第十話 境界に生きる者
王都から半日の距離。
ヴェルナ自治区の代表団は、小さな宿館で王国の使節を待っていた。
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部屋へ入ると、五人の男女が立ち上がる。
豪華な衣装ではない。
だが、その立ち振る舞いには土地を背負う者の誇りがあった。
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「お会いできて光栄です。」
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先頭に立つ老人が静かに頭を下げる。
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「ヴェルナ自治区代表、ハロルド・エインズです。」
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アシュレイも一礼する。
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「アシュレイ・ファン・ヴァイスです。」
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「本日は皆様のお話を伺いに参りました。」
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老人は少し目を細めた。
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「"伺いに"……ですか。」
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「命じに来たのではなく?」
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その一言に、部屋の空気がわずかに張る。
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「命じるためなら、私である必要はありません。」
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アシュレイは静かに答えた。
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「私は、状況を理解した上で判断したいのです。」
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老人は小さく笑った。
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「その言葉だけでも、来ていただいた価値があります。」
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席に着くと、代表団の一人が地図を広げる。
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「ご存じの通り、鉱山は閉鎖されたままです。」
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「働き口を失った者は多く、若者の中には自治区を離れる者も出始めています。」
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「商人も減りました。」
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「税収も落ちています。」
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報告は淡々としていた。
しかし、その一つ一つが人々の暮らしを物語っていた。
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アシュレイは静かに耳を傾ける。
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「地下施設については……。」
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老人はそこで言葉を止めた。
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「我々も噂程度しか知りません。」
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「ですが。」
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「鉱山が閉じられた理由が、それだけではないことくらいは分かります。」
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アシュレイは返事をしなかった。
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守秘義務ではない。
今ここで話すべきではないと、自分で判断したからだ。
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沈黙を破ったのは、一人の若い女性だった。
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「お聞きしてもいいですか。」
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代表団の中では最年少だろう。
二十歳ほどの女性が、まっすぐアシュレイを見つめていた。
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「あなたは。」
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「私たちを守るために、何かを隠しているんですか。」
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部屋の空気が止まる。
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誰も声を出さない。
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アシュレイは女性の目を見る。
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責めている目ではない。
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知りたいだけなのだ。
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自分たちの未来を。
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静かに息を吸う。
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「……はい。」
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その一言に、代表団は息をのんだ。
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「ですが。」
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「隠していることを、誇りたいとは思っていません。」
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「私は今も、その判断が正しかったのか迷っています。」
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老人は静かに目を閉じた。
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「そうですか。」
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「それだけ聞ければ十分です。」
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アシュレイは少し驚く。
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「怒らないのですか。」
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老人はゆっくり首を振る。
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「怒るべきかどうかは、真実を知ってから決めます。」
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「ですが。」
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「迷いながら決断した人を、今ここで責める気にはなれません。」
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その言葉は、アシュレイの胸に深く残った。
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帰路につく馬車の中。
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ミレイがぽつりと呟く。
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「信頼とは、不思議ですね。」
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「真実を話したから得られるものでも。」
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「嘘をついたから失うものでもない。」
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アシュレイは窓の外を見る。
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夕日に照らされたヴェルナの丘。
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そこには、人々の日常があった。
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帝国との交渉で守るべきものは。
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領土でも。
鉱山でも。
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まず、この人々なのだ。
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その思いを胸に、アシュレイは王都へ戻る。
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帝国へ向かう日が、目前まで迫っていた。
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