第7話 私の失敗は私だけの物
「おっと、ミラクルどものおでましだよ」
トレーラーの運転席から、ハナ・カナヤマの声がインカム越しで聴こえた。現在カレン・ミヨシはブラッククノイチとしてミラクルの本拠地に殴り込みに行く最中だ。トレーラーの中には4台のバギーがあり、カレンの他にブレードクノイチことマリア・エスポジト、ピエレッタクノイチことゾフィー・シュミット、ストームクノイチことエリザベス・バーベラがいた。
カルフォルニアというかアメリカの大地は広い。地平線はすぐに見える。何もない荒野にコンクリートの道路が一本だけ線が引いてあるように見えた。トレーラーから一キロほど離れたところにハワード・ハサウェイが運転するテレビ中継車が走っていた。カレンの同級生、マデリンとジュリエットもサポートとして同乗している。すでにカレンが陰で社長を務めるオーディン社特製の監視ドローンが数十基飛ばしており、周囲を観測していた。
ハナはサングラスに黒革のジャンバーを着ていた。元大統領には見えないが普通に様に見える。漫画に出てくる豪快な女海賊のようだ。
カレンは透明なヘルメットを被っている。口元と耳だけ黒い金属で覆われていた。通信と中継車からのデータを目視できる仕組みだ。他のクノイチたちも仮面にそれをつけている。顔を露出させているのはカレンだけだ。
「なぜカレンさんは顔を隠さないのですか?」
「カレンはマゾヒストじゃっでじゃ。顔ばれして脅迫されっとが望みなのど」
エリザベスの問いにマリアが答えた。彼女はカレンの性癖を理解しているからだ。
「そうなのよ!! 私の正体を知った男たちが、道場に押し込んできて私を脅迫するの!! そしてあんなことやこんなことを……。ぐへへ」
カレンは白目をむき、人には見せられない顔になった。さすがのマリアとエリザベスは引いているが、ゾフィーは面白がっている。
「でもオーディン社の顔認識システムはあんたを認知しないのよね。しかもあんたの写真がSNSに公開されればウィルスによって消されてるよね」
ゾフィーの言葉にカレンはがっくりとなった。ハワードの娘、アンジェリーナが顔認識システムを作り上げたが、カレンを守るためにオーディン社のサーバーにはカレンの顔は認識されないよう仕組まれている。正確にはブラッククノイチのときだけカレンだと認識されないのだ。
「女子トークはそこまでだ!! カラスとバッファロー、コヨーテのミラクルたちだよ!!」
インカム越しからハナの声が響く。
トレーラーの扉が開くと、カレンたちはバギーに乗り、外へ飛び出した。
普通に飛び出せばバギーの負担はかかるが、特製なので問題はない。
それにカレンたちなら多少の衝撃など平気であった。
カレンは周りを見回すと、道路の脇を巨大なコヨーテたちが走っているのが見える。正確には人間の死体にコヨーテが憑りついたミラクルフェイクだ。アメリカではミラクルが憑りつく死体など履いて捨てるほど転がっている。さらにバッファローのミラクルも並走していた。かつてアメリカではバッファローが狩られており、人間に恨みを晴らすために人間の死体に乗り移ったのだ。
空を見ると巨大なカラスたちが飛んでいる。こちらもミラクルだ。カラスは古来から恨みを象徴する鳥であり、神話でも重要な役割を担っている。
コヨーテたちはカレンたちに近づくと、バンとジャンプして襲い掛かった。カレンたちは立ち上がって武器を構える。バギーはAI搭載で自動操縦が可能なのだ。さらにカレンたちの周りを監視ドローンが飛んでおり、データを送信することでカレンたちが暴れても彼女たちを振り落とすことがないのだ。
カレンは刀を構えると、コヨーテを切り捨てた。コヨーテはごろごろと派手に転がり、見えなくなる。
だが一方でバッファローも近づいてきた。コヨーテと違い巨体をぶつけられたらひとたまりもない。
そこにマリアが仕込み刀を持ち、切り付けた。見事な居合で刀を抜くところが見えなかった。代わりにバッファローたちの上あごから下あごが切り裂かれて飛んだ。それが数頭もだからかなりの腕前だ。
次にカラスたちが襲ってきた。そこにゾフィーが天高くジャンプする。カラスの頭上に飛び乗り、道路へ落下させた。バギーから離れたが、ゾフィーは意にも返さない。カラスを地面に叩きつけた後、さらにジャンプする。他のカラスの首に足を組んで、また道路に叩きつけた。サーカスの曲芸を見ているようだ。カラスたちは自分たちが踏み台になることを恐れてゾフィーから離れるが、代わりにコヨーテの背中に乗ってしまう。
コヨーテは振り下ろそうとするが、ゾフィーは他のコヨーテとぶつけて倒していた。
バッファローもゾフィーに体当たりをかますが、彼女はすぐにかわしてしまう。
