第4話 毒を混ぜる仕掛け
週が明け、オフィス内の空気は一変していた。
誠がデスクに座ると、周囲の視線がどこか余所余所しい。それもそのはず、社内の掲示板や匿名チャットに、「高城誠がプロジェクトの予算を私的に流用している」という巧妙な怪文書が流され始めていたからだ。
「誠さん、大変なことになってますよ……。一体、誰がこんな酷い噂を……」
佐々木が、わざとらしく悲痛な表情で駆け寄ってくる。その瞳の奥には、隠しきれない歓喜が渦巻いていた。
「困ったな、佐々木。身に覚えがないんだが、監査室が動き出すかもしれない」
「僕が、全力で誠さんを庇いますから! でも……しばらくは、表に立たない方がいいかもしれませんね」
佐々木の提案は「親切」を装った「追放」だった。
彼は誠をプロジェクトから完全に排除し、
自分が全ての功績を独占する準備を整えたのだ。
(計画通りだ、佐々木。お前は本当に、分かりやすい男だな)
誠は弱々しく頷いてみせ、自室へと引き上げた。
◇◆◇
同日の夜。誠は再び、協力者の香織と密会した。
彼女はタブレットを差し出し、冷笑を浮かべる。
「高城さん、ビンゴよ。佐々木、案の定やってたわ。今回のプロジェクト、下請け会社への発注金額を水増しして、その差額を自分の裏口座にキックバックさせる契約を結んでる」
「……証拠は?」
「ここに。下請けの担当者と交わした秘密の念書、それと振込予約のデータ。彼は、今回の役員プレゼンが通った瞬間に、大金が転がり込むと信じて疑ってないわ」
誠はデータを精査した。
佐々木は、誠が「仕込んだ」法的リスクのあるプロジェクトを、
さらに自分自身の「横領」という毒で塗り固めていた。
これはもはや、単なる業務ミスではない。実刑すらあり得る刑事事件だ。
「ありがとう、香織さん。これで彼は、逃げ場を失う」
「いいのよ。あいつが絶望する顔、私も最前列で見たいから」
◇◆◇
帰宅すると、美咲が珍しく豪華な夕食を用意していた。
「誠さん、お疲れ様。今日は、お祝いよ」
「お祝い? 何の?」
「佐々木さんから聞いたわ。誠さんの後押しで、彼が大きなプレゼンを任されたんでしょう? あなたが育てた後輩が活躍するなんて、妻として誇らしいわ」
美咲の言葉は、まるで他人事のように誠の耳を通り過ぎる。
彼女はすでに、誠を見限っていた。
誠が社内で失脚の危機にあることを佐々木から聞き、
次の「勝ち馬」である佐々木に乗り換える準備を始めている。
その証拠に、彼女の左手の薬指から、誠が贈った結婚指輪が消えていた。
「指輪、どうしたんだい?」
誠が静かに問うと、美咲は一瞬動揺したが、すぐに艶然と微笑んだ。
「あ、ごめんなさい。さっき家事をしてる時に外しちゃったの。すぐにつけるわね」
嘘だ。彼女は今日、その指輪を質屋に持ち込んだか、あるいは佐々木との愛の巣に投げ捨ててきたのだ。誠の追跡調査により、彼女が昨日、不動産会社で「単身者向けの新築マンション」を内見していたことも把握済みだった。
◇◆◇
翌朝。誠は、佐々木が役員プレゼンで使う予定の共有フォルダを開いた。
佐々木が心酔し、確認も疎かになっている「最終版」のファイル。
誠はその中に、数枚の画像を忍び込ませた。
それは、香織が掴んだ「裏口座の記録」であり、そして……。
誠が探偵に撮らせた、「美咲と佐々木がホテルから出てくる鮮明な写真」だった。
これらは、プレゼンのスライドが最後の一枚になった瞬間に、
自動で画面いっぱいに表示されるようプログラミングされている。
「さあ、佐々木。最高の舞台を用意したよ」
誠は、自室のキッチンでコーヒーを淹れた。
今日の豆は、かつて美咲と旅先で飲んだ思い出の銘柄。だが、
今の誠にとっては、何の未練も感じさせない無味乾燥な液体でしかなかった。
誠は静かに受話器を取り、
会社のコンプライアンス委員会、そして提携している弁護士へ連絡を入れた。
「準備は整いました。
明日の役員会議、私も『特別オブザーバー』として出席します」
復讐の幕が、ゆっくりと、確実に上がり始めた。




