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Re:復讐はコーヒーの後に。  作者: アルファベータ


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第1話 冷め切った一杯


高城誠たかぎ まこと・32歳の朝は、完璧なリズムで始まる。

外資系コンサルティングファームのシニアマネージャー。年収2000万、都内一等地のタワーマンション、そして誰もが羨む美しい妻・美咲みさき


誠はキッチンで豆を挽く。彼の日課は、最高級のブルーマウンテンを丁寧にハンドドリップすることだ。


「誠さん、おはよう。今日もいい香り」


背後から、シルクのパジャマを纏った美咲が微笑む。

結婚3年目。子供はまだいないが、理想の家庭だと信じて疑わなかった。


「おはよう。今日は大事なコンペだろう? 景気づけに最高のやつを淹れたよ」

「ありがとう。誠さんのコーヒーを飲むと、なんだか無敵になれる気がするわ」


そう言って、美咲は幸せそうにカップを口に運ぶ。

その横顔を見ながら、誠はふと思った。


(この幸せを守るためなら、僕はなんだってできる)


それが、砂上の楼閣であるとも知らずに。



◇◆◇


異変は、美咲がシャワーを浴びている最中に起きた。

ダイニングテーブルに残された彼女のスマートフォン。普段なら見向きもしないが、連続して届く通知のバイブ音が、静かな部屋に異様に響いたのだ。


画面に浮かび上がったのは、見覚えのある名前だった。


『佐々木翔太ささきしょうた


誠の直属の後輩であり、誠が目をかけ、エース候補として引き立ててきた男だ。


メッセージの内容は、誠の心臓を直接掴み、握りつぶすようなものだった。


『昨日のホテル、最高だったよ。

 美咲さんのあんな声、誠さんには一生聞かせられないね(笑)』


『次の火曜日、またいつもの場所で。早く会いたい』


誠の視界が、ぐにゃりと歪む。

耳の奥でキーンという高い金属音が鳴り響き、手に持っていたマグカップが震えた。


(……なんだ、これは?)


理解が追いつかない。

佐々木は、誠を「兄貴」と呼び慕い、

美咲とも家族ぐるみの付き合いをしていたはずだ。

先月の誠の誕生日にも、二人でサプライズを仕掛けてくれたではないか。



◇◆◇


シャワーの音が止まる。

誠は反射的にスマホを元の位置に戻し、キッチンカウンターに手をついた。心臓の鼓動がうるさくて、自分の呼吸すらままならない。


「誠さん? どうしたの、顔色が悪いわよ」

バスローブ姿の美咲が、心配そうに駆け寄ってくる。その細い指先が誠の頬に触れる。

つい数分前まで「愛おしい」と感じていたその指が、今はまるで這いずる毛虫のように不快だった。この指で、あいつに触れていたのか。


「……いや、少し貧血かな。昨日、寝るのが遅かったから」

「もう、無理しちゃダメよ? 今日が終わったら、ゆっくり休みましょう」


美咲の瞳には、濁り一つない。完璧な「愛妻」の演技だ。

誠は、腹の底から湧き上がる熱いドロドロとした感情を、強引に冷たい理性の蓋で抑え込んだ。


ここで問い詰めれば、彼女は泣いて謝るか、あるいは言い逃れをするだろう。佐々木も「誤解です」と逃げるに違いない。

そんな安い結末は望んでいない。



◇◆◇


誠は、冷めかけた自分のコーヒーを一気に飲み干した。

豆の甘みなど感じない。ただ、刺すような苦味だけが舌に残る。


(佐々木、美咲。お前たちは、僕の全てを汚した)


信頼、愛情、そしてプライド。

エリートとして歩んできた誠の人生において、これほどの屈辱はなかった。


「……そうだね。今日のコンペ、必ず成功させてよ。僕も応援しているから」

誠は、鏡のような笑顔を作って言った。


「ええ、頑張るわ!」

無邪気に笑う美咲の背後で、誠の瞳から光が消える。


復讐は、一瞬の怒りに任せて行うものではない。

最も深い絶望を与えるには、相手が「頂点」にいる瞬間に、足元を根こそぎ奪うのが一番だ。


会社での地位、金、そして二人の関係。

全てを緻密に、残酷に、計算通りに崩壊させてやる。

誠の脳内にある超高性能なコンサルタントとしての頭脳が、今、人生で最も冷徹な「プロジェクト」を開始した。


「復讐は、コーヒーの後でじっくりと……まずは、お前たちの『幸せ』を最大限まで膨らませてやろう」


一人、静かなリビングで呟く誠の声は、氷のように冷たかった。


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