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統一神書 バルギニア版 第十一の巻 偉人列伝 その2

九聖人 第三伝 渡し守の聖者オルバス


 オルバスは、崩滅ののちの世に、国境の大河のほとりに生きた渡し守である。並外れた偉丈夫で、力は牛にも勝ったと伝わるが、その名が九聖人に列なるのは、力のゆえではない。


 崩滅の混乱は、幾年ものあいだ、人の流れを生みつづけた。焼けた土地を捨てる者、新しい土地を目指す者、追われる者。その流れの前に、大河が横たわっていた。橋は落ち、渡し船は戦乱に焼かれ、人々は岸に溜まって、途方に暮れた。オルバスは、もとはこの河の渡し船の船頭であった。船を失うた船頭に、残ったのは、その背中だけであった。彼は、人を背負うて河を渡りはじめたのである。


 浅瀬を選び、杖で川底を探りながら、一人ずつ、背負うては渡した。老人を、子を、病人を、荷を。日に幾十度も河を往復し、渡し賃は、払える者からだけ受け取った。逃げてゆく者からは、受け取らなかった。逃げる者の懐から取るのは、追手と同じことですでな、というのが、その言い分であった。

 ある年の、暮れきらぬ黄昏どきのことである。灰色の外套をまとうた、小柄な年寄りの旅人が、岸に立っていた。オルバスは常のとおり、旅人を背負い、河へ入った。ところが、川の半ばに至って、背の旅人が、俄かに重くなりはじめた。一歩ごとに重みは増し、岩を背負うよりも、山を背負うよりも重く、川底の砂に、オルバスの足は膝まで沈んだ。世界そのものを背負うているかのようであった、と後年、彼はただ一度だけ語っている。されどオルバスは、下ろさなかった。呻き、あえぎ、杖にすがり、一歩、また一歩と進み、ついに向こう岸へ、旅人を負うたまま膝をついた。

 背を下りた旅人は、何も言わなかった。ただ、どこかで、小さな鈴の音が、ひとつ澄んで鳴った。顔を上げたとき、岸には、誰もいなかった。オルバスの突き立てた杖だけが、岸辺の土に深く刺さっていた。その杖は、抜こうとしても抜けず、やがて根を張り、芽を吹き、一本の灰色の幹の木に育ったという。渡り場のほとりに今も立つというその木を、土地の者は、渡しの標と呼ぶ。


 この日を境に、オルバスは変わった。彼は、渡り場のかたわらに小さな灯り小屋を建て、夜も灯を絶やさなくなった。渡りきれずに行き倒れる旅人を収め、病んだ者を看とり、そして、旅の半ばで息を引き取る者があれば、その枕辺に灯を置き、朝まで付き添うた。旅の途中で世を去る者は、誰より道に迷いやすい。せめて灯りと、人の気配のそばで発たせてやりたいのです、と彼は言うた。誰に教わったのでもない。ただ、あの黄昏の日から、そうすべきことが、分かるようになったのだという。


 オルバスの灯り小屋の習わしは、旅人たちの口から口へ伝わり、諸国の渡し場に、辻に、峠に、同じような小屋や祠が建てられるようになった。旅の途中の死者のために灯を置くという、今日ひろく行われるあの習わしの、これが始まりであるとも伝えられている。


 オルバスは、老いて盲いてなお、河を渡りつづけた。五十年、同じ川底を歩いた足は、目よりも確かであった。その最期の朝、村人は、渡り場の岸辺に座したまま動かぬ聖者を見つけた。膝の上の灯は、まだ点っていた。顔は、河の向こう岸へ向けられ、笑うていたという。誰を見送った顔なのか、それとも、誰かに迎えられた顔なのか。村人たちは、後にも先にも聞いたことのない、遠く澄んだ鈴の音を、その明け方に聞いた気がすると言い合うた。渡し守は、生涯に幾万の人を彼岸へ渡し、最後に、おのれの渡る番が来たのである。その渡りに、川はもう、要らなかった。


九聖人 第四伝 鎮水の聖者オーフォリア


 オーフォリアは、崩滅の日を生き延びた、聖嵐神の神官であった。のちに流転神の徒となり、廻水葬礼会を開いた者である。ひとりの神官が仕える神を変えるということが、いかに重いことか。その次第を、ここに記す。


 崩滅の日、人はあまりに多く死んだ。そして、人の愚かさが招いた災いであったがゆえに、理そのものが歪み、還るべき流れへ還れぬ魂が、数えきれぬほど生じた。行き場を失うた魂はその場に留まり、留まれば澱み、澱めば狂うて、生きている者を襲うようになった。世に死人帰りと呼ばれ、幽鬼と呼ばるるものどもである。


