第4話 ファインディングミラクルとはなとですか?
「おはんも掃除を加勢しったもし」
こげ茶色の24歳の女性が言った。白い道着に紺の袴を履いている。体つきは通常の女性より筋肉が厚く、背丈も170センチを超えていた。名前はマリア・エスポジトといい、シチリア系3世だ。雰囲気はギラギラな日本人に見える。ここはロサンゼルスのリトルトーキョーにあるスキヤキドージョーである。木造建てで道場は畳張りで、サンドバッグやトレーニング器具が並んでいた。
マリアが注意したのは銀髪でふんわりしたツインテールの22歳の女性だ。マリアより小柄でピンクのレオタードを着ていた。名前はゾフィー・シュミットといい、ドイツ系3世だ。
本来彼女らは犯罪者でお天道様の出ている道を歩けない性質なのだが、わけあって無罪放免となっている。この道場の主であるケン・ミヨシの温情で住まわせてもらっているのだ。
マリアは箒を持ってゾフィーをにらんでいる。
「なんであたしがそんなことしなくちゃいけないわけ? それよりもあたしといいことしない?」
ゾフィーは長い舌をだしながら、マリアに迫る。この女は同性を愛しているのだ。だがマリアは相手にしない。
「ふざけないでたもし。私どんはミヨシ先生のおかげで暮らせているのです。そん恩をあだで返すつもいじゃっとな?」
「あんたの鈍りは聞き取りずらいわね。あたしは数々の特許を取っているのよ。きちんと家賃は入れているわ」
ゾフィーが反論する。本来彼女は犯罪者で特許使用料などもらえないはずだ。しかし影武者を利用しており、そこから使用料を得ている。彼女は毎月2千ドル、約318,980円を支払っていた。
「金を払えばいいちゅうわけではあいもはん。道場を奇麗にすっこっで先生への恩と感謝の気持を示しやんせ」
「だから聞き取りずらいんだって!! これだからイタリア人はむかつくのよ!!」
「私やイタリア人ではあいもはん。シチリア人です。訂正しちょったもし」
二人が言い争っていると、道場の扉が乱暴に吹き飛んだ。その際に埃が舞い上がる。
道場に一人の女が土足で上がってきた。炎をかたどった兜に、赤いマントを羽織り、黒いぴっちりしたスーツを着ていた。胸が膨らんでおり女性と分かる。顔は面をつけているのでわからないが、目は白く濁っているのはわかる。
「おはんは誰ですか?」
マリアは突然の闖入者に厳しく訊ねた。道場を荒らされて内心怒りに震えていた。
「初めまして、うちゃインフェルノじゃ。どうぞよろしゅうお願いいたします」
インフェルノと名乗った女は訛りのある声で答えた。礼儀正しく挨拶したがどうも胡散臭い。そもそもコスプレしていきなり人の家に土足で上がる以上まともな人種のわけがなかった。
「その訛り。ロシアのクラスノダール地方に近いわね。その兜も見たことがあるわ。あんた放火犯のトニア・スリフコね?」
ゾフィーに問われたが、インフェルノは答えなかった。
「どげな人なのですか?」
「ロシアから来た移民よ。アメリカになじめず、移民コミュニティに放火をしては何十人もの犠牲者を出したわ。自分は不幸なのに、他人の幸福はわが身の不幸なのよ。数年前、放火の現場を住民に見つかってリンチにされて死んだと聞いたけど、ミラクルになって蘇るとは驚いたわ」
マリアが訊ねるとゾフィーが吐き捨てるように答えた。彼女にとって放火で安易に人を殺害するインフェルノが大嫌いなのだ。何の工夫もせずライターの火だけで他人の財産を焼き払うことは否定的である。もっともゾフィーは有名人をあっと驚く方法で殺害するのが好きなので、彼女が正しいわけではない。
マリアは目の前にいる女が噂のミラクルであることに驚きを隠せなかった。
「その通りじゃ! うちゃ選ばれた存在なんじゃ!! ほいでうちを選択したあのお方の命令で、あんたたちを抹殺に来たんじゃ!! じゃけぇうちの炎で焼き尽くしちゃげましょう!!」
インフェルノは興奮しながら叫んだ。
マリアは壁に掛けてあった仕込み刀を手にした。ゾフィーは口笛を吹き、両手を後ろに組みながら、数歩後ろに下がった。
「ここは私がやりもす。手出しは無用です」
「構わないよ。面倒くさいことは嫌いだしね」
