第三十四話 ゴミ出しと、二人の守護(?)天使
【マンションの廊下:午前八時】
「平穏な朝を返せ」
蓮は両手にゴミ袋を提げ、天を仰いだ。 右隣の三〇二号室からは、高性能なセンサーが組み込まれた眼鏡をクイと直す三沢が。 階段の下からは、朝のランニングついでに「師匠に挨拶を」と駆け上がってきた道着姿の凛が。 二人の視線が、蓮という一点で交差する。
「佐藤さん、そのゴミ袋……中に『神話級』の残骸が入っていないか、私が集積場まで同行して検査します」
「いいえ! ゴミ出しのような雑務は弟子の務めです! 師匠、その汚レモノは私にお預けください!」
三沢が蓮の右腕を、凛が左のゴミ袋を掴む。 静かな廊下に、ギチギチと嫌な摩擦音が響き始めた。
『蓮、玄武が二人の間の「静電気」で小規模な落雷が発生しそうだって警告してるわよ。……ちなみにオッズは「公務員の勝利」が2.5倍、「筋肉女子高生の勝利」が1.8倍ね。賭ける?』
アキラの声が耳元で楽しげに響く。 「……どっちも負けて、俺を一人にしてくれ」
【多摩第十四ダンジョン:地下一階】
結局、二人の引力に抗えなかった蓮は、なぜか三人で「早朝のダンジョン巡回」に来ていた。
「いいですか、佐藤さん。私はあなたの『異常性』を数値化するために同行しています。部外者の介入は――」 三沢が魔導拳銃を構え、現れたゴブリンを精密射撃で撃ち抜く。
「介入ではありません、修行です! 師匠の背中を見て学ぶ。それが武の道!」 凛が三沢の弾丸より速く踏み込み、残りのゴブリンを正拳突き一発で「肉塊」へと変える。
二人は競い合うように無双を始めた。 C級探索者相当の三沢と、底知れぬ成長を続ける凛。 初級ダンジョンの魔物たちは、自分たちがなぜ死ぬのかも理解できないまま霧散していく。
「(……なんだこれ。俺、いらなくね?)」 蓮は最後尾で、あくびを噛み殺しながら付いていく。 だが、その時。二人がマウント合戦に夢中になっている背後の岩影から、迷彩能力を持った『アサシン・リザード』が音もなく蓮に飛びかかった。
「(……あ、面倒くせぇな)」
蓮はポケットから、今日持ってきた『百均の粘着ローラー(コロコロ)』を取り出した。
《Reality Patch:【事象固定・重力圧縮】》
蓮は「あ、危ない!」と情けない声を上げながら、背後の壁をコロコロと撫でるフリをした。 その瞬間、飛びかかろうとしたリザードは、目に見えない超重力の圧力に押し潰され、一声も上げられずに「平らな魔石」へと変わった。
「佐藤さん! 大丈夫ですか!?」 「師匠! 不覚、私の不徳の致すところです!」
二人が慌てて駆け寄るが、そこにはただ「転びそうになって壁に手をついた」ようにしか見えない蓮が立っているだけだった。
【結末:さらなる勘違いの遺物】
ダンジョンのボス(巨大なトカゲ)を、二人が秒殺した直後のことだ。 ボスが消えた場所に、一つの奇妙なドロップアイテムが残されていた。
それは、淡い黄金色の光を放つ『割れたガラスの破片(に見える何か)』。
「……何、これ。スキャンしても、解析不能が出るわ」 三沢が眼鏡を調整する。政府のデータベースにもない未知の物質だ。
「……わかります。これは、師匠の放つ『静謐な闘気』と同じ波長……。きっと、師匠がここにいたという『証』が、ダンジョンに具現化したのですね!」
「いや、ただのドロップアイテムだろ……」
三沢はこれを「国家機密級の重要遺物」として回収しようとし、凛はこれを「師匠の教えが詰まった聖遺物」として崇めようとする。
「(……アキラ、あれってただの『玄武』の起動時に出た余剰魔力のカスだよな?)」 『……そうね。あんたの部屋から漏れた魔力が、ダンジョンの再構築プログラムに干渉して結晶化した「ただのゴミ」よ』
その「ゴミ」を巡って、美しき公務員と空手少女がまたしても火花を散らし始める。
「佐藤さん、これの所有権について、隣の私の部屋でじっくり朝食(尋問)を食べながら話し合いましょう」
「いえ、私の道場へ! 師匠、朝稽古の後のプロテインは最高ですよ!」
挟み撃ちにされた蓮は、手にした「コロコロ」で自分の人生の悩みもすべて丸めて捨ててしまいたいと、切実に願うのであった。




