第十二話 国境へ
夜明け前の王都は、まだ静かだった。
東の空が白み始める頃、王城の正門には一台の馬車が用意されている。
豪華な外交使節団ではない。
護衛も最低限。
王国はあえて、大仰な動きを見せなかった。
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「本当に少人数ですね。」
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ミレイが馬車を見渡して言う。
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「威圧と誠意は別物です。」
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アシュレイは荷を確認しながら答えた。
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「兵を並べれば、相手も兵を並べます。」
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「今回、私たちが向かうのは戦場ではありません。」
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「交渉の席です。」
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ミレイは静かに頷いた。
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そこへ、セドリックが姿を見せる。
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「準備は整ったようですね。」
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「はい。」
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短いやり取りだった。
二人とも、今さら励ましの言葉は必要ないと分かっている。
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セドリックは一通の封書を差し出した。
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「これは?」
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「帝国外務府宛ての親書です。」
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「陛下のお言葉も添えられています。」
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アシュレイは丁寧に受け取る。
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「絶対に開封するな。」
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「もちろんです。」
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少しだけ、セドリックの口元が緩む。
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「……昔、一人だけ開けた外交官がいてな。」
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アシュレイは目を丸くする。
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「その人は?」
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「当然、更迭された。」
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二人の間に小さな笑いが生まれる。
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重苦しい空気を、ほんの少しだけ和らげる笑いだった。
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やがて城門が開く。
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馬車がゆっくりと進み始める。
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王都の街並み。
市場。
石畳。
見慣れた景色が、少しずつ遠ざかっていく。
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アシュレイは窓の外を見つめる。
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(父上。)
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(私は、あなたと同じ道を歩いています。)
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(ですが。)
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(同じ答えを選ぶつもりはありません。)
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馬車は北へ進む。
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国境までは数日。
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その先には帝国がある。
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そして場面は変わる。
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帝国。
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重厚な石造りの庁舎。
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一人の男が書簡を受け取る。
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「王国から正式な使節団か。」
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封蝋を確認し、静かに頷く。
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「予定どおりですね。」
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部下が尋ねる。
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「お受けになりますか。」
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男は窓の外を見る。
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遠く、王国の方角へ。
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「断る理由がありません。」
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「今回来るのは。」
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一瞬だけ、口元に笑みが浮かぶ。
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「アシュレイ・ファン・ヴァイスでしょう。」
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「前回は互いに腹を探るだけでした。」
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「今度は、そうはいきません。」
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男は机の上の書類を閉じる。
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その表紙には名前だけが記されていた。
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**レオン・アルディス**
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帝国外務府首席交渉官。
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再会は、もうすぐだった。
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