第二話 書かれなかった報告
王城会議室。
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長い机の向こうには、王国の主要人物が並んでいた。
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国王。
宰相。
軍務を担当する将官。
灰色塔の代表。
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そして。
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アシュレイ・ファン・ヴァイス。
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彼の前には、一冊の報告書が置かれている。
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ヴェルナで起きた事件。
帝国外交官との接触。
失踪事件。
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全てを記録したもの。
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……のはずだった。
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「では、報告を」
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宰相の言葉。
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アシュレイは立ち上がる。
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「はい」
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一瞬。
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地下施設の光景が頭をよぎる。
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古い装置。
残された記録。
そして。
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父の名を知るエドガー。
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あれを話せば。
どうなるか。
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帝国は動く。
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王国軍も動く。
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ヴェルナ自治区は、ただの調査対象ではなくなる。
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人々が暮らす場所ではなく。
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奪い合う場所になる。
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「……」
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アシュレイは報告書を開く。
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「ヴェルナ自治区で発生した失踪事件について、帝国側の関与が確認されました」
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会議室に緊張が走る。
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「具体的には?」
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軍務官が尋ねる。
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「帝国所属と思われる人物が、現地で独自調査を行っていました」
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嘘ではない。
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「目的は不明です」
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これも嘘ではない。
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しかし。
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本当に重要な部分には触れない。
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「地下施設については?」
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灰色塔の代表が聞く。
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その瞬間。
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空気が変わった。
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アシュレイは相手を見る。
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この人物は。
何か知っている。
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灰色塔は、全てを把握しているわけではない。
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だが。
何かを疑っている。
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「確認できませんでした」
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言葉が出た。
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静かに。
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自分でも驚くほど自然に。
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嘘だった。
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会議は続く。
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帝国への警戒。
外交方針。
軍の対応。
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議論は進んでいく。
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しかし。
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アシュレイには、その内容が遠く聞こえていた。
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自分が書いた報告書。
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その中には。
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書かなかった真実がある。
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会議終了後。
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廊下。
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「随分と綺麗な報告でしたね」
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声。
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ミレイだった。
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アシュレイは足を止める。
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「何がですか」
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「必要な情報だけが、綺麗に並んでいました」
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「……」
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「でも」
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ミレイは続ける。
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「本当に重要なことほど、書かれていませんでした」
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アシュレイは答えない。
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「地下施設」
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その言葉に。
彼の表情がわずかに変わる。
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「知っていたんですね」
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「確信はありませんでした」
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ミレイは言う。
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「でも、あなたが何かを隠していることは分かりました」
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「必要だった」
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アシュレイは言った。
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「今公開すれば、ヴェルナの人々が危険になる」
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「分かります」
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ミレイは否定しない。
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「あなたが何を守ろうとしているのかも」
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「なら」
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「なぜそんな顔をしているんですか」
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アシュレイは黙る。
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なぜ。
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自分でも分かっていた。
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正しいと思った。
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必要だと思った。
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だから隠した。
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なのに。
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胸に残る違和感。
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「……」
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「私は」
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アシュレイは言葉を選ぶ。
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「昔から、嘘を嫌っていました」
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「人を利用するための嘘を」
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「都合の悪いことを隠すための嘘を」
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ミレイは静かに聞いている。
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「でも」
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「今回、私は同じことをした」
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「違います」
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ミレイが言う。
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「同じではありません」
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「あなたは、自分のためについた嘘ではない」
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アシュレイは顔を上げる。
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「でも」
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ミレイは続ける。
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「だから正しいとも限りません」
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その言葉が。
一番重かった。
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夜。
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アシュレイは一人で報告書を見る。
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最後のページ。
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本来なら書くべきだった情報。
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そこは白紙だった。
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何も書かれていない。
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しかし。
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その白紙こそが。
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この日のアシュレイがついた。
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最初の嘘だった。
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