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統一神書 バルギニア版 第六の巻 律天神

 天秤と律法の番人たる第五の座、世を貫く法則を司る神、オルダ・ヴェム・カノーレ。始原が御身を裂きたまいしとき、律を負いて生まれ出でたまえる、八柱の第五神である。


 御姿は、人のものにあらず。この神は、獣の面を持ちたもう。真白き毛に覆われた、大いなる獣の頭にして、いかなる獣に似て、いかなる獣とも異なる。その双眸は、決して閉ざされることがない。この眼の前では、いかなる偽りも、いかなる隠し事も、通じぬ。目を覆うて公平を保つのではない。全てを見通すことによって、公平を保つのである。何一つ隠しえぬ者の前では、何人も、己を偽ることができぬからである。

 御身は、頭より足の先まで、一切の汚れなき、純白である。白とは、一片の塵も、一滴の汚れも、たちどころに映し出す色。この神が白きは、その前に立つ者の、いかなる小さき曇りをも、隠させぬがためである。御手には、いかなるものをも載せうる、大いなる天秤を提げたもう。いま片手には、生きた茨を、ひとむち、握りたもう。秤の傾きを正すための、罰の枝である。


 御声は、たかぶらず、へつらわず、脅かさず。ただ、釣り合えるか、釣り合わざるか、その二つを、判詞を読みあぐるがごとくに告げるのみである。願いに、心を動かされることはない。涙に、ほだされることもない。


 御心について、語るべきことは、ほとんどない。何となれば、この神には、怒りもなく、慈悲もないからである。あるのは、ただ一事。釣り合うているか、否か。それのみである。賄いも通じず、美貌も効かず、涙も、脅しも、由緒も、一切、この神の秤を傾けえぬ。これを、冷酷と、そしる者もあろう。されど、思い違うてはならぬ。神々の気まぐれにも、強き者の横暴にも、決して傾かぬ秤が、この世にただ一つ在るということ。それは、力なき者、寄る辺なき者にとって、何にも勝る、最後の拠りどころなのである。冷ややかであることが、この神の、最も深き公平なのだ。


 御業の第一は、世の根に、その天秤を据えたまいしことである。この秤の上では、貴賤も、真偽も、貸しと借りも、生と死さえも、ことごとくが、釣り合わねばならぬ。そして、心せよ。この律に縛らるるは、人ばかりではない。神々もまた、この秤を逃れえぬ。己の定めし律に、己がまず縛らるる。これぞ、この神の、最も尊きところである。

 未だ神々の睦みあいし、遠き世のことである。至天の兄神が、あるとき、その怒りに任せて、罪ある一つの地へ雷を落としたまえり。されど、その一撃はあまりに強く、罪なき者どもまでも、罪ある者とともに灼き尽くしてしもうた。罰が、罪を、遥かに越えてしもうたのである。第五座の神は、静かに現れた。八柱の筆頭たる兄神を前にしても、その面に、いささかの遠慮もなかった。ただ、傾いた秤を指し示し、越えたる罰の分を償うべし、と告げたのみである。兄神は、これに一言も返さず、己の過ちを認め、償いを果たした。八柱の筆頭ですら、この神の秤の前では、一人の科人にすぎぬ。


 今一つの御業は、世に、揺るがぬ理を通したまいしことである。同じ因より、同じ果の生ること。昨日の火と、今日の火とが、同じく燃ゆること。我らが魔導を、まぐれや奇跡ではなく、学びうる技として修めうるは、ひとえに、この神が、世界にこの揺るがぬ律を敷きたまいしがゆえである。

 約定もまた、この神の司るところである。ひとたび交わされし誓いは、目に見えずとも、世の天秤に、一つの重りとして載せられる。これを違うる者、あるいは、非道をもって秤を大きく傾けし者には、やがて、あの茨が伸びる。地より、音もなく生い出でて、傾きをなせし者の足に、身に、絡みつき、崩れた分の償いを、否応なく、取り立ててゆくのである。


 この神が、人の世に直に手を触れたという語りは、多くない。その僅かな一つに、王国歴1305年、市の町ラーメクの秤役の話がある。秤役ゴルドは、長きにわたり、鉛を仕込んだ偽りの秤を用いて、貧しき者から目方をごまかし、掠め取りつづけていた。地上のどこにも訴える術なき一人の後家が、町外れの律天神の古き石の前に、釣り合わぬことを釣り合わせたまえと祈った。

 次の市の日、ゴルドが偽りの秤へ荷を載せた、その刹那。地より音もなく茨が伸び、その身を搦め捕った。偽りの秤の皿がひとりでに割れ、中より鉛の錘がこぼれ落ちた。そして真昼の空に、大いなる白き天秤が浮かび、その傍らの宙に、白き光の文字が、ひとりでに書き連ねられていった。いつ、どこで、誰から、どれだけを掠め取ったか。三十年にわたる盗みのことごとくが、ただの一件も違わず、白日の下に書き出されたのである。隠しおおせたと思うていた罪は、この神の眼の前では、はじめから隠されてなど、いなかった。


