第十一話 交渉の席へ
外交とは。
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国境を越えてから始まるものではない。
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席に着く前から始まっている。
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灰色塔の一室。
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長机には帝国に関する報告書が積み上げられていた。
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アシュレイは一枚ずつ目を通していく。
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「帝国の使節団長は?」
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ミレイが答える。
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「まだ正式な通知はありません。」
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「ですが、有力なのは一人です。」
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一枚の資料が机に置かれる。
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そこには一人の男の肖像画。
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『レオン・アルディス』
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帝国外務府首席交渉官。
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四十代半ば。
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幾度となく国境紛争を外交で収めた実績を持つ。
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そして。
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一度も敗北したことがない。
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アシュレイは資料を読み進める。
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「武功ではなく交渉で名を上げた人物……。」
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「はい。」
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ミレイは頷く。
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「帝国では『剣を抜かせない将軍』とも呼ばれています。」
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その異名に、アシュレイは少しだけ口元を緩めた。
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「外交官らしい異名ですね。」
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「ですが。」
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ミレイは一枚の紙を差し出す。
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「彼には一つ特徴があります。」
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『嘘を嫌う』
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短い一文だった。
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「……。」
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「交渉で駆け引きはします。」
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「ですが、相手が明らかな虚偽を口にした瞬間、席を立つそうです。」
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アシュレイは資料を閉じる。
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「面白い。」
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「外交官なのに。」
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「ええ。」
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「だからこそ厄介です。」
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そこへ扉が開く。
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「楽しそうな話をしているな。」
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入ってきたのはセドリックだった。
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彼は資料を見て、小さく頷く。
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「レオン・アルディス。」
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「私も一度だけ交渉したことがあります。」
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アシュレイは驚く。
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「勝ったんですか。」
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「引き分けです。」
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珍しい答えだった。
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「互いに譲れない案件だった。」
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「だから互いに譲らなかった。」
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「戦争にもならなかった。」
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「それで十分だった。」
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アシュレイは静かに聞く。
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「彼はどんな人ですか。」
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セドリックは少し考える。
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「誠実だ。」
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「だから危険だ。」
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「誠実だから、相手にも誠実さを求める。」
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「そして。」
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「嘘を見抜く。」
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その言葉に、部屋が静まる。
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アシュレイの頭に、一つの問いが浮かぶ。
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自分は。
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地下施設の秘密を抱えたまま。
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この男と向き合うことになる。
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その時。
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何を語り。
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何を語らないのか。
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外交は。
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言葉の勝負ではない。
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どこまで真実を語るかの勝負なのだ。
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窓の外では、出発の準備が進められていた。
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王国の旗を掲げた馬車。
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護衛の騎士。
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必要最小限の随員。
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大規模な使節団ではない。
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これは友好訪問ではない。
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互いの腹を探り合うための交渉だった。
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アシュレイは静かに立ち上がる。
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「準備は整いました。」
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セドリックは頷く。
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「ならば行ってこい。」
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「お前自身の外交を見せてみろ。」
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アシュレイは深く一礼した。
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王都を出る日は、明日。
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国を背負う若き外交官は。
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初めて、自らの意思で国境を越えようとしていた。




