第5話 ミラクルと何の関係があるのですか?
「とりゃー!!」
ドラゴンクノイチがネズミのミラクルを正拳で突き、吹き飛ばした。日本の獅子舞をコンパクトにした龍の仮面に緑色のチャイナ服に、両手には黄色い小手、両足は黄色いタイツに黒いカンフーシューズを履いている。
クノイチと名乗っているが中身は男だ。名前はカイ・ウォンといい、16歳の高校生である。
ニューチャイナタウンの女ボス、リン・ウォンの息子だ。中国拳法を得意としている。
現在リトルトーキョー内で放火をしようとしたミラクルたちを退治していた。彼はデダラス工房特製の銀製のメリケンサックを使っている。突きを喰らうたびにミラクルは青白い火花を上げて、溶けて消えていった。
なぜ日系人のコミュニティであるリトルトーキョーを守るのか。スキヤキドージョーの主、ケン・ミヨシの妹が祖母だからだ。つまり親戚である。中国人は国を信じないが、家族は大事にする性質があり、ケンの孫娘であるカレンを守るためでもあった。手助けに来たのはカイだけで、彼のボディガードは補佐をしているだけだ。
リトルトーキョーでは対ミラクルの道具が配置されていた。ミラクルの嫌う銀製の楽器や、ミラクルを追い払う人形などが目に付いた。
「あはは、功夫が足りないね!! おっとミラクルには関係ないか!!」
カイは高笑いしていた。ミラクルは以前ロサンゼルスコンベンションセンターで一度戦ったことがあり、経験があったため今回は対処できた。
さらに日系人たちもミラクル相手に銀の弾丸で対処していた。他にもアイスクノイチとスパイダークノイチも活躍しており、沈静はもう間もなくだ。
『油断しちゃだめよ。まだまだミラクルたちはうろうろしているんですから!!』
カイの耳から声が聴こえた。カレンの同級生、ジュリエットことザ・サイトだ。彼女は補佐専門である。正確にはカレンより、スパイダークノイチことアンジェリーナ・ハサウェイの友人だが。彼女は特殊車両に乗っており、モニターが複数設置されていた。特製ドローンを飛ばし、リトルトーキョーを隙間なくチェックしていた。消火器を摘んだドローンを使い、熱源探知して消火していった。
「平気だよ! おじいちゃん、おばあちゃんたちも手伝ってくれるから楽勝だね!!」
『油断大敵ですよ。ミラクルたちが襲撃してきたのはカレンちゃんが目当てです』
男性の声が聴こえてきた。名前はハワード・ハサウェイで、アンジェリーナことアンジーの父親である。彼はカレンが影の社長を務めるオーディン社の社長だ。ちなみにアンジーも影のエンジニアとして活躍している。
『恐らく彼女は試練を受ける資格を得たのです。この襲撃は彼女への嫌がらせというより試験ですね。カレンちゃんとその仲間たちの力量を図るためでしょう』
「おじさんはなんでそんなこと知っているわけ?」
カイが疑問を口にすると、目の前に一人の女が立っていた。ドレットヘアのサングラスをかけた褐色肌の女だ。袖なしジャケットに胸元を晒しており、だぶだぶのズボンを履いていた。
どこかモンゴル系を連想する。
「君は誰?」
「うちの名前はリバーサル・エコーや。おまさん方が言うミラクルや」
女は訛りのある言葉でしゃべった。無表情で何を考えているかわからない。ボクサーのように拳を構えていた。
『名前持ちのミラクルですか……。ドラゴンクノイチさん気を付けてください。彼女はミラクルの上位種ナチュラルです!!』
「なにそれ?」
カイが訊ねると、リバーサル・エコーが狼のように詰め寄った。一瞬、カイは頭を咬まれるイメージが浮かんだ。背筋が凍る。カイは震脚を使った。コンクリートの道路にひびが入る。だがリバーサル・エコーはすでに躱していた。そしてカイの左わき腹に突きを入れた。
全身がねじれるような痛みが走る。カイの意識がぷつりと切れた。カイはぱったりと倒れてしまう。
彼の部下が激怒して拳銃を突き出し、発砲したがリバーサル・エコーはすべて躱してしまい、全員を一瞬で気絶させた。
「おまさんは受験者のための景品や。一緒に来てもらう」
そう言ってリバーサル・エコーはカイを担いだ。他の日系人は呆然と見るしかなかった。
異常事態だがザ・サイトは冷静に対処しようとした。
「アイスクノイチに、スパイダークノイチへ。ドラゴンクノイチがミラクルに拉致されました。至急救助に向かってください」
『こちらアイスクノイチ。そうしたいのはやまやまだけどね。こちらも敵と交戦中さ』
答えたのはアイスクノイチことアーミア・ブラウンだ。アフリカ系アメリカ人の彼女は白銀のスーツとマスクをかぶり、日本刀で戦うスタイルだ。銀製の刀でミラクルたちを一刀両断していたが、突如新手のミラクルが現れた。
禿頭で白目をむき、口元はマスクをつけている。身に着けているのはランニングシャツと黒いズボンで、真っ白な肌が病的に見えた。
