第10話 私を殺したくなるわけね
「私はシルクリーパー!! あなたを絞め殺してあげましょう!!」
シルクリーパーと名乗った女は右手首から血が噴き出ると、そこから糸が生まれた。血液は鉄分を含んでおり、鉄線と同じ堅さになっている。
ストームクノイチこと、エリザベス・バーベラの左足に絡みついた。そしてぐいっと引っ張ると、釣り針に引っかかった魚のように釣り上げられた。女性だがミラクルという超現象の存在故に、見た目で侮ってはならないのだ。
エリザベスはシルクリーパーによって、ぶんぶんと振り回された。だがエリザベスはパニックにならず、冷静になっている。彼女は手持ちの鎖鎌の鎌を天井に引っ掛けた。そして逆にシルクリーパーを引っ張り上げ、振り回す。
シルクリーパーは壁に叩きつけられた。埃と粉砕されたコンクリートが舞い上がる。
シルクリーパーはサングラスが割れて、素顔が晒された。その顔はどこかで見覚えがある。その目はスパイダークノイチことアンジェリーナ・ハサウェイの顔にそっくりであった。若干こちらの方が老けて見える。
「ーーー!? あなたのその顔!! もしかしてアンジェリーナさんの身内かしら?」
「ご名答。私はシルヴィア・ハサウェイ。アンジーの母親よ!!」
シルクリーパーことシルヴィアがそう断言した。アンジーの母親は彼女が9歳の頃に病死しているとのことだ。まさかミラクルとして蘇らせるとは、恐れ入った。
シルヴィアは攻撃の手をやめない。今度は両手首から血液の糸を吹き出すと、部屋全体に血の糸を張り巡らせた。彼女自身、アンジーの祖父、ハロルドから忍術を教わったという。さらにミラクルの上位種、ナチュラル故に特殊能力も身に着けているのだ。厄介さは格段に上がっている。
「娘をそそのかして、カレンを殺させるなんて、人間のクズね!!」
エリザベスは鎌で糸を斬ろうとした。しかし糸は硬くて切れない。切れないなら引っ張るまでだと、鎌で糸を複数引っ掛けた。その反動でシルヴィアに斬りかかる。
「カレンのためよ!! 事情を知れば彼女は私に感謝するわ!! 殺してくれてありがとうってね!!」
「殺されて感謝する人間などいない!!」
シルヴィアは飛んでくるエリザベスの顎に右ひざ蹴りを食らわせた。顎に決まり、エリザベスは一瞬ぐらつく。だがすぐにシルヴィアの足に絡みつく。そして鎖を彼女の首に巻き付けた。
「ふふふ、さすがはウィリアムバーベラカンパニーの若き総帥ね。仕事だけでなく戦闘もこなせるなんてやるじゃない」
「そうせざるを得ないのよ!! 私は強くならなくちゃいけないの!!」
「黒人を夫にして、子までなしている人は、いうことが違うわね!!」
シルヴィアは飛び上がると、身体ごとエリザベスを地面に叩きつけた。コンクリートの床に叩きつけられ、衝撃が走る。
エリザベスは動揺していた。彼女は黒人男性と結婚しており、子供がいる。しかし白人至上主義のバーベラ一族は彼女を非難した。祖父は彼女を守ってくれたが、いつかは死ぬ。エリザベスはカレンの祖父であるケン・ミヨシから忍術を教わった。それは物理的に敵と戦うだけでなく、精神的にも戦える術を教えてくれたのだ。
現代のアメリカはポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)に汚染されている。男女の区別を忌み嫌い、必要のない黒人を出せと脅迫し、メディアを支配しようとしている。エリザベスはそれを逆手に取り、夫との結婚をこぎつけたのだ。黒人だから結婚したのではなく、彼と一緒にいることが好きだからである。
「愛に人種は関係ない!! あなたのように差別を生きがいとする人間に言われたくないわ!!」
「私も差別は嫌いよ。挑発してごめんなさいね」
シルヴィアは一旦エリザベスから離れた。エリザベスは鎖鎌がなければ無力ではない。ミヨシから教わった体術も武器だ。それはシルヴィアも同じであろう。
