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Re:復讐はコーヒーの後に。  作者: アルファベータ


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2/8

第2話 侵食される日常


翌朝、誠はいつも通り午前8時に出社した。


ガラス張りのオフィス、最先端のデスク。

周囲からは「若きエース」と羨望の眼差しを向けられる。


「誠さん、おはようございます!

 昨日の案件、フィードバックありがとうございます!」


デスクに座るなり、聞き慣れた明るい声が響く。佐々木翔太だ。


人懐っこい笑顔、清潔感のあるスーツの着こなし。

誠が手塩にかけて育て、弟のように可愛がってきた後輩。


(この顔で、僕の妻を抱いているのか)


誠の視界が一瞬赤く染まる。だが、彼は表情一つ変えず、穏やかに微笑み返した。


「おはよう、佐々木。例のプロジェクト、君の視点は鋭かったよ。期待している」


「光栄です! 誠さんの背中を追って、早く一人前になりたいですから」


佐々木は深々と頭を下げた。その屈託のない仕草の裏で、

内心では「こいつは何も知らない間抜けだ」と嘲笑っているのだろう。

誠はデスクの影で、指が白くなるほど拳を握りしめた。



◇◆◇


佐々木の「裏切り」は、プライベートだけではなかった。


誠は自身の端末から、

社内の機密プロジェクトのアクセスログを密かに解析し始めた。


そこで見つけたのは、

誠が担当している超大型案件『グローバル・テック・リサーチ』の資料が、

深夜に何度も佐々木のアカウントから閲覧されている記録だった。


(……なるほど。僕の家庭だけでなく、キャリアまで食い荒らすつもりか)


佐々木は、誠の資料を「参考にする」という名目で盗み出し、

それを自分の手柄として別の役員へ根回ししている形跡があった。


誠という高い壁を乗り越えるのではなく、

足元を崩して引きずり下ろそうとしているのだ。


その時、誠のスマホが震えた。美咲からのLINEだ。


『誠さん、今日は少し帰りが遅くなるかも。急な会議が入っちゃって……』


誠は即座に佐々木のスケジュールを確認する。


『19:00〜 クライアント会食(場所未定)』

嘘だ。二人で示し合わせた「密会」の合図だろう。



◇◆◇


「佐々木、ちょっといいか」


誠はあえて、佐々木を会議室に呼び出した。


「はい、何でしょうか?」


「来月の『次世代エネルギー開発』のコンペだが、メイン担当を君に任せようと思っている」


佐々木の目が、欲望にギラリと光った。


「えっ……僕が、ですか!? それは誠さんの肝いり案件じゃ……」


「君の成長を考えれば、ここが勝負所だ。

 僕がバックアップするから、思い切りやってみろ」


佐々木は感激したふりをして、何度も頭を下げた。


「ありがとうございます! 必ず、誠さんの期待に応えてみせます!」


……バカな男だ。

そのプロジェクトは、誠が密かに仕込んだ「時限爆弾」だ。

表向きは華やかだが、精査すれば致命的な法的リスクを抱えている。


誠が修正するはずだったその「欠陥」を、

彼はあえて残したまま佐々木に丸投げしたのだ。


欲に目が眩んだ佐々木は、

中身を精査するよりも「誠から手柄を奪った」という優越感に浸るだろう。



◇◆◇


その夜。誠は一人、薄暗いリビングでグラスを傾けていた。


広いマンション。高級な家具。

かつては「愛」の象徴だったこの場所が、今は冷え切った監獄のように感じる。


午後11時。玄関の鍵が開く音がした。


「ただいま……。遅くなってごめんね、誠さん」


美咲が帰宅した。頬が少し上気している。シャワーを浴びてきたのか、

彼女からはいつもと違う、安っぽい石鹸の香りが微かに漂った。


「おかえり。大変だったね」

誠は優しく声をかけ、彼女を抱き寄せた。

美咲の体が、一瞬ビクンと強張る。


「……あ、ごめんなさい。汗かいちゃってるから、先に着替えてくるね」


彼女は逃げるように寝室へ向かった。

誠の手には、彼女の髪からこぼれ落ちた一本の短い毛が残っていた。

短髪。茶髪。……佐々木のものだ。


誠は、その毛をゴミ箱に捨てる代わりに、

用意しておいた小さなジップロックに収めた。

「証拠」は着実に溜まっている。



◇◆◇


翌朝。

誠はまた、丁寧にコーヒーを淹れる。


「誠さん、今日のコーヒーも美味しいわ」


美咲は、昨夜の裏切りなど無かったかのように微笑む。


「そうか。それは良かった」


誠は美咲の背後で、佐々木にメールを送った。

『例のプロジェクト、役員への先行レクは任せる。君の好きに進めていい』


佐々木からは、即座に『了解です!お任せください!』と威勢の良い返信が来た。

奈落への階段を、自ら全速力で駆け下りているとも知らずに。


誠の復讐計画は、まだ序の口だ。

社会的地位、人間関係、そして金。

彼らが一番大切にしているものから、一つずつ、丁寧に、確実に奪い去っていく。


(美咲。佐々木。コーヒーが冷める頃には、お前たちの地獄が始まっているよ)


誠は冷徹な視線で、昇り始めた朝日を見つめていた。


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