第6話 逆転のプレゼンテーション
「……これ、は……何かの間違いです!
ハッキングだ! 誰かが僕を陥れようとして……!」
壇上の佐々木は、顔面を土気色に変え、ガタガタと震える手でスクリーンを指差した。
しかし、無情にもスライドは自動で更新され続ける。
次に映し出されたのは、佐々木が「誠を陥れるために作成した」偽造告発状の作成ログ、そして彼が裏口座へ送金指示を出した証拠の数々だった。
「佐々木くん、言い逃れは難しいよ」
誠が静かに歩み出る。その足音だけが、静まり返った会議室に冷たく響く。
「君が閲覧した機密情報のアクセスログ、そして下請け会社との不適切な関係。全て精査済みだ。……それから、僕の妻との不倫についてもね」
「高城! 貴様、最初から知ってて……!」
佐々木が掴みかかろうとするが、即座に控えていた警備員に取り押さえられた。
「佐々木くん、君は僕を『時代遅れの間抜けな上司』だと言っていたそうだね。だが、コンサルタントとして一番やってはいけないことを忘れている。……それは、敵の戦力を過小評価することだ」
◇◆◇
社長が、苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。
「高城くん。この資料、そして佐々木が進めていたプロジェクトの法的欠陥……君はいつから把握していた?」
「佐々木くんが私の背中を追うと言い出した、その最初からです。彼は私の手法を模倣することに必死で、私が意図的に残した『罠』に気づかなかった」
誠は淡々と、しかし容赦なく佐々木の無能さを証明していく。
「このプロジェクトをこのまま進めれば、我が社は巨額の制裁金を科され、社会的信用を失うところでした。私はすでに、正しいスキームでの修正案と、佐々木くんが着服しようとした資金の回収ルートを確保しています」
役員たちの視線が、佐々木への蔑みと、誠への畏怖に変わる。
「佐々木翔太。本日付で自宅待機を命じる。コンプライアンス委員会および警察の捜査に協力してもらうことになる。……連れて行け」
社長の一喝。佐々木は絶叫しながら、会議室から引きずり出されていった。
その惨めな背中を見送りながら、
誠は心の中で、自分専用のリストから一人の名前に×印をつけた。
◇◆◇
その夜。誠が自宅のタワーマンションに戻ると、
美咲がリビングでワインを開けて待っていた。
テーブルの上には、予告通り一枚の紙——「離婚届」が置かれている。
「おかえりなさい、誠さん。プレゼン、お疲れ様。……佐々木さんから聞いたわよ? 大成功だったんですってね」
美咲は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。どうやら、連行される直前の佐々木から「計画は成功だ」というデタラメな連絡が入っていたらしい。
「ええ、大成功だったよ。予想以上の結果だ」
誠はコートを脱ぎ、美咲の向かいに座った。
「そう。なら話は早いわ。私、あなたと別れることに決めたの。慰謝料はいらないわ、その代わりこのマンションと貯金の半分はもらう権利があると思うの。長年、エリートのあなたを支えてきたんですもの」
美咲は、自分が書いた離婚届を誠の方へスッと押し出した。
「これにサインして。明日には出て行くから」
◇◆◇
誠は離婚届を手に取ると、一瞥もせずに真っ二つに破り捨てた。
「……っ!? 何するのよ! 往往生際が悪いわね、誠さん」
「美咲。君は勘違いをしている」
誠はポケットから一通の封筒を取り出し、テーブルに置いた。
中から滑り出したのは、今日の役員会議で公開された、彼女と佐々木の不倫写真。そして、香織から買い取った「美咲が佐々木の浮気相手のふりをして、誠を嘲笑っていた」SNSの裏アカウントの全投稿魚拓だった。
美咲の顔から、急速に血の気が引いていく。
「これ……なんで……」
「佐々木は今頃、取調室だよ。業務上横領、背任、そして君との不貞。彼は会社から追放され、数億円規模の損害賠償を請求される。……もちろん、君も『共同正犯』あるいは不貞の当事者として、その責任を負うことになる」
「え……? 佐々木さんが、逮捕……?」
美咲の声が震える。
「君が夢見ていた『次のエリートの妻』という席は、もう存在しない。
君に残されたのは、莫大な慰謝料の支払いと、汚れた経歴だけだ」
誠はキッチンへ向かい、自分の一杯のためにコーヒー豆を挽き始めた。
ガリガリと豆を砕く音が、美咲の悲鳴をかき消すように響き渡る。
「離婚届はまた別で用意する。それより……」
「さあ、夜はこれからだ。
じっくりと話し合おう。……君のこれからの『地獄』について」




