第13話 星那と雨
雨の中、一つの傘で二人で歩く。
彼女に触れないように、そして雨にかからないように気を使う。
俺の肩はすでにずぶ濡れだが気にしない。
星那が濡れなかったらそれでいいのだ。
「あ、にゃんこ」
「本当だ。寒そうだな」
そんな帰り道の途中、雨で震える猫が発見する。
廃店している店のビニールテントで雨をしのいでいるようだが、すでに体は冷え切っているようだ。
星那は猫の前でしゃがみ、心配そうにその子を見つめる。
「触ってもあげられないのが辛い」
「俺は触れるけど……してやれることはないよな。餌ぐらいは買ってやれるけど」
「本当の意味で助けてあげることはできないよね。いつも何だか不甲斐ないな。自分のことが」
手袋をした手で自分の口元を覆う星那。
すると猫が突然走り出し、俺たちの前から姿を消してしまう。
「行っちゃったね」
「あいつは強い猫なんじゃないかな。きっと自分で生きる術を持ってるんだよ」
星那は立ち上がり、俺の方を見る。
「私もそういう術がほしかった。私は何も持ってないから」
「そうか? 優しい気持ちはあるじゃないか。人間、それだけ備えていたらいいと思うけど」
「優しいだけじゃ人を救えないじゃない」
「その優しさに救われる人もいる。俺だって星那の優しさに癒されてるから」
目をぱちくりさせる星那。
「えっと、いつ癒したの私」
「今でも癒されてる。自分以外を心配する姿は素晴らしいと思うし、可愛い」
「だ、だから可愛いくないって! 恥ずかしいことばっかり言うね、君」
星那は俺に背を向け、歩き出そうとする。
彼女に雨がかからないよう、俺も同じように歩き出す。
星那の耳は赤くなっており、照れているのが分る。
こういうところも可愛いよな。
「今日って時間ある?」
「今日は習い事だけど、何か用? 明日だったら時間あるけど」
「じゃあ明日でいい。それより習い事してるんだ。何してるの?」
「空手だよ空手。親戚が空手の道場をしている人がいてさ、そこで世話になってる」
「ふーん、意外。運動とかあんまりするタイプに見えないよね」
本当に意外そうな顔でこちらを見る星那。
自覚はあるけど、やっぱりそうなのか。
今日だって山本くんに陰キャとか言われたし。
「星那は何か習い事は?」
「私はバイオリン」
「バイオリン!? 俺の空手より意外なんだけど!」
「そ、そこまで驚く!? や、自分でも似合わないと思うけどさ……」
星那は少し寂しそうに笑いながら、雨空を見上げながら言う。
「両親に命じられるままに習い始めたことで、辞めるにも辞められないんだよね」
「両親の命令か。それは辞めにくいよな」
「裕次郎は、習い事は嫌々やってる?」
「最初はそうだったけど、今は結構好きかな」
「私はどうなんだろう……よく分かんないまま続けてるな」
今度は俯いてしまい、負のオーラを全身から放つ星那。
派手な見た目はしているけど、思っている以上に根暗な性格なのかも。
自分に自信は無いようだし、見た目だけじゃ人って分からないよな。
「嫌なら辞めてもいいと思うし、好きなら続ければいい。親のこともあるけど、自分の思うままに行動すればいいんじゃないかな。嫌々だったらストレスにしかならないだろ」
「そんな風に割り切れてたら簡単なんだろうけど、そういう生き方をしてきてないから」
駅に到着し、傘から出る星那。
彼女は濡れなかったので、ミッションコンプリート。
ゲームならステージSランククリアってところだな。
「前の話、覚えてる?」
「幸せ探しのこと?」
「うん。この前はうやむやにしたけど……裕次郎に協力してほしいんだ。自分の生き方を見つめなおしたいというか、自分の幸せを知ることができれば、これからもっと素敵な生き方をできるってことでしょ」
