第12話 恵と雨
学校での休み時間。
特にやることもなく携帯を触っていた時のこと。
天気は雨模様で外に出ることもできない。
まぁ晴れていたとしても出ないんだけど。
とにかく一人寂しく教室にいると、離れた席からこちらを見てニヤニヤ笑ってる男がいた。
彼は同じクラスの山本くん。
髪を染めていて、真面目とは言い難い男だ。
何見てわろてんねん。
などと、先日見た関西人の漫才に影響されてそんなツッコミを心の中で入れる。
「なあ、何してるんだよ?」
「ああ、ほらあいつ」
すると廊下から彼の友人らしき者がやって来て、山本くんとこそこそ会話を始めた。
そして俺の方を見て笑う二人。
だから何わろとんねん。
しかし感じの悪い連中だ。
俺が何かしたか?
そんなことを考えながらも携帯の方に視線を落とす。
ああいうのは相手にしないのが一番だ。
「なあ、お前円城だよな」
「え、そうだけど」
携帯を見ていたら、山本くんたちがいつの間にか俺の席の前に立っていた。
厭らしい表情でこちらを見下ろし、半笑いで話を続けてくる。
「根鳥って知ってる?」
「名前ぐらいは」
「知ってるか! そうかそうか」
「知ってたらどうかしたの?」
「どうもしねえよ。ちょっと気になっただけ」
どうでもいい話を振るんじゃない。
こんな会話に時間を割くほど、俺は暇じゃないんだよ。
って言っておいてメチャクチャ暇だったりするのだが。
「あれー、そういや東がいないよな。このクラスのはずなのに」
「何でだと思う?」
「知るかよ。そんなくだらない話しかできないんだったら、あっち行ってくれないか。俺はゲームで忙しいんだよ」
「休み時間にゲームって、陰キャかよ」
「陰キャの何が悪いんだよ。二文字で答えてみろ」
「二文字で答えられるか! 陰キャなんて良いこと一つもないだろ」
相手は俺が言ったことに怒りを覚えているが、怒りたいのはこっちの方だ。
俺に絡んで何の得がある。
そして陰キャの何が悪いというのだ。
「お前、俺が誰だか分かってるのか?」
「当然だ。山本くんだろ」
「まぁ、俺は有名だからな」
何故か誇った様子でそんなことを言う山本くん。
そんなに有名じゃないと思うんだけどな。
「で、有名な俺に何で歯向かうわけ? もしかしてイジメられたい願望でもあるわけ?」
「俺もイジメたくなってきたな、お前のこと」
さきほどよりも口の端を歪ませ、そう言う山本くんたち。
こいつらはあれだな、人間のクズだな。
俺は呆れながら、二人に対処することにする。
あんまり相手したくないんだけどな、こういうやつら。
「別にいいけど、周り見てみろよ。皆注目してるぞ」
「え?」
「こいつら俺をイジメようとしてるんだけど。誰か助けてー」
俺が棒読みでそう言ってやると、山本くんたちは大慌てする。
そして本当に周囲から視線が集まり、いたたまれなくなったのか、駆け足で教室から出ようとしていた。
「お前、覚えてろよ」
「憶えるか。短期記憶の無駄使いなんてするかよ」
逃走した山本くんたち。
イジメなんて流行んないんだよ。
ああいうのを増長させないためにも、主張しなければならない。
イジメ反対と。
効果は十分。
これで変に絡んではこなければいいけど。
チャイムが鳴っても山本くんは戻って来ることはなく、彼がいないままに授業が進んで行く。
あいつが留年しようが何しようがどうでもいいので、俺は気にすることなく眠りにつくことにした。
「――裕次郎くん。裕次郎くん」
「んん……」
女性の声で俺は目を覚ます。
俺を起こすのは恵であった。
彼女は優しい笑みをこちらに向けている。
「どした?」
「どしたも何も、もう授業終わってるよ」
「本当だ。結構寝てたんだな」
俺は伸びをして、周りに誰もいないことを視認する。
恵は俺が起きるのを待ってくれていたのか、前の席に座ってクスクス笑っていた。
「どれだけ寝てたの?」
「ちょうど一一限分……って言いたいところだけど、もう四時か。寝すぎだな」
「この後どうするつもり?」
「どうもしないよ。家に帰るだけ。今日は習い事があるんだよ」
「そうなんだ。じゃあ駅まで一緒に帰る?」