 オーフォリアは、狂うた魂が人を襲えば、これを討った。聖嵐神の力とは、そういう力だからである。されど、討たれた魂は、苦しみのうちに消滅するだけであった。罪なく迷うただけの魂を、安んじて送る術が、彼女には無かった。滅することはできて、救うことができぬ。オーフォリアが来る日も来る日も噛みしめたのは、その一事であった。


 ある夜のことである。オーフォリアは、村はずれに立つ小さな幽鬼に出会うた。幼い子の魂であった。害をなすでもなく、ただ、崩れた家の跡に立って、帰らぬ親を待っていた。討つべき理由は、どこにもなかった。されど、放っておけば、いずれ澱み、狂う。オーフォリアは、その夜、子の魂のかたわらに座り、朝まで、子守唄をうたった。次の夜も、その次の夜も、通うてうたった。七日目の朝、子の魂は、ふっと薄れて、消えた。救えたのか、ただ消えたのか、彼女には分からなかった。分からぬことが、何よりも堪えた。


 オーフォリアは、逸る心を鎮めるため、神殿近くの沢で水垢離をはじめた。冷たい水に打たれながら、迷える魂の安らかならんことを、来る日も来る日も祈りつづけた。おのれの神にではなく、ただ、祈った。おのが神の力では救えぬと、知っていたからである。


 その嘆きを、流転神が聞き取りたもうた。神もまた、魂の正しく導かれぬことを憂いておられた。そこへ、おのれの神ならぬ神のために、おのれの手に余ることのために、日ごと沢に立って水を浴びつづける者が現れたのである。神はその真摯に心を動かされて顕れ、澱みを流す秘術を、オーフォリアに授けたまえり。


 秘術を授かったオーフォリアは、聖嵐神のもとを辞した。永の暇を乞う祈りの夜、空に雷がひとつ鳴ったが、それは怒りの音ではなかったと、彼女はのちに弟子へ語っている。オーフォリアは流転神に帰依し、世を巡って、さまよう魂を見つけては、一つずつ正しい流れへ戻していった。害なす狂うた魂に対してすら、滅することを選ばず、鎮めた。あるとき、狂うた幽鬼に深手を負わされてなお、彼女は術を解かなかった。血を流しながら、鎮め、流し、終わってから手当てを受けた。なぜ身を守らぬのかと問う弟子に、彼女は言うた。あれは、わたしを襲うたのではありませぬ。ただ、帰り道が分からずに、もがいておられただけです、と。


 オーフォリアの伝のうち、後の世に最も深く根を下ろしたのは、ケルヴァの村の一件である。この村では、死者はことごとく礼に従うて葬られたにもかかわらず、魂が去らなかった。オーフォリアは秘術を尽くしたが、魂は流れなかった。術の及ばざるを恥じ、夜半、独り川辺に立って、わが術のいずこか誤れるや、と問うたとき、水の面より答えがあった。汝の術に、誤りなし。堰は、死者のうちに在るにあらず。生きたる者のうちに在り、と。


 崩滅の世、人はあまりに急に死んだ。別れの言葉なく、看取りの夜もなく、残された者は、その死をいまだ受け取っていなかった。受け取らざる死は、済まざる死である。生者が手放さざるかぎり、死者は岸を離れることができぬ。神はオーフォリアに、その手立てを授けたもうた。名を板に書け。夜もすがら、亡き者のことを語れ。よきことも、悪しきことも、残さず語れ。泣くを禁ずるな。笑うを禁ずるな。語り尽くして、朝、その名を川に流せ、と。村人が教えのままにすると、その夜より、辻に立つ気配は絶えた。これが、いまに続く水送りの祭りの始まりである。


 オーフォリアは晩年、神と出会うたあの沢のそばに小屋を建て、授かった教えと秘術の扱いとを一書にまとめた。『水葬秘伝』である。小屋のまわりには教えを乞う者が集まり、集まった者は住みつき、村は町となり、町はやがて、空よりも蒼いと称される聖都オーフォリシアとなった。

 オーフォリアの死したるとき、弟子たちは、教えのとおりにした。一夜、師のことを語り尽くし、泣き、笑い、明け方、その名を書いた小さな板を、あの沢に流したのである。板の見えなくなったとき、誰からともなく、皆が深く頭を下げたと伝わる。執着なきこと。会の第一の訓戒を、弟子たちは、師の見送りをもって、最初に果たしたのであった。


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