統一神書 バルギニア版 第九の巻 門守神
一
三界の淡いに立つ黄昏の番人たる第八の座、境界と門と死者の導きを司る神、ノヴ・ガーレ・シルディン。始原が御身を裂きたまいしとき、境を負いて生まれ出でたまえる、八柱の末の神である。
世のいまだ若かりしころ、現界と輝界と闇界とは、いまだ判然とは分かたれていなかった。三つの世の淡いは広く、曖昧で、ものみなは混じりあわんとしていた。生者の道に死者が紛れ、光あるべきところに闇が滲み、世はそれぞれの理を保ちかねていた。この神は、生まれ落つるとともに三界の際に立ち、境を引き、門を据えたもうた。三つの世界が、たがいに侵しあうことなく、おのおのの理のうちに巡っているのは、この境と、この門とのゆえである。
二
御姿は、神々しさとは縁遠い。着古した長衣を頭からかぶった、旅の隠者の姿で描かれるのが常である。杖も持たず、供も連れず、頭巾を深くかぶって、境の上をどこまでも独りで歩いてゆかれる。長衣の色は、ほの暗い灰である。日が沈みきってから、夜の来るまでの、あのわずかなあいだの空の色と言えば、近いであろうか。昼を負うた兄神の白と、夜を負うた弟神の黒との、ちょうど狭間にあたる色であって、二つの座のあわいに立つこの神のほかには、まとう者がない。頭巾の陰は深く、御面を確かに描きえた図像は、いまだ一つも残っていない。
三
御手には、大いなる鍵の束を提げたもう。世のあらゆる門、あらゆる戸、あらゆる錠は、つまるところこの神の鍵に応える。王城の大門も、貧家の戸も、牢の錠も、この神の前では等しく、ただの一つの戸口にすぎぬ。そして、その数えきれぬ鍵のうちに、ただ一本、けして回されぬ鍵があるという。闇界の底、かの反逆の神が封じられし大扉の鍵である。この神は、その錠の見張りを、千年の闘争ののちより、独りで負うておられる。
四
いま片手には、小さな鈴を持ちたもう。導きの鈴である。その音は澄んで、小さく、遠い。生きている者の耳には、まず届かぬ。死の床にある者が、ときおり、鈴が聞こえる、と口にすることがある。人はこれを恐れ、迎えの鈴と呼んで忌む。されど、心せよ。あの鈴は、呼んでいるのではない。迷わぬように、鳴らされているのである。
五
御声を聞いた者は、まれである。この神は、めったに語らぬ。語る代わりに、鈴を鳴らす。問いには、門を開くか、開かぬかで答える。それで足りるからである。
六
御心は、拒まず、招かず。時の至った者の前では、いかなる堅き門も静かに開き、時の至らぬ者の前では、いかなる嘆きにも、いかなる賄いにも、開かぬ。そして、この神は急がせぬ。門の前に立ち尽くして、なお踏み出せぬ者を、この神は咎めず、促さず、ただ傍らで待ちたもう。八柱のうちで、待つことに最も長けた神である。
七
御業の第一は、世に境を引きたまいしことである。地と空の際、海と陸の際、昼と夜の際なる黄昏と暁。ものとものとが混じりあわず、それぞれがそれぞれであり続けるのは、あいだに境があるゆえである。いにしえ、始原は万物に名を与えて、混じりあうものを分かちたもうたという。名が分かったものを、境が保つ。この神の引いた境は、いわば、世界に引かれた名の輪郭なのである。
八
御業の第二は、死者の導きである。日の沈むころ、この神は鈴を鳴らしながら、境の上を歩きたもう。その日に世を去った魂たちは、あの澄んだ音を頼りに、後ろに従う。やがて一行は門に至る。この神が鍵をもって開くと、門は音もなく開き、魂たちは一人ずつ、敷居を越えてゆく。門の向こうでは、第七の座の流れが待っていて、渡ってきた魂を受け取り、運んでゆく。心せよ、この門は、一方にしか開かぬ。生の側から押して出ることはできても、引いて戻ることは、誰にも、できぬのである。
いま一つ、心せよ。命の終わりを定めるのは、この神の権能にあらず。この神は、すでに世を去った者を、ただ、迷わせぬのみである。
九
人の暮らしのうちにも、この神の祀りは深く根を下ろしている。敷居を踏んではならぬと子に教えるのは、敷居がこの神の境だからである。黄昏どきに名を呼ばれても振り向くなと言い伝えるのは、そのときが、境の最も薄まるときだからである。新しい家に住まうとき、戸を三度叩いてから開く門開きの習わしも、人死にの出た家で戸と窓とを開け放つ習わしも、みなこの神への、小さな祈りにほかならぬ。魂が、迷わず出てゆけるように、である。
十 門守神の教え
この神を敬う者の守るべき教え、二十を記す。
一つ。敷居を、踏むな。跨いで越えよ。敷居は、この神の境である。
二つ。門の前では、一度立ち止まれ。勢いのままに越えた境は、越えたことにも気づかれぬ。
三つ。戸を開けるときは、閉める日のことを思え。開けた戸は、いつか汝が閉める戸である。
四つ。招かれてから、くぐれ。招かれずにくぐった戸口は、汝を客とはしない。
五つ。人の家に入るなら、おのれの冠は門に置いてゆけ。位も財も、敷居の向こうでは通らぬ。
六つ。戸を叩いたら、待て。中には、中の時が流れている。
七つ。門番を、あなどるな。また、おのれが門番となったなら、驕るな。閉ざすことしか知らぬ門は、もはや門ではない。壁である。
八つ。断るときは、道を示せ。閉ざした者に別の道を教えることも、門を預かる者の務めである。
九つ。境の石を、動かすな。わずかに動かす手も、代を重ねれば、奪う手となる。
十。境の石は、両側から祀れ。境は、汝ひとりの壁ではない。隣人との、二人の約束である。
十一。辻に立ったら、来た道だけを見て決めるな。
十二。旅立つ者は、明るく送れ。門出の涙は、道までついてゆく。
十三。宴の家より、嘆きの家へ行け。宴は汝を待てるが、弔いは待てぬ。
十四。墓地へは、死を思い出すために行け。参ったなら、眠る者たちに、われらも後に続く、と告げよ。
十五。墓地では、声を低くせよ。あそこでは、生きている者のほうが、客である。
十六。骸を、粗末にするな。名を呼ぶ者のない墓にも、年に一度は、花を置け。
十七。人死にの出た家では、戸と窓を開け放て。魂が、迷わず出てゆけるように。
十八。弔いを終えたなら、生者の側へ戻れ。境のそばに、住みつくな。
十九。黄昏どきに名を呼ばれても、振り向くな。境の薄まる刻は、火を灯し、家の者とともにいよ。
二十。閉じた門を、恨むな。開くか開かぬかは、あの御方の決めたもうことである。開かなかった門が汝を守ったことも、一度や二度ではない




