統一神書 バルギニア版 第七の巻 堅磐神
一
不動の大地の礎たる第六の座、大地と山岳と鍛造を司る男神、ガルド・モーン・ダグレナ。始原が御身を裂きたまいしとき、礎を負いて生まれ出でたまえる、八柱の第六神である。
二
御姿は、一柱の、歩む山である。天を衝く八柱のいずれよりも、なお高く、いかなる巨獣とて、その足の指ほどにも及ばぬ。全身は、幾千年の風雨に鍛えられた、古き鉄の色。肌は岩のごとく硬く、その節々は、山の稜線のごとし。ただ、その双眸のみが、鉄色の面のなかに、鍛冶の炉に熾る、赤き熾火のごとく、あたたかく灯っている。御手には、山をも一打ちに砕くという、大いなる鉄の鎚を握り、そのかたわらには、常に、一つの巨大な鉄床が据えられている。動きは、この上なく、遅い。ただ一歩を踏み出すに、幾年をもかけるとさえ、伝わる。
三
御声は、地の底より響く、岩鳴りのごとし。低く、重く、ゆるやかにして、ひとたび発すれば、山々が、しずかに震える。この神は、めったに、口を開かぬ。ただ一つの言葉を紡ぐに、幾日をも要するという。されど、この神が、ひとたび口にした言葉は、けして、翻ることがない。
四
御心は、不動である。この神には、はやる心も、気まぐれも、ない。喜びに躍らず、怒りに逸らず、ただ、負うべきものを、黙して負い、なすべきことを、時をかけて、なす。おのれを誇らず、崇めよとも求めず、世のすべての重みを、その肩に載せて、なお、一言の不平も漏らさぬ。これを、鈍重と、あなどる者もあろう。されど、思い違うてはならぬ。嵐は、いかに荒れ狂おうと、ひと夜で去る。されど、山は、その嵐を、幾万度も見送りながら、なお、そこに在りつづける。真に頼もしきものとは、速く動くものではなく、けして動かぬもののことなのである。
五
御業の第一は、この世に、揺るがぬ礎を、据えたまいしことである。世のいまだ若かりしころ、大地は定まらず、深き水の面に筏のごとく浮かび、あるものは、光届かぬ世界の縁へと、滑り落ちてゆかんとしていた。ひとたび縁を越えて落つれば、その陸は、闇界の底なき淵へと、永遠に失われる。
これを見て、この神は、動きたまえり。おのが炉に籠り、幾世ともつかぬ長きにわたりて、途方もなく大いなる、鉄の鎖と、鉄の楔とを、鍛え上げたまえり。離れゆかんとする大地には、その鎖を両の陸へ打ち込み、おのが肩を入れて、幾年をもかけて、たぐり寄せ、寄り合うたその継ぎ目を、おのが炉の火をもて、ひとつに縫い合わせたまえり。その鎖と継ぎ目とが、そのまま、天を衝く山の連なりとなった。世に鉄鎖山脈と呼ばるる、かの鉄色の大山脈の始まりである。大地をたぐり寄せしおり、その裾を引きずりし跡が、深く抉れて残りしものが、真一文字に走る大峡谷、曳裂の谷である。また、いかにしても留まらぬ頑なな大地には、この神、その巨大な鉄の楔を、天より、まっすぐに打ち下ろしたまえり。平らかな野のただなかに、ぽつりとひとつ聳ゆる鉄色の独り峰、世に楔嶽と呼ばるるものは、山にあらず。あの楔の、地上に残りし頭なのである。
我らが、朝ごとに、崩れぬ地の上に目覚めうるは、この神が、その下で、けして動かず、世の重みのすべてを、黙して負うていてくださるがゆえなのである。
六
