第12話 私はこのアメリカが好きよ
カレンは頭が痛くなった。風邪とも違う痛みに頭がおかしくなる。まるで頭に砂利を詰められたような不快感を覚えた。
ファインディングミラクルの奇怪な術を喰らった彼女は、この状態でも警戒心を解かなかった。FMは試練と言っており、ただ自分の身動きを止めて一方的に殺害することはないだろうと推測していた。恐らく全開試練を受けたハンナ・ゴールドバークと自分の祖父であるケン・ミヨシは無傷だからだ。
やがて頭痛が収まると景色ががらりと変わっていた。麻薬中毒者のように夢の中に入り込んだのかと思った。だが意識ははっきりしているし、気分も変わらない。
目の前に広がっていたのは、スプラッタ映画でも見たことのない風景だった。先住民らしい人々が惨殺死体で積み上がっていたのだ。しかも特殊メイクではない代物だ。気の弱い人間が見たら即答するだろう。カレンはホラーが嫌いだが、嫌いなものに耐えることが好きだ。それは白人の仕事だった。彼らの見た目は古い西部劇で見た軍服を着ていた。
彼らはにやにや笑っており、狩りを楽しむような顔だった。カレンはすぐに察した。これはサンドクリークの虐殺なのだ。ジョン・チヴィントン大佐の率いる軍隊によって先住民たちは狩られた動物よりも悲惨な死に様をしていたのだ。それは男はもちろん、女子供も一緒だった。
さすがのカレンも吐きそうになる。日系人だが関係ない。人が人を一方的に虐殺することは人道に反することは毛嫌いしていた。
その中で一人の白人が抗議の声を上げていた。
「大佐!! 彼らは白旗を上げ、国旗を上げている!! なんで殺した!!」
「黙れ!! こいつらはシラミだ!! 潰して当然であろう!! 貴様は誇り高きアメリカ人として恥を知れ!!」
抗議した白人は大佐と呼ばれた男に拳銃で撃ち殺された。それを見て周囲の人間はげらげら笑っている。カレンは抗議した男こそエリザベス・バーベラの先祖ではないかと推測した。その予想は当たっており、夜中に彼の体から紫色の煙がまとわりつき、目を見開くとむくりと立ち上がった。
カレンは知る由もないが、チヴィントン大佐はミラクルとして復活し、ブレードクノイチに斬り殺されている。多分先住民虐殺に関わった者は無理やりミラクル、動物に憑依したフェイクミラクルと化し、永遠に殺される地獄を味わうのだ。
すると風景が切り替わった。まるでテレビのチャンネルを変えたかのようだ。今度は先住民たちが白人の軍人たちを殺していた。
恐らくランキン砦の出来事だろう。45人ばかりの白人兵士たちは殺され、死体はずたずたにされたそうだ。実際に先住民たちは捕まえた白人兵士の腹に鉈を振るい、頭を潰していた。
さらに風景が変わる。今度は黒人たちが農場で働かされていた。恐らく南部であろう。当時は綿花が主流だったという。彼らは家畜のように扱われていた。当時の黒人差別は法律で定められていた。白人たちは鞭を持ち怠ける黒人に鞭を打っていた。その中でアーミアそっくりの女性も働いていたが、彼女は先祖だろうか。
次に風景が変わると、嘆く白人たちの姿があった。
「ああ、私の財産が奪われた……。リンカーンの裏切り者め、あいつらは永久に奴隷にするべきなのに……」
恐らく南北戦争時に当時の合衆国大統領、リンカーンによる奴隷解放の影響だろう。当時は劣勢だった北軍の兵士を補充するために黒人奴隷を解放し、戦力に加えたのだ。白人にとって奴隷は財産であり、奴隷解放は自分たちの財産を奪われたと同じなのだ。
黒人差別は現在でも続いている。黒人迫害集団のKKKの誕生など、アメリカの暗部を見せつけられて、気分が悪くなった。
次に風景が変わると、自分と同じ日系人たちが現れた。白人兵士によって連行されていた。日本の真珠湾攻撃によって、アメリカの日系人が強制収容所に入れられた頃だ。
「俺はアメリカ人だ!! 日本人じゃない!!」
「黙れジャップ!!」
抗議した日系人の男は白人兵士に殴られた。どこか祖父に似ていると思った。
「ミヨシさん、大丈夫かい?」
倒れた男を解放する男が声をかけた。彼は紛れもなくカレンの先祖だと思った。周りの日系人は疲れ切った眼をしていた。戦争が終わり収容所から解放されても、彼らの心に傷は残った。カレンは経験していないが、祖父を始めとした日系人は自分たちの名誉を回復するために政府に働きかけたと話を聞いたことがあった。
次の風景はアメリカ国内と思われた。少し建物が古臭く、看板も時代遅れのデザインだった。ある家で白人の若者が兵士が二人かかりで引っ張っていった。
「いやだぁ!! 僕は大学生だぞ!! 戦争に行く義務はないんだ!!」
「黙れ!! 大学生への特例は廃止だ!! お前はベトナムに行くんだ!!」
「いやだぁ!! 蛮族の住むアジアなんか行きたくない!! 助けてくれぇ!!」
そう言って白人男性はトラックに乗せられた。恐らくベトナム戦争の最中だろう。当時は大学生は徴兵されなかったのだが、戦局が悪化したため、大学生も徴兵するようになったのだ。
