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統一神書 バルギニア版 第十一の巻 偉人列伝 その3

九聖人 第五伝 書護りの聖女カリサ


 カリサは、崩滅の日に生きた、叡智神の神殿の若き写字生である。剣も執らず、奇跡もまれであったが、この者のいなかった世を思うてみるがよい。我らは今日、神々の名すら、正しくは知らなかったやもしれぬ。


 崩滅の日、カリサの都は焼けた。人々が財を抱え、食を抱えて逃げまどうなか、十七のカリサが抱えて走ったのは、書物であった。神殿の書庫から、抱えられるだけの書を抱えて出ては、火のなかへ取って返し、また抱えて出た。三度目に飛び込もうとして、老神官に襟首を掴まれた。命あっての書物ぞ、と怒鳴る神官に、少女は泣きながら答えたという。いいえ、御師様。書物あっての、次の世です、と。


 焼け出されたカリサは、以来、生涯をかけて、ただひとつのことをした。散らばった書物と、書物の切れ端とを、拾い集めることである。崩滅ののちの世に、書物ほど値打ちのないものはなかった。読める者は減り、紙は焚きつけにされ、羊皮紙は靴の継ぎに使われた。カリサは、パンを分けて頁を買い、灰の山を掘って写本の背を拾い、行商について諸国を巡り、納屋の壁に貼られた古文書を、壁ごと譲り受けた。ある冬には、おのが外套を、半ば焼けた一冊の神書と引き換えて、凍えのあまり生死の境をさまようたと伝わる。回復した彼女に、人が、命と引き換えにする値打ちが紙切れにあるかと問うと、カリサは答えた。外套は、来年も織れます。この一冊は、世にこれ一冊です、と。


 カリサの拾い集めた書は、山あいの古い塔に収められた。人はそこを、書護りの塔と呼んだ。カリサはそこで、集めた書を写しはじめた。一冊が一冊きりであるかぎり、火事ひとつ、水濡れひとつで、それは永遠に失われる。写して二冊にすれば、失われる恐れは半分になる。写す手は、多いほどよい。カリサは、身寄りなき子らを塔に引き取り、読み書きから教えて、写字生に育てた。書の写しかたを教わった子らは、字とともに、カリサの口癖を覚えた。一字も欠かすな。一字も足すな。おまえの賢しらは、要らぬ。おまえの手だけを、貸しなさい、と。


 この塔をめぐる逸話に、名高いものが二つある。ひとつは、ある冬の談判である。土地を荒らし回っていた軍閥の長が、塔に目をつけ、兵とともに乗り込んできた。曰く、この寒空に、燃やせば十年は暖の取れる紙の山を、婆ひとりが抱え込んでおるのは何事か、と。カリサは、長を書庫に招き入れ、火を貸してくだされ、と言うた。そして灯りを掲げ、一枚の古地図を開いてみせた。それは、長の故郷の谷の、崩滅より前の水路の図であった。涸れて久しいと思われていた水脈が、どこで塞がれ、どこを掘れば再び通るか、図はことごとくを記していた。カリサは言うた。薪は、ひと冬を暖めます。書物は、千年を暖めます。どちらを燃やすかは、あなたがお決めなされ、と。長は黙って図を巻き、兵を退いた。翌年、その谷に水が戻ったという。


 いまひとつは、盲いてのちのことである。カリサは老いて、生涯書を読みつづけた者の常として、光を失うた。されど写字の指図は、やまなかった。弟子たちが原本を音読し、カリサがそれを諳んじて検める。驚くべきことに、彼女の頭のうちには、生涯に読んだ書のことごとくが、頁の割れ目や虫食いの位置まで、残っていたのである。目の見えぬ師が、写し違いを言い当てるたび、若い弟子たちは背筋を伸ばした。あるとき、弟子が問うた。御師様は、書庫が焼けても、お一人で覚えておいでなのではありませぬか、と。カリサは笑うて首を振った。人の頭は、いちばん焼けやすい書庫です。だから、写すのです、と。


 カリサは、写しかけの頁の乾くのを待ちながら、椅子の上で静かに没した。享年は九十を超えていたという。弟子たちは師の亡骸を、塔の礎の見える丘に葬り、墓標には、生涯の口癖をそのまま刻んだ。一字も欠かさず、一字も足さず、である。書護りの塔の蔵書は、のちの世に高名なる大図書館の礎のひとつとなったと伝えられ、いまも写字生たちは、仕事始めの朝、新しい羽筆をおろす前に、カリサの名を小さく唱える。書物とともに生きる者にとって、この聖女は、いわば全員の師なのである。