八 根源八法

 この神は、ただ一度だけ、人の世へ直に言葉を授けたもうた。いにしえ、おのれを法の外に置き、悪逆の限りを尽くした王があった。地上のいかなる法にも救いを求めえなくなった民が、人の作りしものならぬ律を司るこの神に祈ったとき、神は答えたもうた。王の上には、秤の上に立たぬ者は一柱も無い、との一言とともに裁きが下り、民の上には、同じ過ちが二度と地上に立たぬよう、身分の別なく、あらゆる生命がひとしく守るべき八つの律が授けられた。これを根源八法と呼び、人の作るすべての法の根に据わる。


  第一、均の律。与えずして奪うことなかれ。なれば、この世に、ただにて得らるるものは一つとしてなく、奪いしものは、いつか必ず、その分だけ、奪い返さるるがゆえなり。

  第二、名の律。なにごとも、実より重くも軽くも、偽ることなかれ。なれば、名とは、そのものの真の本質であり、これを偽る者は、みずからの秤を狂わせ、その狂いの分を、いつか身をもって贖うがゆえなり。

  第三、座の律。そのものの座を越え、他に属する理を、力ずくで握らんとすることなかれ。なれば、各々のものには、各々の座と理ありて、これを侵す者は、世の骨組みそのものを、傾くるがゆえなり。

  第四、巡りの律。死をとどめ、あるいは失せし生を、呼び戻さんとすることなかれ。なれば、生あるものは、みな借りて生くるものにして、死とは、その返済にほかならず、これを拒む者は、巡りの鎖を断ち、世に、返されぬ借りを積むがゆえなり。

  第五、等の律。いかなる命であっても、軽きもの、無きものとして扱うことなかれ。すべては等価である。秤の上にては、王の命も、乞食の命も、獣の命も、その重さに一分の差なく、命を軽んずる者は、その軽んじたる重さを、おのが命にて、量り返さるるがゆえなり。

  第六、顕の律。罪を伏せ、顔を繕いて、隠さんとすることなかれ。なれば、全てを見通す眼の前に、隠しごとは、はじめより無く、隠すというその行いこそが、最も重き錘となりて、みずからの皿に、載るがゆえなり。

  第七、契の律。ひとたび口に出だせし誓いを、破ることなかれ。なれば、誓いは、目に見えずとも、世の秤に、重りとして載り、誓いし者、死すとも消えず、これを破らば、その傾きは、血筋に、あるいは魂の、次の巡りにまで、繰り越さるるがゆえなり。

  第八、縛の律。いかなるものも、律を逃れうると思うことなかれ。なれば、律は、人にも、獣にも、名も無き虫にも、神にすら、ひとしく及び、律を定めしこの神すら、縛られるがゆえなり。


九 律天神の教え

 この神を敬う者の守るべき教え、二十を記す。


 一つ。法は、明らかであれ。民の知らぬ法で、民を裁くな。

 二つ。法は、少なくあれ。覚えきれぬ数の法は、無いのと同じである。

 三つ。法は、平易であれ。学者にしか読めぬ法は、いつか学者のための法になる。

 四つ。定めたなら、行え。行われぬ法は、法をあなどる心を育てる。

 五つ。小さな約束を、守れ。政の信は、大きな誓いではなく、小さな約束の積み重ねで立つ。

 六つ。賞と罰とは、車の両輪である。罰のみで御する者は憎まれ、賞のみで御する者はあなどられる。

 七つ。罰は、身分の高き者を避けるな。賞は、身分の低き者を漏らすな。

 八つ。親しき者を裁くときは、他人を裁くときより一段、おのれを疑え。

 九つ。情に厚い裁き手を、良い裁き手と思うな。今日の涙で傾けた秤は、明日、別の誰かの上で傾く。

 十。裁く前に、両方の言い分を聞け。片方だけ聞けば、どんな話でも正しく聞こえる。

 十一。怒ったまま裁くな。疲れた日に、重い裁きを下すな。

 十二。賄いは、受け取った時からではない。断らなかった時から、始まっている。

 十三。罪を憎んで、人を量れ。憎しみで量った目方は、必ず狂う。

 十四。法の隙間を見つけた者を、賢いと褒めるな。褒めた日から、法は破れはじめる。

 十五。古い法を、古いという理由だけで守るな。世が変われば、人の法は変わってよい。動かぬのは、八法だけである。

 十六。新しい法を作る前に、行われていない古い法がないかを、まず見よ。

 十七。一つの罪に、二度の罰を科すな。

 十八。疑わしきは、まだ量りきれていないということである。量りきれぬまま、罰するな。

 十九。おのれの定めた決まりに、おのれがまず従え。人は、その姿を見て、法を信じるかどうかを決める。

 二十。忘れるな。法は、強き者を縛るためにある。弱き者は、法がなくとも、もとより縛られている。


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