第八話 選ばれた外交官
王城、円卓会議室。
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この部屋に呼ばれる者は多くない。
王国の命運を左右する案件だけが、この円卓に持ち込まれる。
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アシュレイは静かに扉を開けた。
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そこには、すでに全員が揃っていた。
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宰相。
セドリック・アーヴェン。
軍務卿。
財務卿。
灰色塔長官。
リディア・フェルナード。
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そして。
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円卓の最奥に、一人の男が座っていた。
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リーヴェルト王国国王。
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年齢は五十を少し越えた頃。
派手な装飾は身に着けず、落ち着いた濃紺の礼装だけをまとっている。
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その姿は威圧的ではない。
だが、部屋にいる誰よりも静かな存在感があった。
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「来たか、アシュレイ」
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穏やかな声だった。
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「お呼びいただき、ありがとうございます」
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深く一礼する。
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国王は軽く頷いた。
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「堅苦しい挨拶はここまでにしよう。」
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「今日は礼を言うために呼んだわけではない」
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部屋の空気が引き締まる。
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国王は机の上に置かれた報告書へ視線を落とした。
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「ヴェルナ自治区。」
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「地下施設。」
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「帝国の動き。」
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「そして、灰色塔の情報漏洩。」
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一つ一つの言葉が重い。
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「王国は今、静かに揺れている。」
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「戦争は始まっていない。」
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「だが、始まっていないだけだ。」
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誰も口を開かない。
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「諸君。」
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「王国は次の一手を決めねばならない。」
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最初に立ち上がったのは軍務卿だった。
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「陛下。」
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「帝国軍の動きが活発化しています。」
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「ヴェルナ国境に兵を増やすべきです。」
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続いて財務卿。
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「兵を動かせば財政を圧迫します。」
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「まずは国内経済の安定を優先すべきです。」
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灰色塔長官も口を開く。
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「地下施設の調査を最優先に。」
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「情報を集めなければ、判断すらできません。」
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それぞれが正しい。
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だからこそ、結論は出ない。
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国王は静かにセドリックを見る。
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「お前はどう考える。」
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セドリックは迷わなかった。
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「外交です。」
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軍務卿が眉をひそめる。
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「帝国と話し合えと言うのか?」
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「はい。」
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「兵を動かす前に、相手の意思を確認すべきです。」
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「もし帝国が地下施設を把握していないなら、こちらから戦争の理由を与える必要はありません。」
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理にかなっていた。
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だが、軍務卿は納得しない。
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「外交で時間を稼いでいる間に、相手が備えを終えたらどうする。」
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「だからこそ。」
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セドリックは言う。
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「外交官が必要なのです。」
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部屋の視線が、一斉にアシュレイへ向く。
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その瞬間、彼は理解した。
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ここへ呼ばれた理由を。
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国王が立ち上がる。
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「アシュレイ・ファン・ヴァイス。」
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「はい。」
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「ヴェルナ問題特別外交責任者として、お前を正式に任命する。」
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静寂。
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「帝国との接触。」
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「ヴェルナ自治区との調整。」
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「必要と判断した交渉。」
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「その全権を、お前に委ねる。」
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部屋がざわめく。
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「陛下!」
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軍務卿が声を上げる。
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「若すぎます!」
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「経験も十分とは言えません!」
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国王は振り返らない。
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「だからだ。」
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一言だけだった。
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「経験だけで、この問題を解決できるなら。」
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「今頃、我々はここで悩んではいない。」
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誰も反論できなかった。
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国王はアシュレイへ歩み寄る。
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「一つだけ聞こう。」
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「お前は何を守りたい。」
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簡単な問い。
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だが、今までで一番難しい問いだった。
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アシュレイは少し考えた後、静かに答える。
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「国です。」
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一拍置く。
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「……そして。」
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「その国で生きる人たちです。」
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国王は目を閉じ、小さく頷いた。
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「その答えを忘れるな。」
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「国だけを見れば、人を失う。」
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「人だけを見れば、国を失う。」
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「その狭間で悩むのが、お前の仕事だ。」
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その言葉は命令ではなかった。
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一人の王が、一人の外交官へ託した願いだった。
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会議が終わり、部屋を出る直前。
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セドリックが隣に並ぶ。
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「おめでとうございます。」
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「試練の始まりですね。」
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アシュレイは苦笑する。
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「祝福なんですか、それは。」
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「ええ。」
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セドリックは珍しく穏やかに笑った。
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「優秀な外交官ほど、悩む時間が長くなりますから。」
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その言葉を背に、アシュレイは歩き出す。
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王国の未来を背負って。
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帝国との交渉へ向かうために。
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