九聖人 第六伝 橋掛けの聖者トマルド


 トマルドは、無暦時代の、名もなき谷の羊飼いであった。読み書きを知らず、説教ひとつ残さず、生涯に建てたものだけが、その説教である。


 崩滅は、道を殺した。橋は落ち、渡しは絶え、生き残った村々は、河と谷とに隔てられて、たがいの生死すら知らぬまま、孤島のように暮らしていた。トマルドの村のほとりにも、荒れた大河があった。渡し船が出ていたが、雪解けの増水期には幾年ごとに舟が覆り、人が死んだ。その年も、市へ向かう舟が覆り、七人が流された。うちひとりは、トマルドの弟であった。


 弔いの晩、若い羊飼いは、河辺に独り座っていた。夜半、彼は、地の底から響く、低い低い岩鳴りを聞いたという。ずうん、と一度。それだけであった。されどトマルドには、それが呼び声と分かった。後年、人に問われて、彼はこう答えている。何と言われたのかは、分からん。ただ、立て、と言われたことだけは、分かった、と。


 翌朝、トマルドは村に戻り、告げた。わしは、橋を架ける、と。村人は笑うた。無理もない。飢えの世に、羊飼いがひとり、大河に橋とは、正気の沙汰ではなかった。誰も手を貸さず、誰も銭を出さなかった。トマルドは、独りで始めた。山から石を切り出し、背負うて運び、河原に積んだ。一日に一石、雨の日も、雪の日も、一石。村人は、はじめ嘲り、やがて見慣れ、そして、ある朝を境に、嘲るのをやめた。トマルドが、大人が四人がかりでも動かせぬ大石を、独りで背負うて河原に下ろしたからである。あの朝の羊飼いの背は、人の背ではなかった、山が歩いておるようであった、と村の古老は語り伝えた。堅磐神の御手が添えられていたのだと、人々は信じた。ほかに、説明のしようがなかったのである。


 その日から、村人が、ひとり、またひとりと河原に下りてきた。石を運ぶ者、灰を練る者、飯を炊く者。手伝いは隣の村にも及び、隔てられていた両岸の村が、橋のたもとで、崩滅このかたはじめて共に働いた。橋は、七年かかった。増水期には積んだ橋脚が幾度も洗われたが、不思議と、崩れきることはなかった。ある大水の朝、濁流が引いたあと、架けかけの橋桁の下に、見慣れぬ鉄色の岩が閂のように噛んで、桁を支えているのが見つかったという。誰も、その岩を運んだ覚えがなかった。


 橋が成った日、両岸の村は、橋の上で祝いの宴を開いた。上座に据えられたトマルドは、居心地悪そうに座を立ち、宴のあいだじゅう、欄干の継ぎ目を検めて回っていたという。この橋を皮切りに、トマルドのもとには、橋を欲しがる村々から声がかかるようになった。彼は乞われるままに諸国を巡り、生涯に十七の橋を架けた。彼を慕うて集うた者たちは、いつしか橋掛けの兄弟団と呼ばれるようになり、師の没後も、道を継ぎ、渡しを架け、隔てられた村々を結んで回った。無暦時代の裂かれた世界を、下から縫い合わせていったのは、王でも軍でもなく、この石運びたちであったと言うてよい。


 トマルドの終わりは、十七番目の橋の上であった。老いた聖者は、仕上げの敷石の最後の一枚を据え、立ち上がろうとして、そのまま石の上に横になった。駆け寄った弟子たちに、彼は言うた。ちょうどよい。ここは、わしの寝床にええ、と。そして遺言した。わしを、橋のたもとに埋めてくれ。墓石は、要らん。皆が渡ってくれるなら、それがいちばんの供養だでな、と。遺言のとおり、トマルドは最後の橋のたもとに、標もなく葬られた。されど旅人たちは、いつからか、その橋を渡るとき、たもとの一角に小石をひとつ置いてゆくようになった。積もった小石は、いまでは小山になっているという。墓石は要らぬと言うた男に、幾万の旅人が、ひとつずつ、墓石を運んだのである。


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