その一方で自らの意思でトラックに乗る眼鏡をかけた白人の青年がいた。
彼は両親に挨拶していた。
「パパにママ、僕は必ず帰ってくるよ。ケンから教わった忍術があるからね」
「ハロルド……」
母親らしい女性がハロルドに抱き着いた。彼はアンジェリーナ・ハサウェイの祖父、ハロルドだと思った。彼女は生前のハロルドと会っており、祖父の忍術のおかげでベトコンから生き延びれたと感謝していた。そんな彼もベトナム戦争帰還兵を憎むベトナム人に暗殺されてしまったのだ。
「どうだカレン。アメリカに染み込んだ血の匂いと悲劇を。白人によって自由と命を奪われた我らの悲しみと怒りをどう思う?」
FMの声が聴こえた。
「……それならなぜ白人兵士や黒人、日系人のことも見せたのですか? ただ恨みつらみを吐き出すなら先住民の悲劇だけを見せればいいでしょう?」
カレンの声は澄んでいた。FMは何も答えなかった。
「あなたは確かにサンドクリークの虐殺から生まれたのでしょう。ですが先住民たちも白人たちを殺しています。アメリカは様々な人種の血を吸い込んでいます。あなたが復讐したいのならいつでもできたはず、あなたは一方的に他の人種を敵視していない。あなたは公平にアメリカの未来を裁こうとしている。違いますか?」
「その通りだ」
FMの声は落ち着いていた。
「この地は自然しかない世界だった。だが海の向こうから来たお前たちは自然を破壊してきた。一見人間は自然を破壊する悪人に見えるが、力の弱い人間が自然の力を凌駕した。私は人間の力を認めている」
「確かにアメリカの大地は血に染まっているでしょうね。美しい自然を破壊し続け、法律は弱者を守らない。でも私はこのアメリカが好きよ。白人至上主義もいるけどすべての人がそうじゃない。人種がごった煮になったこの国を愛しているわ。私は歴史を含めてこの国の歴史を認めるわ!!」
FMが姿を現した。その顔は穏やかであった。彼女はエリザベスの母親、メアリーだと聞いている。白人至上主義と聞いたが、カレンを見る目は実の子を見るように優しかった。
「……私はこの国になじめなかった。アメリカはイングランドの植民地という意識が強く、娘も自分たちが優秀な人種と教えてきたわ。でもあの子に頭を撃たれて以来、ミラクルとなって復活した」
子供に語り掛けるような口調だった。もしかしてFMではなく、メアリー本人かもしれない。
「FMからアメリカの歴史を見せつけられて、私は決意を固めたわ。血なまぐさい歴史に目を背けず、積み重ねた歴史を世代に伝えることの大切さに気付いたわ。あなたは見事FMの試練に合格した。おめでとう」
そう言ってFMの姿が薄くなった。
「それとエリザベスに伝えて頂戴。あなたの息子を抱きたかったと」
「必ず伝えるわ」
カレンがそう言うと、FMはわずかに微笑んで姿を消した。彼女はバーベラ家に嫁に来た女性で、FMとは関係なかったかもしれない。それでも選ばれたのは彼女はアメリカの真実を知っても受け入れる性格だと知ったのだろう。基本的に亡くなったバーベラ家の人間に憑依していたのに、彼女だけ昏睡状態のまま、ミラクルに憑依されたのは異常であった。
カレンは試練に合格した。だが嬉しくなかった。達成感より心をえぐられた傷が深すぎた。
彼女は地下室にいた。灯の差さないコンクリート造りの部屋だ。ドア以外何もない。知らない間に彼女はこの部屋に導かれたのかもしれない。
彼女はドアを開けると、目の前に仲間たちが立っていた。
「お姉さま!! 無事でよかったです!! 今回は何もできなくてごめんなさい!!」
「いいのよカイ、あなたが無事ならね」
ドラゴンクノイチことカイがカレンに抱き着いた。彼は泣いていた。
「ミラクルたちは強かった。彼が負けてん仕方がなかち思いもした」
ブレードクノイチことマリアが答えた。直にミラクルと戦い、その強さを実感したのだろう。
「ミラクルのことはママから聞いていたが、実際に戦うと別格だな。軽く見た私の敗因さ」
「あはは、負け犬が遠吠えをしているよ。これだからクロンボは言い訳好きなんだから」
アイスクノイチことアーミアが腕を組みながら自己反省していた。ピエレッタクノイチことゾフィーが差別発言をしたので、カレンはゾフィーの頭に空手チョップをかます。
「……カレン。おじ様とおば様はどうしたの?」
「何とか自滅させた。親殺しにならずに済んだわ」
「ごめんなさい……」
スパイダークノイチことアンジェリーナが謝罪する。カレンは彼女を優しく抱きしめた。
「あなたもシルヴィアおば様と出会ってショックだったでしょう。お互い様よ」
「カレン……」
アンジェリーナはマスク越しで目をこすった。
「FMの試練に勝ったんだね。おめでとう」
「ありがとう。彼女はこう言っていたわ。孫を抱きたかったって」
「そう……」
ストームクノイチことエリザベスがつぶやいた。こうして長い夜は終わりを告げたのだ。