遠くではカレンが日本刀を片手にアンジーと戦っていた。アンジーは素手のように見えて、両手には特殊な糸をあやとりのように操っている。彼女にとって糸は防御の要なのだ。ただ積極的に攻撃に使うわけではないので、シルヴィアのようなタイプと相性が悪かったのだろう。
エリザベスは鎖鎌を投げつけた。しかしシルヴィアはひょいとよけた。そして右手を突き出し、血の糸を吹き出す。だがエリザベスの左手には鎖が握られていた。それを思いっきりひっぱると、鎌の部分が飛んできて、シルヴィアの首をはねた。
彼女の体は崩れ落ちた。
「シルヴィアさん!!」
その様子を見て声を上げたのはカレンだった。逆にアンジーは冷静なままでカレンの日本刀をからめとり、彼女の首を絞めようとした。
「カレン死んで!! あなたは私が殺してあげる!! そうしないとあなたは罪人になるから!!」
「罪人って……。まさか!!」
カレンは首を絞められている最中に、アンジーの意図を理解してしまった。だが床にひびが入り、崩れ落ちる。二人とも穴へ落ちてしまったのだ。
「くっ、カレンを殺せなかったか。神は彼女を苦しめたいのか……」
首だけのシルヴィアがつぶやいた。エリザベスは息を切らしながら、首に近づく。
「もしかしてあなたと同じなのかしら?」
「……そうよ。違うのは私がカレンの両親を殺害したの。タクヤとシズカの二人をね」
「彼女の両親は交通事故だと聞いているわ。それを仕組んだのはあなたというわけか」
エリザベスの問いにシルヴィアはうなづいた。
「タクヤは普段なら運転を誤ることはないわ。私が血の糸でタクヤを縛り付け、そのまま殺したの。シズカも車から出ようとしたけどこちらも同じね」
「二人が憎かったのかしら?」
「逆よ、愛していたわ。ファインディングミラクルの試練を受けるくらいなら、死なせた方が幸せだと思ったからよ。あなたもそうでしょう? なぜならFMはあなたが生み出したのだから……」
シルヴィアは首だけでも普通にしゃべり続けている。だが時間切れになるだろう。シルヴィアの首から紫色の煙が上がり始めた。
「ああ、カレンを死なせてあげたかった。アンジーにすべてを話したけど、あの子は私を憎んだわ。カレンから両親を奪った怒りを向けたけど、最後は納得してくれたの」
そう言ってシルヴィアの首は爆発した。身体も同じく爆発する。エリザベスはそれを見てため息をついた。
☆
カレンは地下へ落ちた。洞窟で近くに川が流れている。カレンは墜落する直前、うまく着地した。アンジーは落ちてこない。地面には白骨が転がっている。バーベラ家が集めたというより、ミラクルに憑依した死体が集まってできたと思われる。
「アンジーは落ちてこない。途中で引っかかったか……?」
カレンは見回した。ミラクルがいるかもしれないので、警戒している。
すると白骨の山から異形の怪物が現れた。それは首が二つあった。右は男、左は女で、原始人のような毛皮と腰蓑を身に着けていた。
カレンはその顔を見て驚愕する。だが予想できたことだった。
それはカレンの両親でタクヤ・ミヨシとシズカ・ミヨシの顔だった。通常の人間の倍の体格であった。
目は白目をむいている。肌は土色であった。
カレンは拳を構えている。
「……アンジーが私を殺したくなるわけね」
両親がミラクルになって復活する。これ以上の悪夢があるだろうか。彼らを手にかければカレンは親殺しの罪を背負うことになる。カレンはごくんと生唾を飲み込んだ。
カレンの両親、タクヤとシズカは木村拓哉と工藤静香から取りました。
シルクリーパーがアンジーの母親という設定は思い付きでした。
思い起こせばアンジーは祖父をオーキッドマンティスに殺害され、母親は病死の後、ミラクルとして復活する。カレンより過酷な運命を背負ってますね。




