第二話 帝国という壁
大帝国。
その名を聞けば、大陸に暮らす多くの者が同じ印象を持つ。
巨大。
強大。
そして、遠い存在。
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だが。
リーヴェルト王国にとって帝国は、遠い国ではなかった。
国境の向こうに存在する現実だった。
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「帝国軍の移動について、改めて報告します」
灰色塔の代表。
ロイド・グレイヴァンが地図を広げる。
五十代ほどの男。
無精髭。
整っているとは言えない服装。
しかし、その目だけは鋭かった。
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「北部国境付近」
ロイドは指を置く。
「帝国軍第三方面軍の一部が移動しています」
「規模は?」
軍務卿が聞く。
「確認できているだけで約一万」
室内の空気が重くなる。
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一万。
リーヴェルト王国の常備軍は約三万。
数字だけ見れば、勝負になるように思える。
しかし。
戦力とは人数だけではない。
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「帝国軍第三方面軍」
軍務卿が呟く。
「精鋭ですね」
「はい」
ロイドが答える。
「装備、訓練、補給能力。全てこちらを上回ります」
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アシュレイは黙って地図を見る。
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帝国は強い。
単純な兵数ではない。
国家としての厚みが違う。
武器を作る工房。
兵を養う農地。
軍を動かす道路。
長年積み重ねた経験。
それら全てが力になる。
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「もし帝国が本格的な侵攻を開始した場合」
宰相が聞いた。
「我が国はどれほど耐えられる?」
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軍務卿は少し沈黙した。
そして。
「半年」
そう答えた。
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誰も反論しなかった。
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「半年しか、ではありません」
アシュレイが言う。
全員が見る。
「半年も持つ、と考えるべきです」
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軍務卿が眉を動かす。
「楽観的だな」
「逆です」
アシュレイは答えた。
「帝国が半年も時間をかけて、我が国を攻める理由があるか。それを考えるべきです」
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沈黙。
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「帝国ほどの国家なら」
アシュレイは続ける。
「小国を力で制圧すること自体は難しくありません」
「ならなぜ動かない?」
宰相が聞く。
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「利益が少ないからです」
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アシュレイは地図を見る。
「占領には兵が必要です」
「統治にも費用が必要です」
「反乱への対応も必要になる」
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「帝国が欲しいのが土地だけなら、すでに動いています」
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ロイドが小さく頷いた。
「つまり」
「帝国の目的は別にある可能性があります」
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会議後。
アシュレイは灰色塔の資料室へ向かった。
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「珍しいですね」
声をかけたのは、情報官ミレイだった。
「あなたがこちらへ来るなんて」
「情報が必要です」
「外交局では足りませんか?」
「足りないから来ました」
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ミレイは少し笑う。
「正直ですね」
「嘘は必要な時だけで十分です」
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その言葉に。
ミレイは少しだけ表情を変えた。
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「あなたは、本当にそう思っているんですね」
「何をですか」
「嘘を嫌っているわけではない」
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アシュレイは黙る。
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「あなたが嫌っているのは」
ミレイは資料を整理しながら言う。
「自分のためにつく嘘でしょう」
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アシュレイは否定しなかった。
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「父が言っていました」
突然、彼が口にする。
「政治家も外交官も、全員嘘つきだと」
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ミレイが見る。
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「でも」
アシュレイは続ける。
「最後に守るものがあるなら、その嘘には意味がある」
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幼い頃。
父が亡くなった時。
家を継ぐことになった時。
アシュレイは理解した。
貴族の名前だけでは何も守れない。
力がないなら。
考えるしかない。
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その日の夜。
灰色塔から追加報告が届いた。
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『帝国軍の移動について』
『目的地は国境ではない』
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アシュレイは目を細める。
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『北部自治区ヴェルナ方面へ向かっている可能性あり』
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帝国の視線は。
リーヴェルト王国ではなく。
別の場所へ向いていた。
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「ヴェルナ……」
アシュレイは呟く。
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戦争の理由は。
まだ見えない。
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しかし。
誰かが盤上の駒を動かし始めている。
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