逆にカラスたちはジャンプ中で無防備なゾフィーを狙おうとしたが、エリザベスの鎖鎌によって阻止された。鎖がカラスの首に絡みつき、他のカラスへ分胴にようにぶつけたのだ。
コヨーテがその隙にエリザベスに噛みつこうとしたが、彼女は振り向きもせず、蹴りを入れる。
コヨーテはごろごろと転がり、走行中のコヨーテにぶつかって飛んだ。
『みんな前方からコンテナトラックが接近中!!』
ヘルメット越しからジュリエットことザ・サイトの声がした。恐らく一般人で目の前の惨状など理解していないだろう。ミラクルたちはカレンたちを左車線に追いやろうとする。右車線はコヨーテたちが、左側はバッファローたちが壁になり、カレンたちを邪魔した。
もうじきコンテナトラックがやってくる。だがカレンたちは慌てず、バギーから飛び降りた。カレンとマリアは右へ、ゾフィーとエリザベスは左へ飛んだ。全員ミラクルの背中に飛び移っている。
バギーはミラクルたちのいない後方にいくと、それぞれのバギーは自動的にミラクルを避けて走行し始める。
コンテナトラックが何事もなく走り去ると、カレンたちはミラクルからトラックの壁に張り付いた。
4人はミラクルから離れると、バギーに飛び移る。
やがて目的地に着いた。古びた西洋風の屋敷だった。ハロウィンパーティに最適な場所と言える。
ミラクルはもう追いかけてこない。妨害は終わったようだ。トレーラーと中継車も追いついてきた。
「ここがバーベラ家が所有する屋敷です。ここにファインディングミラクルが待ち構えています」
「なんでカルフォルニアなのかしら。サンドクリークの戦いで生まれたのなら、そちらが本拠地のはずでしょう?」
「カレンさんの疑問はもっともです。ファインディングミラクルはサンドクリークだけでなく、他の先住民の恨みだけでなく、奴隷として連れてこられた黒人たち、さらに夢を求めてきたのに絶望のうちに消えた白人たちの恨みも受け止めてきたのですよ」
確かにアメリカの歴史は先住民虐殺と黒人奴隷に目が向きがちだが、新天地を求めてきた白人たちも夢が破れてみじめに死んだ者もいるだろう。ブラックマンデーの時代は職が失われ、多くの人種が絶望の果てに自殺した。ファインディングミラクルは先住民の恨みだけでなく、人種を問わずにその気持ちに寄り添っていると言える。
「ミラクルたちが私に協力したのは、アメリカの危機を冷静に対処できるかどうか、試すためだったのよ。私は事情を知っていたから試練を受けられなかったのよね」
ゾフィーが言った。彼女はミラクルを操る電波装置を作ったと警察関係では噂されているが、実際はミラクルフェイクを操れても、人間に近いナチュラルたちは対話で協力してもらったのが真相だという。
カレンはゾフィーに対していかれていると思った。
「私たちの戦いはこれからだ!!」
カレンが叫ぶが、その周りをミラクルが取り囲んでいる。カラスやコヨーテだけでなく、アライグマや様々なミラクルフェイクたちが大群でやってきた。こいつらを突破するのに苦労するだろうとカレンは思ったが、その苦労もまたよしと思っている。
その様子をマリアは呆れてみていた。
「お待たせした!!」
そこにバイクの大群がやってきた。黒いヘルメットにライダースーツを着た女性だ。手にはショットガンを手にしている。テキサス・トレイル・レイダースのリーダー、セントールことバレンティナ・ベガだ。その背後は黒皮のジャンバーや肩パットをつけた、ヘルメットやモヒカン頭の女性たちが銃を持っている。セントールの部下だ。
「ようやく来たね。あんたらの仕事はこいつらを始末することだ。金はたっぷりと弾むよ!!」
「……こんな化け物たちを相手にするなんて、多少の金では割がおまへんね」
ハナが叫ぶとセントールはげんなりしていた。さすがにこの大群は予想していなかったのだろう。彼女が来たのは義憤というよりハナに脅されたらである。
「俺もいるから安心しな。とはいえこの数は一苦労しそうだ。帰ったら酒を一杯おごってやるよ」
セントールの後ろに一人の男がいた。白人男性でクリスチャン・ジョンソンだ。蒐集家といってミラクルを狩るのが仕事の男である。
「クリスさんも来ていたんですね」
「俺ができるのは雑魚を狩ることだけだ。ミラクルのボスを満足させられるのはあんただけだよ。アメリカの未来はあんたの双肩にかかっている。プレッシャーを与えるようで申し訳ないが、取り繕うのは苦手でね」
「大丈夫です!! 私が失敗したらアメリカに不幸が起きる……。そしたらみんなが私を責めまくるでしょうね。でへへ」
クリスの言葉にカレンは美女がしてはいけない顔になった。だがすぐ真顔になる。
「でも私の失敗は私だけの物。みんなを巻き込むわけにはいきません。みなさん行きますよ!!」
改めてカレンは覚悟を決めるのであった。
今回はアクションよりでした。




