↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
17/19

統一神書 バルギニア版 第十一の巻 偉人列伝 その6

英雄偉人 第二伝 築城翁ダルガン・グーデンリア


 ダルガン・グーデンリアは、千年の闘争のさなかに生きた築城家である。人の築きし最大の防塁、グーデンリアの長城に、その名を残す。


 ダルガンは、石積み職人の子に生まれ、若くして城塞の普請に携わった。万夜の軍勢が世界を呑んでいった退却の時代、彼は、幾十の砦の普請場を渡り歩き、そして、幾十の砦が一夜で抜かれるのを見た。人々が砦に望むのは、勝つことであった。されどダルガンは、砦を築きながら、早くからこう言うていたという。壁は、勝てぬ。壁にできるのは、時を稼ぐことだけだ。されど、と彼は続けた。時こそ、いま人がいちばん持っておらぬものだ。ならば、壁こそ、いまいちばん要るものだ、と。


 人の版図が王都とその周辺にまで縮んだ暗黒の時代、ダルガンは、諸侯の評定に一つの絵図を持ち込んだ。北の山塊から南の大河まで、人の住まう地の際をぐるりと劃する、途方もない長城の図である。評定は嘲笑で迎えた。国を挙げても百年かかる。石も、人も、銭も足りぬ。そもそも壁ごときが万夜に破れるものか、と。ダルガンは、静かに答えたと伝わる。破れましょう。いつかは、必ず破れます。わたしが図面に引いたのは、破れぬ壁ではありませぬ。破られるまでのあいだ、後ろで人が生きられる壁です。この壁が一年立てば、一年ぶんの子が生まれ、一年ぶんの兵が育ち、一年ぶんの麦が実ります。壁とは、石でできた時にございます、と。


 長城の普請は、こうして始まった。ダルガンは総匠として、生涯をこれに捧げた。彼の普請には、幾つもの独自の工夫があった。壁は一重とせず、破られた区画を仕切って捨てられるよう幾重にも劃した。壁沿いに井戸と穀倉を刻み、壁そのものが逃げ道であり、蔵であるようにした。そして、石積みの一段ごとに、積んだ職人の名を刻ませた。名を刻めば、手は抜けぬ。名を刻めば、誇りが残る。彼の口癖は、石は嘘をつかぬ、であった。誠実に積まれた石は誠実に立ち、ごまかして積まれた石はごまかしたとおりに崩れる。石ほど正直な帳面はない、と。


 ダルガンは、長城の完成を見ずに老いた。工事は彼の弟子の代、そのまた弟子の代へと継がれた。老いたダルガンが工区を巡ると、彼の知らぬ若い職人たちが、彼の定めた法どおりに石を積んでいた。それを見た晩、老人は珍しく酒を過ごし、涙をこぼしたという。わしは、壁を残すつもりでおったが、違うたな。積み方を、残したのだな、と。


 長城は、成った。そして、幾十年ののち、破られた。第十の巻に記すとおり、六大夜の一、崩壊将の現れし一夜のうちに、人が百年をかけて築いた長城は崩れたのである。報せの届いた夜、すでに床にあった老ダルガンのもとで、弟子たちは泣いた。百年が、一夜で潰えました。われらの生涯は、無駄でありました、と。老人は、身を起こし、弟子たちを叱ったと伝わる。数えよ、と彼は言うた。壁の立っていた歳月に、壁の後ろで生まれた子の数を数えよ。育った兵の数を、実った麦の穂の数を、逃げ延びた村の数を数えよ。それがことごとく、壁の稼いだ時だ。壁は崩れた。されど、壁の稼いだ時は、一刻も崩れておらぬ。あの時のなかで育った者らが、いまに万夜を押し返す。壁とは、そういうものだ。はじめから、そういうものだ、と。


 果たして、そのとおりになった。長城の稼いだ歳月に育った世代が、反攻の軍の背骨となったことは、史の伝えるところである。ダルガンは、反攻の始まりを床の内に聞き、ほどなく没した。遺言により、その亡骸は崩れた長城の石材で塚に築かれ、塚は、かつて壁の守っていた側ではなく、敵の寄せてきた側に向けて据えられた。死してなお、殿を務めるつもりであったのだろうと、弟子たちは語り合うた。


 崩れた長城の石は、のちの世に、諸国の家々の礎石として運ばれ、散っていった。いまも古い家の土台に、名の刻まれた石の見つかることがある。それは、あの長城の石である。壁は崩れて、幾万の家の礎になった。ダルガン・グーデンリアの生涯を、これほどよく言い当てた結末はあるまい。