前回は協力するのは面倒だと感じていたが、今なら力を貸してあげたいと思う。
そんなことをしたら恵が怒るかもだけど……内緒でことを進めよう。
悪いことをしているわけじゃないし、今の恵とは少し距離を置きたいという考えもある。
最悪別れるようなことになってもきっと俺は後悔しない。
俺も自分の幸せのために行動しよう。
星那に協力するというのは、自分の幸せにも繋がっている。
そんな気がしていた。
「俺で良ければ力を貸すよ。ゲームも一緒にしないといけないしな」
「ありがとう、裕次郎」
目を細めてそう言う星那は美しく、俺の胸は無条件に跳ねてしまう。
「とりあえず、話は明日だな。何か話したいこともあるんだろ」
「あ、うん」
笑顔が急に失われ、伏し目がちになる星那。
何か悩み事でもあるのだろうか。
「あ、肩、濡れちゃったね」
「いいよ、これぐらい」
「裕次郎って優しいよね」
「そう?」
「うん。根鳥も優しい部分はあるけど、打算的というか、そういうのが透けて見えて嫌だったけど」
星那は鞄からハンカチを取り出して、俺の肩を拭いてくれる。
「でも裕次郎の誠実な優しさは好き。あ、違う、嬉しい!」
『好き』と言ってしまったことに真っ赤になる星那。
俺もドキッとしたけど、とにかく喜んでくれているならそれでいいか。
「星那の方が優しいと俺は思うけどな」
「自分じゃ分からないけどね」
「そう。俺も分からないんだよ。優しいなんて言われても」
「あはは。そうだね。確かにそうだ」
星那は笑い、俺から離れる。
そして俺を拭いてくれたハンカチを、サッとジッパーの中に入れる。
「俺そんなに汚いかな!?」
「あ、違う違う! 裕次郎が汚いとかそういうんじゃなくて……ごめん、私の癖」
潔癖症の彼女は、無意識にハンカチをジッパーに入れたようだが……拭いてくれただけで感謝だ。
というか無意識であんなことをできるのむしろ面白い。
とことんまで潔癖症なんだな、星那って。
「じゃあそろそろ行くよ。これ以上遅くなったら習い事に遅れそうだから」
「うん。頑張って」
「星那も好きなことなら頑張れよ。嫌いなら辞めていいんだかな~」
俺は手を振りながら電車に向かう。
星那はまた俺に「ありがとう」と言って手を振り返してくれていた。
◇◇◇◇◇◇◇
習い事が終わり、外は暗くなっていた。
だがすでに晴れており、傘は必要ない。
兄も妹も同じ習い事をしており、二人には先に帰ってもらった。
俺は歩きながらゲームをする。
今日、雨が降った分を今から取り返してやろう。
そんな考えで、俺は暗い道を歩いて行く。
但し、方角は家に向かって。
あまり遅くなると晩飯が食えなくなってしまう。
晩飯を食べた後に再開するつもりだが、この時間も無駄にするわけにはいかない。
マップに表示されているモンスターを倒しながら歩いて行くと、少し大きめな公園に到着する。
そこでは同じゲームをしている人がおり、数人が携帯を見ながらウロウロしていた。
そんな中、ひときわ目立つ人物がいる。
「あの人、怖くない?」
「近づくだけで殺されそうだな……」
「ヤバッ、何してるんだろう。携帯触って何か探してるみたいだけど、殺す人でも探してんのかな?」
注目を浴びる男。
彼に近づかないようにして、周りの人はゲームに勤しんでいた。
その男は部分的に髪を染めており、黒と銀二色のお洒落な髪型をしている。
身長は190ぐらいで筋骨隆々といった鍛え上げられている体つくり。
目つきがとんでもなく悪く、携帯を見下ろしているだけだが威圧感を覚える。
「ん?」
そんな男は携帯からこちらに視線を向け、俺を見ると一直線にこちらに向かって歩いてくる。
俺は嘆息しながら、彼が近づいてくるのを静かに待ち構えた。




