統一神書 バルギニア版 第十一の巻 偉人列伝 その4
九聖人 第七伝 花衣の聖女エルサ
エルサは、無暦時代の、丘の城の若き奥方であった。九聖人のうち、最も短い生涯を生き、最も長く愛されている人である。
エルサの嫁いだ家は、痩せた土地を治める、古い武門であった。無暦時代のなかばに、大きな飢饉が来た。三年つづきの不作である。城の蔵には、なお穀があった。城の習いとして、蔵は籠城の備えであり、戸は民に閉ざされていた。城門の外に、飢えた民が集まり、日ごとに数を増した。
エルサは、蔵を開けることを願うたが、許されなかった。ならばと、彼女はおのが食膳を割き、おのが衣装を売り、それでも足りぬとなったとき、夜ごと、蔵の穀をひそかに持ち出して、城門の外へ運ぶようになった。前掛けに包めるだけの、わずかな量である。されど、毎夜であった。
ある冬の朝のことである。前掛けを抱えて通用門を出ようとしたエルサは、家宰と義兄とに見咎められた。奥方、その前掛けの中身は何か、と。蔵の穀と答えれば、盗みである。エルサは、青ざめ、それでも前掛けを開いた。こぼれ出たのは、穀ではなかった。芽吹いたばかりの若葉と、季節はずれの野の花とが、前掛けいっぱいに、こぼれて雪の上に散ったのである。真冬であった。花の咲く道理は、どこにもなかった。家宰は膝をつき、義兄は帽子を取った。聖母神の額の、あの若葉の冠を、知らぬ者はなかったからである。神が、この人の施しを、おのが花で庇いたもうた。そうとしか、誰にも思えなかった。
この一件ののち、城の蔵は開かれた。当主は、神が庇うたものを、人が咎めるわけには参らぬ、と言うたと伝わる。エルサは、堂々と施しを差配する身となった。城門の外に炊き出しの竈を並べ、遠国から薬種を取り寄せ、病んだ者のために城の一角を病間に改めた。彼女の炊く鍋には、奇妙な言い伝えがある。並んだ者の列がどれほど長くとも、鍋の底の見えたためしがない。あるかなきかの薄い粥になっても、最後の一人の椀までは、必ずあった、と。
エルサの施しには、ひとつの流儀があった。施す相手の名を、必ず尋ね、覚えたのである。三千人からの民の名を、彼女は諳んじていたという。侍女が、名など聞かずとも施しはできましょうと言うと、エルサは答えた。お腹は、粥で満ちます。けれど、名を呼ばれぬ日が長くつづくと、人は、自分がまだ人であることを、忘れてしまうのです。粥は器に注ぎますが、名は、その人に注ぐのですよ、と。
飢饉は、四年目の実りでようやく明けた。されどエルサは、その実りを見て、倒れた。飢えた年月、おのが食を削りつづけた身体は、内から朽ちていたのである。死の床で、彼女は枕辺の者たちに詫びたという。ごめんなさいね。まだ、名を覚えたい人が、たくさん残っているのに、と。エルサは、その冬の初めに没した。歳は、三十に届いていなかった。
葬送の日、城門から墓所までの道の両側に、施しを受けた民が並んだ。誰が指図したのでもない。棺の通るとき、人々は、ひとりずつ、おのが名を名乗ったという。奥方さま、コルダの妻マーサでございます。奥方さま、東の谷のヨルンでございます。名を注がれた者たちが、最後に、おのれの名をもって見送ったのである。墓には、毎年、芽吹きの月のはじめに、誰も植えぬ野の花が咲く。人はこれを、エルサの前掛けと呼ぶ。飢えの世に、蔵より先におのれを開いたこの人を、聖母神の教会は、施しの聖女として、いまも祝日に記念している。
九聖人 第八伝 堂守の聖者ラウデン
ラウデンは、無暦時代の、ある聖母神の堂の堂守である。説教師でも、司祭でもない。堂の帳面を預かり、蔵の鍵を預かる、いわば寺の勘定方であった。九聖人のうち、殉教をもって列せられたのは、この人ひとりである。
ラウデンの堂は、豊かではなかったが、施しにあつく、堂の周りには、身寄りなき老人と、みなしごと、病んだ者たちが、肩を寄せて暮らしていた。ラウデンは、彼らの帳面をつけた。誰が幾日病んでいるか、誰の沓が破れたか、誰が今朝から食べていないか。堂の帳面には、銭の出入りよりも、人のことが多く書かれていたという。
その地方を、あるとき、名うての軍閥が制した。長は、寺社の富を狙うことで知られた男である。聖母神の堂に金糸の宝が眠っているという噂を聞きつけ、長は堂に使いを立てた。堂の宝物のことごとくを差し出せ。三日ののち、受け取りに参る、と。
堂は、震え上がった。されどラウデンは、承知いたしました、三日ののち、宝物のすべてを揃えてお目にかけます、と答えて、使いを帰したのである。司祭は青ざめ、堂に差し出せるほどの宝のないことを、誰よりも帳面方のラウデンが知っているはずだと詰め寄った。ラウデンは、静かに答えた。いいえ。この堂は、宝で溢れております。わたしは帳面方ですから、その帳面を、ずっとつけて参りました、と。
三日ののち、長は兵を率いて堂に乗り込んだ。堂の前庭には、ラウデンの言葉どおり、宝が並べられていた。すなわち、堂の養う老人たちが、みなしごたちが、病人たちが、杖にすがり、たがいに支え合うて、居並んでいたのである。ラウデンは、帳面を胸に、長の前に進み出て言うた。これが、当堂の宝物のすべてにございます。金銀は、とうに、この宝どもの粥に変わりました。神の堂の蔵は、蓄えるところではなく、注ぐところにございますゆえ。さあ、お持ちください。ただし、宝はどれも腹を空かせますので、お持ちになるなら、養うてやってくださいまし、と。
並みの男なら、笑うか、恥じるかしたであろう。されどこの長は、並みの男ではなかった。愚弄されたと激した長は、その場で、ラウデンを斬った。老いた堂守は、胸の帳面ごと斬られ、前庭の石の上に倒れた。伝わるその最期の言葉は、長に向けられたものではない。倒れながら、彼は、居並んで泣き叫ぶ宝たちに向かって言うたのである。泣くでない。帳面は、頭に入っておる。あちらでも、つけつづけるでな、と。
この殉教は、長の思いもよらぬものを招いた。兵たちが、退いたのである。丸腰の老人を、施しの帳面ごと斬った長に、その夜から兵は一人、二人と姿を消し、十日を経ず、長の陣は空になった。長のその後を、伝える者はない。ただ、その所領が、以後ふしぎと実りに恵まれなかったことだけが、語り伝えられている。母なる神は、刃を取りたまわぬ。ただ、与える手を、引きたもうたのである。
ラウデンの血の染みた帳面は、堂に遺された。最後の頁には、斬られた日の朝の筆で、いつもと変わらぬ書き込みが残っていたという。東の間のヨッタ婆、咳よし。井戸端のミロ、沓なおし済み。新入りの赤子、名はまだ無し、乳よく飲む、と。この帳面は、聖母神の教会に、聖遺物として伝わっている。金でも骨でもなく、帳面が聖遺物とされた例は、世にこれひとつである。以来、教会の会計方は、職に就く日、この帳面の写しの前で誓いを立てる。誓いの言葉は、短い。帳面の第一の行に、人を記します、である。




