女神が舞い降りた時
『左ではなく〜やっぱり左な気分〜』
「結局変わらねぇのかよ!」
「フェイントが過ぎるってー!」
気まぐれなAIの音声による指示で動き回り、部員の口から文句が飛び出しながらも、走る足は止めない。
『左〜からの右下〜』
「はぁっ……! はぁっ……!」
あと一つの昇格で公式戦に届く3軍の中。
彼らの中で脱落していく者はおらず、皆が1軍と2軍を目指して練習を続ける。
「終了ー!」
そこにコーチを務める翔馬から、今日の練習を終了させる声が告げられた。
「え、もう?」
「何時もより早くないすか? まだ6時になってないし……」
普段の練習よりも終了時間が早いと、部員達は戸惑っている様子。
「練習時間は今日から90分。それ以上やっても体が辛いだけだから。ほら、早く支度をして帰る!」
手を叩いて急かしてくるコーチに、3軍の選手達は速やかに部室棟へ向かって着替えを済ます。
「早いなぁ〜。その分寝る時間増えるから良いけど〜」
「何時も結構寝てるけどね影丸は」
多くの部員達がロッカールームに出入りする中、影丸は練習が早く終わった事を歓迎していた。
彼が普段から寝てる時が多いのを知る星夜は、まだ睡眠時間が欲しいのかと苦笑する。
「90分はサッカーの試合と同じ時間で、これは海外のスタイルだねー」
「世界のやり方を真似してるって訳か……こんな練習しないであいつら、あんな強いのが信じられねぇな」
海外のクラブで近い練習を経験してるので、輝羅としては馴染みやすい。
イギリス遠征の時を思い出した竜斗は、海外の選手達が頭に浮かぶ。
いずれも上手かったり強かったりと、1ゴールも取れなかったのは今も悔いが残ったままだ。
「早く家に帰れるのは嬉しいけどねー♪ほら、竜斗帰るよー」
着替えを済ませた輝羅は早く行こうと竜斗を急かす。
「いや、俺は寮生活に入ってるから。言っただろ?」
「あ〜……先かと思ったけど、もう入ったんだ〜」
立見高校には大型のサッカー部専用の寮があって、そこに多くの部員達が生活をしている。
竜斗は既に入寮を済ませて寮生活を開始した為、桜見に帰る必要は無い。
「僕達も此処の寮に入ったよ。結構快適だし、何より距離が一気に近くなったからね」
「面倒なバス移動が無くて、ギリギリまで寝てられる〜」
竜斗だけでなく星夜、影丸の2人も寮生活に入り、そこでの暮らしを気に入っているようだ。
「じゃあ帰宅組は僕とヤミーだけ〜……もしかして知らない間に寮の方?」
「僕は……入ってない……落ち着きそうにないから……」
もしやと思い、輝羅は影二も入ってるのか聞けば彼は首を横に振る。
人見知りな彼にとって、共同生活はハードルが高い。
「よし、一緒に帰ろうヤミー! お先、失礼しまーす♪」
輝羅は影二と共に部室を後にした。
「早めに帰って神奈の顔を見れる〜♪」
「相変わらず……だね……」
正門を目指して外を歩く輝羅の頭に、愛しの妹が浮かんでくる。
中学の頃から神奈を大切に想っているのは、影二も見ているので知っていた。
高校でも彼女を作らないまま、この調子なのかもしれない。
「そこ、もっと厳しくー!」
まだ他の運動部が練習中らしく、帰る2人の耳に部活へ励む女子の声が入ってくる。
「あれ、この声って──」
輝羅には最近聞いた覚えのある声で、もしやと思って聞こえた方へ走って向かう。
「あ……輝羅……!?」
その姿を見た影二も後を追った。
2人がやって来たのは女子サッカー部の専用グラウンド。
芝生の上で彼女達は試合形式の練習を行い、男子に劣らない程に激しく激突している。
「あ、いたー……」
すぐに輝羅は声の主を発見。
周りと比べて長身だった為、それが購買部で会った六峰千里だと分かった。