俺は大きくあくびをしながら、恵に聞く。
「誰かに見られたくないんじゃなかったのか?」
「そりゃそうだけど……でも一緒に帰りたい時もあるじゃん」
恵は彼氏がいることを周りに知られるのが恥ずかしいと考えているようで、ほとんどの人に話していない。
そんな状態で一緒に帰るのもなんだかなと思うんだけど。
「一緒に帰るぐらいいいでしょ。付き合ってるってバレないよ。下校ぐらいじゃ」
「まぁ俺はどっちでもいいんだけどな。じゃあ帰ろうか」
そう言えば、恋人らしいことをするのは久々の気がする。
付き合ってそんなに経ってないはずなんだけどな。
俺と恵は歩幅を合わせて廊下を歩き、校門を目指す。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」
笑みを浮かべる恵。
二人の間には穏やかな空気が流れていた。
「この間の友達……庄司って言ったっけ」
「うん。英美里でしょ。英美里がどうかしたの?」
「恵の友達だからこういうのはあんまり言いたくないんだけど、あの子と付き合うのは止めておいた方がいいんじゃないか」
「……は?」
恵が足を止める。
横にいる彼女から圧を感じ、その顔を見てみると確かな怒りを含んでいた。
「どういうこと?」
「いや、ちょっと非常識だっただろ。ああいうのと付き合ってたら、悪い影響受けるぞ」
「悪いっていうのはあの子の一面しか見てないってことだよ。いい子なんだよ。本当は」
「だとしても悪い面が目立つのが問題だ。一事が万事。一つの事柄でそれ以外のことが分るものなんだよ」
「ちっ!」
今、舌打ちした?
俺を睨んでるし、間違いなく舌打ちしたな。
恵はそんなことするような子じゃなかったはずなのだが……もしかしてすでに悪い影響を受けつつあるとか?
「裕次郎くん、人のこととやかく言えるほどの人間じゃないでしょ」
「そりゃそうだけど」
「じゃあ私の友達のこと悪く言わないでよ! 裕次郎くんに英美里の何が分るの!?」
「確かに、分からないけどさ」
「じゃあ放っておいてよ。裕次郎君に迷惑はかけてないでしょ!」
廊下に響き渡る恵の怒声。
その後には静けさが訪れ、雨の音だけが聞こえる。
「……やっぱり今日は一人で帰る。バイバイ」
廊下を走って行ってしまう恵。
こういう時、追いかける方がいいのかも知れないけど、頭を冷ますという意味でも放っておいた方がいいかもな。
「はぁ。人間関係って難しいものだな」
深いため息をつき、俺はゆっくり校門へと向かう。
残っている生徒は部活をしている者ばかりらしく、廊下に人はいない。
だが校門が見える渡り廊下まで出ると、知った顔があった。
「星那。今帰りか」
「裕次郎こそ。何してたの?」
「寝てた。それから彼女と喧嘩した」
廊下で一人佇んでいた星那。
俺の話を聞いて驚いたような表情を浮かべている。
「喧嘩って……何したの?」
「ちょっと忠告をしたんだけど、お気に召さなかったようだ」
「機嫌、悪かったんだ」
「そうかな。そうだったらいいけど」
雨を見上げながら嘆息する俺。
星那はそんな俺の顔をジッと見つめてくる。
「ちょっとへこんでる?」
「へこんではいない。と思う」
「でも少し後悔してる顔」
「うん。言わない方が良かったかなって」
「そういうことってあるよね。言ってから後悔して……でも正しいことだってあるでしょ」
微笑を浮かべ、俺を慰めてくれる星那。
清楚な恵とは正反対のギャル。
でも本当の優しさを持っているような、そんな気がした。
「星那はこんな時間までどうしてたんだ?」
「傘、持ってなくて」
「ああ。入って行くか?」
「いいの?」
俺は傘を広げて彼女を見る。
「触れないようには努力するけど、触れてしまったら許してくれよ」
潔癖症の星那は、触れられたくないだろうと俺はそう発言した。
「大丈夫と思う。私が我慢すればいいだけだから」
「じゃあ俺の華麗な傘テクをお見せしなければな。星那に我慢なんてさせないぜ」
「傘テクって、何それ」
クスクスと笑う星那。
ああ、癒されるな。
彼女の慈しみが身に染みるようだ。




