目を向ける。
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「……なるほど。」
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「だから、あなたは強いのですね。」
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交渉の前に相手へ情報を渡す。
それは親切ではない。
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**互いが同じ事実を知った上で議論したい。**
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それが、レオン・アルディスという外交官の流儀だった。
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アシュレイは静かに席を立つ。
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「少し街を歩いてきます。」
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冊子を手に、迎賓館を後にする。
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午後の会談まで、あとわずか。
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若き外交官は、まず土地を知ることから始めた。
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