英雄偉人 第三伝 初杖のアデラ


 アデラは、千年の闘争のさなか、叡智神が人に魔導を授けたまいしその時代に生きた、最初の魔導士たちの一人である。世に初杖のアデラと呼ばれ、人の魔導のいしずえを据えた人である。


 アデラは、王都の市場の、書役の娘であった。父の代筆の傍らで文字を覚え、量りの傍らで数を覚えた、どこにでもいる娘であったという。彼女の生涯の変わったのは、叡智神の恩寵の降りた、あの時代である。世界の真理の一端たる魔導と、原初の言葉とが、人に分かち与えられた。されど、恩寵は、そのままでは危うい火であった。授かった力を御しきれず、身を焼く者が、後を絶たなかったのである。知は、希望であると同時に、絶望である。あの戒めの、最初の代価を払うたのは、最初の世代であった。


 アデラは、力に恵まれた者ではなかった。彼女の恵まれていたのは、書役の娘の習い性である。彼女は、唱えて成った呪文と、成らなかった呪文とを、帳面につけたのである。誰が、いつ、どの言葉を、どう唱えて、どうなったか。成った例も、身を焼いた例も、等しく書いた。焼け死んだ者の最期の文句を書き取るのかと、人には憎まれもした。アデラは、答えたという。書かねば、次の者が、同じ死に方をします。この帳面は、死んだ人たちが次の人へ遺す、文にございます、と。


 帳面は、積もった。積もった帳面から、アデラは、法を拾い出していった。呪文は、逸る心で唱えれば荒れる。恐れを知らずに唱えれば、身を焼く。一語ずつ、足元を確かめて唱えれば、届く。今日に伝わる魔導修練の順序、すなわち、技より先に恐れを教え、火より先に灯を教えるという、あの順序を最初に定めたのは、このアデラである。彼女の開いた修練場は、王都の城壁の内にあって、はじめは笑われた。剣も持たぬ書役の娘が、素人を集めて何になる、と。されど、アデラの修練場の者は、身を焼かなかった。そして、育った。


 王都攻防の最も暗い時代、アデラの育てた魔導士たちは、はじめて戦列に立った。世にいう最初の魔導兵団である。彼らは派手な奇跡を行わなかった。城壁の上に整然と並び、教えられたとおりに、一語ずつ、確かめるように唱え、そして、万夜の寄せ手の第一波を、城壁の手前で押し留めたのである。この夜を境に、戦の形は変わった。人は、神々の後ろで庇われるだけの者ではなくなった。おのれの言葉で、おのれの街を守る者になったのである。


 アデラの厳しさを伝える逸話がある。彼女の高弟の一人が、万夜の魔導の断片を戦場で拾い、これを解けば敵の術を破れましょうと、師のもとへ持ち帰った。アデラは、その紙片を一瞥もせず、弟子の見ている前で火にくべた。弟子が、敵を知らずして、いかに敵と戦いますかと食い下がると、アデラは答えた。あれは、知ではない。知の腐ったものだ。腐った肉を食うて強うなった者はおらぬ。わたしどもは、授かった言葉だけで戦う。それで足りるように教えるのが、わたしの仕事だ、と。万夜のものに一切触れず、写さず、残さぬというこの一線は、彼女の兵団の鉄の掟であり、後の世の禁忌の定めの、遠い源のひとつと言われている。


 アデラの最期は、反攻の初期、山峡の隘路であった。退く民と兵とを先に通し、彼女は弟子たちと隘路の口に残って、光の壁を張った。万夜の軍勢が壁を叩くあいだ、アデラは、一語ずつ、確かめるように唱えつづけたという。最後の一人が峠を越えたという伝令の声を聞いたとき、彼女は壁を解かず、そのまま、燃え尽きる灯のように、術のうちに果てた。享年は、六十を超えていた。書役の娘は、生涯、剣を一度も持たなかった。


 弟子たちは、師の杖を、隘路の口に立てて葬りの標とした。杖は、オルバスの杖のように芽吹きはしなかった。ただの、使い込まれた木の杖のままであった。されど、以来、魔導士が同輩を葬るとき、その墓に杖を立てて標とする習わしは、ここに始まると伝えられる。魔導士の墓標が剣ではなく杖であるのは、魔導が、殺すためではなく、守り、灯すために授けられたものだからである。それを最初に体現した人の名を、杖を立てるたび、魔導士たちは思い出すのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。