今一つの御業は、鍛冶である。かの千年の闘争において、この神は、ただの一度も、戦場にその身を現さなかった。されど、神々が立ち向かいえたのは、ひとえに、この神のゆえである。神々の手にせし剣も、槍も、鎧も、そのことごとくは、この神が、おのが鉄床の上で鍛え上げたものであった。千年ものあいだ、この神の炉の火は、ただの一度も消えることがなかった。今も、山のいくつかが頂より煙をあげるのは、この神のいにしえの炉が、なお熾火を残しているのだとも伝わる。
この神の鍛えしものは、けして折れず、けして欠けぬ。急いで打たれしものは脆く、時をかけて打たれしものこそ、強い。この神が、ただ一つの武具を鍛えるに、百年を惜しまなかったのも、そのためである。ゆえに、この神と結びたる約定は、山のごとく動かぬ。堅磐神が、しかと肯いし約束は、天地の続くかぎり、けして違えられぬと、古来、信じられてきた。夫婦が生涯の契りをこの神に誓うのも、このゆえである。
七
この神が、人の世にその姿を垣間見せたという語りは、多くない。名高きは、王国歴1042年、鉄嶺の麓の、老石工バルドの話である。ある年の春、鉄嶺の山肌に大きな亀裂が走り、巨大な岩の壁が、麓の村めがけて崩れ落ちんとした。村の者はわれ先にと逃げたが、生涯をかけて中腹の古き石の社を守ってきたバルドひとりが、逃げなかった。老いた石工は、社の前に膝をつき、どうか、この山を、この人らをお支えくださいと、夜もすがら祈りつづけた。
その夜半、地の底から、ずうん、と、腹に響く重い岩鳴りが、ひとつ聞こえたという。朝が来た。岩の壁は、崩れていなかった。その割れ目の下に、ひと晩のうちに、鉄色の巨大な岩の出っ張りがせり出し、大きな肩で、崩れゆく壁を下から支え止めているかのように、そこにあった。人々はその岩を、いまも神の肩と呼び、手を合わせる。
八 堅磐神の教え
この神を敬う者の守るべき教え、二十を記す。
一つ。作るものの下には、いつか人が立つ。それを忘れて、鎚を握るな。
二つ。急いで打ったものは、脆い。間に合わせを、人の頭の上に置くな。
三つ。見えぬところにこそ、良い材を使え。土台の手抜きは、崩れる日まで隠れている。
四つ。おのれの技を超える仕事を、引き受けるな。引き受けたなら、超えるまで学べ。
五つ。罅を見つけたら、隠すな。今日の小さな恥は、明日の崩れた橋より、はるかに安い。
六つ。確かめよ。二度、確かめよ。汝の目より、荷を載せた試しのほうが正しい。
七つ。名を刻む覚悟のない仕事を、世に出すな。
八つ。壊れる日のことを、作る日に考えよ。壊れぬものは無いが、壊れ方は選べる。
九つ。建てることは一日の誉れ、保つことは百年の務めである。直しつづけよ。
十。道具を、粗末にするな。鈍った刃で急ぐ者が、いちばん深く手を切る。
十一。弟子には、技より先に、恐れを教えよ。恐れを知らぬ手が、いちばん人を損なう。
十二。主人に急かされても、曲げてはならぬものがある。失った銭は取り返せるが、埋めた人は帰らぬ。
十三。誓いは、鉄である。打つ前に、よく熱を見よ。冷えてからでは、曲げられぬ。
十四。安請け合いを、するな。果たせぬ約束は、はじめから盗みである。
十五。契りを結ぶ前には、良き日のことではなく、悪しき日のことを語り合え。
十六。夫婦の諍いは、罅のうちに継げ。罅は、放っておいて塞がったためしがない。
十七。相手の変わらぬことを、誓わせるな。おのれの変わらぬことを、誓え。
十八。家は、石で建ち、信で保つ。どちらが欠けても、雨は漏る。
十九。別れの日にも、盗むな。共に築いたものを、壊して去るな。
二十。山のように在れ。速さを誇る者は多いが、変わらぬことを誇れる者は、まれである。




