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国を守る嘘  作者: アゴウオカダ
第一部 若き外交官編 第二章 境界線
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第八話 選ばれた外交官



 王城、円卓会議室。


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 この部屋に呼ばれる者は多くない。


 王国の命運を左右する案件だけが、この円卓に持ち込まれる。


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 アシュレイは静かに扉を開けた。


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 そこには、すでに全員が揃っていた。


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 宰相。


 セドリック・アーヴェン。


 軍務卿。


 財務卿。


 灰色塔長官。


 リディア・フェルナード。


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 そして。


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 円卓の最奥に、一人の男が座っていた。


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 リーヴェルト王国国王。


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 年齢は五十を少し越えた頃。


 派手な装飾は身に着けず、落ち着いた濃紺の礼装だけをまとっている。


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 その姿は威圧的ではない。


 だが、部屋にいる誰よりも静かな存在感があった。


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「来たか、アシュレイ」


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 穏やかな声だった。


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「お呼びいただき、ありがとうございます」


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 深く一礼する。


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 国王は軽く頷いた。


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「堅苦しい挨拶はここまでにしよう。」


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「今日は礼を言うために呼んだわけではない」


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 部屋の空気が引き締まる。


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 国王は机の上に置かれた報告書へ視線を落とした。


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「ヴェルナ自治区。」


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「地下施設。」


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「帝国の動き。」


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「そして、灰色塔の情報漏洩。」


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 一つ一つの言葉が重い。


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「王国は今、静かに揺れている。」


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「戦争は始まっていない。」


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「だが、始まっていないだけだ。」


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 誰も口を開かない。


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「諸君。」


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「王国は次の一手を決めねばならない。」


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 最初に立ち上がったのは軍務卿だった。


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「陛下。」


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「帝国軍の動きが活発化しています。」


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「ヴェルナ国境に兵を増やすべきです。」


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 続いて財務卿。


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「兵を動かせば財政を圧迫します。」


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「まずは国内経済の安定を優先すべきです。」


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 灰色塔長官も口を開く。


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「地下施設の調査を最優先に。」


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「情報を集めなければ、判断すらできません。」


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 それぞれが正しい。


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 だからこそ、結論は出ない。


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 国王は静かにセドリックを見る。


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「お前はどう考える。」


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 セドリックは迷わなかった。


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「外交です。」


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 軍務卿が眉をひそめる。


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「帝国と話し合えと言うのか?」


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「はい。」


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「兵を動かす前に、相手の意思を確認すべきです。」


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「もし帝国が地下施設を把握していないなら、こちらから戦争の理由を与える必要はありません。」


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 理にかなっていた。


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 だが、軍務卿は納得しない。


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「外交で時間を稼いでいる間に、相手が備えを終えたらどうする。」


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「だからこそ。」


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 セドリックは言う。


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「外交官が必要なのです。」


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 部屋の視線が、一斉にアシュレイへ向く。


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 その瞬間、彼は理解した。


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 ここへ呼ばれた理由を。


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 国王が立ち上がる。


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「アシュレイ・ファン・ヴァイス。」


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「はい。」


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「ヴェルナ問題特別外交責任者として、お前を正式に任命する。」


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 静寂。


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「帝国との接触。」


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「ヴェルナ自治区との調整。」


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「必要と判断した交渉。」


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「その全権を、お前に委ねる。」


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 部屋がざわめく。


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「陛下!」


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 軍務卿が声を上げる。


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「若すぎます!」


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「経験も十分とは言えません!」


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 国王は振り返らない。


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「だからだ。」


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 一言だけだった。


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「経験だけで、この問題を解決できるなら。」


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「今頃、我々はここで悩んではいない。」


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 誰も反論できなかった。


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 国王はアシュレイへ歩み寄る。


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「一つだけ聞こう。」


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「お前は何を守りたい。」


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 簡単な問い。


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 だが、今までで一番難しい問いだった。


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 アシュレイは少し考えた後、静かに答える。


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「国です。」


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 一拍置く。


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「……そして。」


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「その国で生きる人たちです。」


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 国王は目を閉じ、小さく頷いた。


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「その答えを忘れるな。」


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「国だけを見れば、人を失う。」


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「人だけを見れば、国を失う。」


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「その狭間で悩むのが、お前の仕事だ。」


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 その言葉は命令ではなかった。


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 一人の王が、一人の外交官へ託した願いだった。


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 会議が終わり、部屋を出る直前。


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 セドリックが隣に並ぶ。


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「おめでとうございます。」


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「試練の始まりですね。」


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 アシュレイは苦笑する。


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「祝福なんですか、それは。」


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「ええ。」


---


 セドリックは珍しく穏やかに笑った。


---


「優秀な外交官ほど、悩む時間が長くなりますから。」


---


 その言葉を背に、アシュレイは歩き出す。


---


 王国の未来を背負って。


---


 帝国との交渉へ向かうために。



毎日20時20分投稿予定です。


もしよければ、ブックマークと評価よろしくお願いします。

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