ポニーテールを揺らしながら走り、味方からのパスを左足で受けると、ワントラップから右足でシュートを放つ。
GKが飛びつくも止められず、ゴールネットが大きく揺れる。
一連の動きを見た時、不思議と輝羅は声が一瞬出なかった。
「上手い……パスを左足で完全にコントロールして……右足のシュートも芯を捉えて良いボール……」
影二の口から、彼女が高レベルのプレーヤーである事が語られる。
「……」
輝羅の方は千里の姿を見たまま、何も言わない。
その後のプレー、動作の一つ一つに注目していた。
「……間近で初めて見たけど、凄いな六峰先輩……天才ストライカーと言われてる通り……良い動きしてた……」
前から千里については風の噂で聞き、直に見てみれば自分より上手いのではと思ってしまう。
影二が隣の輝羅に目を向けると、彼は無言だった。
「輝羅……?」
「え? ああ〜。高さもあって足だけじゃなくポストプレーも上手かったよね〜♪」
普段よく喋る輝羅が珍しく黙ってるかと思えば、何時も通りの笑顔を見せて千里のプレーを振り返る。
「あれ、君達来てたんだ?」
マネージャーからタオルを受け取り、汗を拭いていた千里が2人に気づき、歩み寄ってきた。
「練習する声が聞こえたから、どんな練習してるのか参考にしようと見に来ました♪」
身長差がある千里を見上げ、輝羅は笑顔を崩さないまま。
「んー、男子サッカー部と同じような事やってると思うよ。でも、何か吸収出来るような物があったらガンガン吸収しちゃってね」
「あ……はい……」
千里は勝ち気に微笑んでから輝羅の頭と影二の肩、それぞれに手を置いた。
話していた彼女が仲間に呼ばれ、合流していくのを見れば正門へ向かって2人は歩き出す。
☆
桜見へ向かう電車内は空いていて、輝羅と影二は容易に長椅子へ座る事が出来た。
後は電車が目的地に到着するのを待つだけだが、影二は隣に座る輝羅の様子が気になっている。
「……輝羅、どうしたの本当に……?」
女子サッカー部に行ってから無言になったりと、明らかに何時もと違う。
具合でも悪くなったのか心配だった。
「──女神が見えたかも」
「え……?」
黙っていた輝羅が突然放った言葉に、影二の頭が追いつかない。
「なんかねぇ……さっき見た六峰先輩が不思議とそう見えたの」
輝羅の目には千里がフィールドで舞う姿が焼き付き、頭でも彼女の顔が頭に浮かんでいた。
「! 輝羅、それは……恋したんじゃない……!?」
「──恋?」
影二から恋をしたんだと言われ、輝羅はピンと来ていない。
「だって、あのお喋りな君がああなったなら……絶対そうだよ……! 輝羅は六峰先輩を意識してる……!」
「そう、なのかなぁ〜?」
輝羅が恋をしてるとなって、影二は珍しく興奮気味に身を乗り出す勢いで力説している。
「女神に見えたとか、それはもう確定だよ……! 恋以外にあり得ないから……!」
「ヤミー、ちょっとテンション上がり過ぎ〜!」
それは恋だと主張する影二に、輝羅は謎の迫力に押されていた。
輝羅の目から千里が美しく、凛々しく見えて目を奪われたのは紛れもない事実。
高校に入って初めての恋をする──。
影二「彼は神奈さんか、それに限りなく近い人にしか惹かれないと思ってたけど……彼も普通の男子みたいにちゃんと恋出来る……!」
影丸「影二の目がキラキラしてない〜?」
星夜「彼ってこういう話が大好きなのかな?」
竜斗「いや、聞いた事ねぇ……俺も意外なヤミーの面にビックリしてる」
影二「次回、練習を頑張ると共に恋も頑張ってほしい輝羅の前に……厄介な障害が現れる……!」
輝羅「えっと〜、今までで一番コメントに困る〜!」




