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国を守る嘘  作者: アゴウオカダ
第一部 若き外交官編 第一章 偽りの戦線
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第二話 帝国という壁



 大帝国。


 その名を聞けば、大陸に暮らす多くの者が同じ印象を持つ。


 


 巨大。


 強大。


 そして、遠い存在。


---


 だが。


 リーヴェルト王国にとって帝国は、遠い国ではなかった。


 国境の向こうに存在する現実だった。


---


「帝国軍の移動について、改めて報告します」


 灰色塔の代表。


 ロイド・グレイヴァンが地図を広げる。


 五十代ほどの男。


 無精髭。


 整っているとは言えない服装。


 しかし、その目だけは鋭かった。


---


「北部国境付近」


 ロイドは指を置く。


「帝国軍第三方面軍の一部が移動しています」


「規模は?」


 軍務卿が聞く。


「確認できているだけで約一万」


 室内の空気が重くなる。


---


 一万。


 


 リーヴェルト王国の常備軍は約三万。


 数字だけ見れば、勝負になるように思える。


 


 しかし。


 戦力とは人数だけではない。


---


「帝国軍第三方面軍」


 軍務卿が呟く。


「精鋭ですね」


「はい」


 ロイドが答える。


「装備、訓練、補給能力。全てこちらを上回ります」


---


 アシュレイは黙って地図を見る。


---


 帝国は強い。


 


 単純な兵数ではない。


 国家としての厚みが違う。


 


 武器を作る工房。


 兵を養う農地。


 軍を動かす道路。


 長年積み重ねた経験。


 


 それら全てが力になる。


---


「もし帝国が本格的な侵攻を開始した場合」


 宰相が聞いた。


「我が国はどれほど耐えられる?」


---


 軍務卿は少し沈黙した。


 そして。


「半年」


 そう答えた。


---


 誰も反論しなかった。


---


「半年しか、ではありません」


 アシュレイが言う。


 全員が見る。


「半年も持つ、と考えるべきです」


---


 軍務卿が眉を動かす。


「楽観的だな」


「逆です」


 アシュレイは答えた。


「帝国が半年も時間をかけて、我が国を攻める理由があるか。それを考えるべきです」


---


 沈黙。


---


「帝国ほどの国家なら」


 アシュレイは続ける。


「小国を力で制圧すること自体は難しくありません」


「ならなぜ動かない?」


 宰相が聞く。


---


「利益が少ないからです」


---


 アシュレイは地図を見る。


「占領には兵が必要です」


「統治にも費用が必要です」


「反乱への対応も必要になる」


---


「帝国が欲しいのが土地だけなら、すでに動いています」


---


 ロイドが小さく頷いた。


「つまり」


「帝国の目的は別にある可能性があります」


---


 会議後。


 アシュレイは灰色塔の資料室へ向かった。


---


「珍しいですね」


 声をかけたのは、情報官ミレイだった。


「あなたがこちらへ来るなんて」


「情報が必要です」


「外交局では足りませんか?」


「足りないから来ました」


---


 ミレイは少し笑う。


「正直ですね」


「嘘は必要な時だけで十分です」


---


 その言葉に。


 ミレイは少しだけ表情を変えた。


---


「あなたは、本当にそう思っているんですね」


「何をですか」


「嘘を嫌っているわけではない」


---


 アシュレイは黙る。


---


「あなたが嫌っているのは」


 ミレイは資料を整理しながら言う。


「自分のためにつく嘘でしょう」


---


 アシュレイは否定しなかった。


---


「父が言っていました」


 突然、彼が口にする。


「政治家も外交官も、全員嘘つきだと」


---


 ミレイが見る。


---


「でも」


 アシュレイは続ける。


「最後に守るものがあるなら、その嘘には意味がある」


---


 幼い頃。


 父が亡くなった時。


 家を継ぐことになった時。


 


 アシュレイは理解した。


 貴族の名前だけでは何も守れない。


 


 力がないなら。


 考えるしかない。


---


 その日の夜。


 灰色塔から追加報告が届いた。


---


『帝国軍の移動について』


『目的地は国境ではない』


---


 アシュレイは目を細める。


---


『北部自治区ヴェルナ方面へ向かっている可能性あり』


---


 帝国の視線は。


 リーヴェルト王国ではなく。


 別の場所へ向いていた。


---


「ヴェルナ……」


 アシュレイは呟く。


---


 戦争の理由は。


 まだ見えない。


---


 しかし。


 誰かが盤上の駒を動かし始めている。



毎日20時20分投稿予定です。


もしよければ、ブックマークと評価よろしくお願いします。

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