第一話 帰還者
王都リーヴェルト。
大陸西部に位置する、小国の首都。
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帝国の巨大な都市と比べれば、規模は決して大きくない。
城壁も。
兵力も。
経済力も。
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全てにおいて劣っている。
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それでも。
この国には、人々が暮らしていた。
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アシュレイ・ファン・ヴァイスは、馬車の窓から街を眺めていた。
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「戻ってきましたね」
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向かいに座るミレイが言う。
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「そうですね」
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短い返事。
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以前なら、王都の景色を見るだけで少し安心できた。
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しかし今は違う。
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ヴェルナで見たもの。
地下施設。
消えた人々。
そして。
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戦争を望む誰かの存在。
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それらを知った後では、見慣れた街ですら別のものに見えた。
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「疲れていますか?」
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「少し」
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「珍しいですね」
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「何がですか」
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「あなたが素直に認めるところです」
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ミレイが小さく笑う。
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「私はそこまで頑固ではありません」
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「自覚がないところが問題です」
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アシュレイは苦笑した。
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こういう会話ができる相手がいることが、今はありがたかった。
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しかし。
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王城に入った瞬間。
空気は変わった。
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歓迎ではない。
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監視に近い視線。
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「予想通りですね」
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ミレイが小声で言う。
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「勝手に帝国外交官と接触」
「自治区で独断調査」
「灰色塔の報告を待たず行動」
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「王城から見れば、問題行動の一覧です」
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「否定できません」
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アシュレイは答える。
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自分でも分かっている。
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結果的に正しかったとしても。
手順を無視したことは事実だ。
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外交官に必要なのは、正しさだけではない。
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信頼されること。
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それもまた力だった。
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「アシュレイ・ファン・ヴァイス」
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声が響く。
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振り返る。
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そこにいたのは、一人の男だった。
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黒髪。
整った服装。
無駄のない立ち姿。
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「セドリック・アーヴェン」
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王国宰相補佐。
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若くして王城の中枢にいる人物。
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「初めまして」
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「お会いするのは初めてですね」
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「ええ」
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セドリックは微笑む。
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しかし、その目は笑っていなかった。
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「ヴェルナでの行動について、話を聞きたいと思っていました」
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「処罰ですか?」
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「まさか」
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セドリックは首を振る。
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「あなたのおかげで、最悪の事態を避けられた可能性があります」
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意外な言葉。
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「評価していただけるのですか」
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「評価しています」
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少し間を置く。
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「同時に、危険視もしています」
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アシュレイは黙る。
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「あなたは結果を出しました」
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「しかし」
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セドリックは続ける。
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「もし結果が違っていたら?」
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「誰が責任を取ったのですか」
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正論だった。
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アシュレイは答えない。
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「外交官は英雄ではありません」
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セドリックは言う。
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「国の命運を背負う仕事です」
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「自分が正しいと思った行動で、国全体を危険にさらすこともある」
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その言葉に。
アシュレイは少しだけ眉を動かした。
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「あなたは」
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「私を責めているのですか」
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「いいえ」
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セドリックは即答した。
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「確認しているだけです」
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「あなたが、これから何を選ぶ人間なのか」
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その時。
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王城の奥から使者が現れる。
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「アシュレイ・ファン・ヴァイス様」
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「陛下がお呼びです」
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アシュレイは歩き出す。
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しかし。
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背後からセドリックの声が届いた。
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「一つだけ忠告します」
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振り返る。
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「この国では」
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「敵よりも、味方への説明の方が難しいことがあります」
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アシュレイはその言葉を覚えていた。
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この時はまだ知らなかった。
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これから自分が。
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王国を守るために。
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誰よりも難しい相手と向き合うことになるとは。
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