第三十五話 最強の闖入者と、崩壊する防衛線
【マンションの廊下:地獄の三つ巴中】
三沢の冷徹な追及と、凛の熱すぎる勧誘。その板挟みで蓮の精神が限界を迎えようとしていたその時、チーンという間の抜けた音と共にエレベーターが開いた。
「ただいまー! あら、蓮? お友達?」
現れたのは、スーパーの特売袋を両手に下げた蓮の母・**華江**だった。
その瞬間、廊下の殺伐とした魔力の衝突(メンチ切り)が、嘘のように霧散した。
「え……あ、母さん。いや、これはその……」
「あらあら! こんな綺麗な方が二人も! 蓮、あんたやっと就職活動する気になったのね? それとも、ついに『デビュ』っちゃったのかしら!?」
華江の目はキラキラと輝いている。彼女にとって、三沢は「しっかりしたお姉さん」、凛は「活発な可愛い子」にしか見えていない。
「初めまして、お母様! 佐藤師匠に……いえ、蓮さんにいつもご指導いただいている一ノ瀬凛です!」
凛が持ち前の礼儀正しさで深々と頭を下げる。
「お隣に越してきた三沢です。佐藤さんには……色々と『お世話』になっておりまして」
三沢もまた、完璧な社交用スマイルで合わせる。
「まあ! 立ち話もなんだし、中に入って! 今日は奮発してすき焼きよ!」
「「お邪魔します!!」」
二人の声が重なった。蓮の絶望が確定した瞬間だった。
【佐藤家・リビング:見えない戦場】
「(アキラ! アキラ聞こえるか! 最悪だ、二人ともリビングに入っちゃったぞ!)」
蓮はキッチンで母の手伝いをするフリをしながら、インカムで悲鳴を上げた。
『落ち着きなさい蓮。今、「玄武」の演算能力の80%を割いて、あんたの部屋全体に「何もない平凡なオタクの部屋」のホログラムを上書きしてるわ。三沢さんがドアを開けても、見えるのは山積みのラノベと脱ぎ散らかした靴下だけよ』
「(サンキュー、相棒! でも、三沢さんのセンサーは誤魔化せるのか!?)」
『……それが問題ね。彼女、さっきから「すき焼きの匂い」に紛れさせて、ナノサイズの監視カメラを換気扇に放り込もうとしてるわ。私が今、全部換気扇の逆噴射で撃退してるけど……正直、お母さんの天然行動が一番のイレギュラーよ!』
リビングでは、華江が二人にアルバムを見せていた。
「見てやって。これ、蓮が幼稚園の時に泥団子を『伝説の宝玉』だって言って宝箱に隠してた時の写真よ」
「ほう……『伝説の宝玉』……やはりその頃から空間魔法の片鱗が……」
凛が手帳を取り出してメモを取る。
「……泥団子の隠し場所。……佐藤さんの隠蔽工作のルーツはここね」
三沢が鋭い目で写真を分析する。
「……母さん、もうやめてくれよ……」
蓮は生きた心地がしなかった。
【結末:悪魔の提案】
食事は進み、華江の機嫌は最高潮に達した。
「そういえば、今日は外、すごい雨が降るって予報よ? 三沢さんはお隣だからいいけど、凛ちゃん、こんな時間に女の子が一人で帰るのは危ないわぁ」
「あ、いえ、私は鍛えておりますので、暴漢の十人や二十人なら返り討ちに――」
「ダメよぉ。あ、そうだわ! 蓮の部屋、無駄に広いし、今日はお泊まりしていきなさいよ! 三沢さんも、お隣だけど一緒にパジャマパーティーなんてどう?」
ドッシャァァァァン!!
外でタイミングよく雷が鳴り響いた。
「……お泊まり……。佐藤さんのプライベートを、朝まで監視できる……」
三沢の眼鏡がキラーンと光る。
「……師匠との合宿……。夜通し『武』の神髄について語り合える……」
凛の拳が興奮で震える。
『蓮、緊急事態よ。もし二人が泊まることになったら、私の「玄武」への電力供給ラインがバレる可能性があるわ。……それと、お母さんが今、勝手にあんたの部屋の「ダンジョン入り口」を掃除しようとしてる!!』
「やめろぉぉぉ母さん!! そこは開けちゃダメだぁぁ!!」
蓮の叫び声が、多摩の夜空に虚しく響き渡った。