「お前さんは誰だ? ミラクルだってのはわかるよ」
「わんなーやミストロックやいびーん。うんじゅからみーがちゃびたん。(私の名前はミストロックです。あなたを捕らえに来ました)」
女は訛りのきつい言葉でしゃべった。ミストロックという名前らしい。
「訛りがきついな。南部の黒人みたいな感じがするよ」
「うんじゅが言いしぇー正しさん。わんねーかちてぃナミビアからそーてぃくーったる奴隷やん。霧しか水源ぬねーん砂漠からちゃるぬやん。(あなたの言うことは正しい。私はかつてナミビアから連れてこられた奴隷だ。霧しか水源のない砂漠から来たのだ)」
やはり訛りがきつい。だがアーミアはどこかで聞いたことがあった。アフリカーンス語に近いと思った。ナミビアという単語が聴こえたが、ナミビアは1990年に独立した国だ。相手がミラクルなら見た目通りの年齢ではないということだ。
「うんじゅからみやびーん。ちゃびーんさぁ(あなたを捕らえます。いきますよ)」
ミストロックが言うと、彼女の体から何かが出てきた。それは霧だった。
気温がやたらと低くなる。恐らくマイナス100度まで下がるだろう。アーミアはすぐに彼女を切り捨てようとしたが、ミストロックはアーミアの刀を右手のみで受け止めた。銀製の刀に触れているので、肉の焼ける嫌な臭いがしたが、相手は気にした様子がない。
そうこうしているうちにアーミアの体が動かなくなる。ミストロックから発生した霧はすべてを凍らせていた。アーミアは身動きが取れなくなり、氷像と化した。
『しくじっちまった……。あとはまかせるよ』
それっきり彼女との通信が途絶えた。ドラゴンクノイチだけでなくアイスクノイチまで囚われの身になるとは、さすがのザ・サイトも呆然となった。
「さすがはナチュラル。クノイチたちふたりがあっさり捕えらえるとはね。アンジーも無事では済まないかもしれません」
ハワードは自分の娘に危機が迫っても、どこかのんびりしており、まるで自分の好きな野球チームが勝つかどうかの感覚だった。
『こちらコックローチ。スパイダークノイチが拉致されたよ』
最悪の事態だ。相手はコックローチことマデリンだ。カレンの同級生でアンジーの友人だ。ザ・サイトとコックローチはハサウェイ家が運営するマカロニドージョーの門下生であった。かつてはアンジーの祖父、ハロルドに師事していたが、彼の死後はハワードが見ていた。
「相手はどんな人でしたか?」
『名前はわからない。でも手首から血液を出して糸にしていた。ツインテールにボンテージスーツを身に着けた痴女だったね』
モニターの一部に写真が送信された。コックローチが報告した通りの女性が映っている。スパイダークノイチはつるつるした銀のマスクに6つの眼があり、黒いレオタードに両手両足は黄色と黒の縞々のスーツを着ていた。彼女は組み技を得意としていたが、両手両足を縛られて芋虫のように地面に転がっていた。
『正直私じゃ相手にならないよ。発信機くらいはつけることはできるね』
「アンジーは人質ではなく、カレンちゃんを誘い込むための景品でしょう。命は取られませんが、丁寧に扱われるとは限りません。カレンちゃんが帰宅したらすぐ乗り込みましょう。あなたは他の皆さんと一緒に残りのミラクルたちを処理してください」
『了解!』
コックローチの連絡が切れた。ハワードはため息をつく。さすがの彼も娘が誘拐されては心穏やかにはいられないようだ。
「ハワードさんはあいつらについて何か知っている様子でしたね?」
「はい、知ってます。私はセブンスペシャルズの一人なんですよ」
セブンスペシャルズ。前アメリカ合衆国大統領、ハンナ・ゴールドバークが演説で散々口にした悪の組織だ。彼女が表向きに死亡した後、セブンスペシャルズは完全に都市伝説扱いされたが、まさか親友の父親の口から出るとは思わなかった。
「セブンスペシャルズはバーベラ一族によって作られた集団です。バーベラ一族の代表が他の6人を決めるのです。基準はアメリカを癒すこと。私はオーディン社の社長として全米を回り、教育AIと顔認識システムを売り込んできました。その功績を認められたのです。ちなみに世襲制ではありませんよ」
「それとミラクルと何の関係があるのですか?」
「バーベラ一族がミラクルなのですよ。正確には一族の一人がミラクルの代表であるファインディングミラクル(以降FM)を宿すのです。そして13年に一度、FMが試練を受ける者を選び、アメリカの存亡をかける試練を与えるのです。前回はハンナ・ゴールドバークさんが、前々回はミヨシ先生でしたね」
ハワードの言葉にザ・サイトは目を丸くした。一女子高生が聞いてはいい内容ではない。だがミラクルと関わった以上、避けられないことだった。
リバーサル・エコーは土佐弁。ミストロックは沖縄弁にしました。