マリアは刀を構える。しかしインフェルノは高笑いを始めた。
「誰が正々堂々と戦うか。この町はうちの手下たちが火をつけて回っちょる。もうじきここも火の海になるじゃろう。すべてブラッククノイチの責任じゃ。彼女さえいなけりゃあこねーなこたぁ起きだったんじゃけぇ」
インフェルノは不敵に笑った。次の瞬間、マリアの瞳孔が開き、歯を食いしばると、その刹那、インフェルノの間合いに入る。マリアは燕の如く刀を抜き、さやに収めた。
インフェルノの右手首が宙を舞った。だが血は流れておらず、彼女は左手でつかみ、それを右手首にくっつけた。すぐに手首は繋がり、右手は難なく動いている。
「どうか。うちゃ不死身の存在なんじゃ。痛みものう、切断されてもすぐに癒着するんじゃよ。つまりうちゃ無敵じゃ。銀製の武器がない限り、うちを倒すことやら不可能なんじゃ」
「……」
「何も言えんか。当然じゃのんた。もうじきここは地獄の釜となるじゃろう。釜茹でになるか、うちに焼き殺されるか、どちらがええか?」
インフェルノは下品な笑い声をあげていた。マリアは何も言わない。沈黙は臆した証拠と思い込んだ彼女は、両手から炎を出した。
「さあ火葬の時間じゃ。あんたはカトリックか、プロテスタントか? 火葬は神の教えに反するけぇ永久に地獄からは抜け出せんよ」
キリスト教の地獄は生まれ変わることなく、永久に苦しむ場所とされている。代わりに煉獄だといつかは罪が許され、生まれ変わることができるとされていた。
インフェルノは自分の優位を信じて疑わなかった。手下に現在の状況を聞くということすらしていない。
マリアは一瞬でインフェルノに近寄った。刀はインフェルノの両足を大根のように切断した。インフェルノはバランスを崩して畳に叩きつけられる瞬間、両手首を切り飛ばし、蝶々のように舞った。
マリアは両手首を田楽刺しのように刺すと、両足も突き刺し、インフェルノをうつ伏せにして背中に刀を突き刺した。
インフェルノは両手と両足を失い、じたばたとカエルのように暴れていた。
「貴様!! なんてことをするんじゃ!! 早ううちを元通りにしろ!!」
「断りもす。おはんのよなミラクルは不死身じゃんそが、自動的に再生するわけではないごちゃっね。銀製の武器はあいもはんが、攻撃をやめさせればいいだけのことです」
マリアは冷めた目でインフェルノを見下ろしていた。まるで死にかけたネズミを見るようだ。
「ハナ先輩に連絡を入れもんそ。帰宅して驚かせてはいけもはんからね」
「おーい、マリアちゃん。無事かね!」
道場の外から老人の声がした。近所に住む老人たちだ。禿げ頭の老人に白髪パーマの老婆、杖を突いたおかっぱ頭の老人が入ってきた。
「マリアちゃん、無事かい? この辺りで放火しようとした奴らがいたから、退治してクノイチが3人来て退治してたよ」
「赤い猫の化け物だったけど、ミヨシ先生が用意した銀の弾丸でサポートしたね」
「すべてボヤで済んだよ。おや、畳の上にいるのはなんだい?」
老人たちがかわるがわるしゃべっていた。それを聞いたインフェルノは怒りに震えていた。
「おのれ!! 弱い存在のくせに抵抗しんさんな!! 黙って火に焼かれていろ!! アメリカ市民は有色人種が焼き殺されるのを楽しみにしちょったのちゃ!!」
インフェルノが叫ぶが老人たちは無視していた。ケン・ミヨシの教えを得た彼らにとって、トラブルは日常茶飯事なのだ。
「ああ、うちを元に戻せ!! このままじゃ―――」
するとインフェルノの身体が紫色の煙を上げ始めた。さすがのマリアも怪訝な顔になる。
「ミラクルはね、人の形をしてないと生きてられないのよ。あんたは知らなかったみたいだけど、この対処法が正しいの。一時間もすればこいつは消えるわ」
ゾフィーが説明した。彼女はミラクルの研究をしており、ミラクルに詳しいのだ。
「嫌じゃ、消えとうない!! うちゃ選ばれたんじゃ、選ばれた存在なんじゃ、ミラクルで一番偉いんじゃ」
「あんたはミラクルフェイクでしょうが。大方ブラッククノイチへの試験官としてファインディングミラクルに命令されただけね。あんたがこうして消えるのも織り込み済みでしょうけど」
インフェルノが泣き叫ぶが、ゾフィーはけんもほろろに言い返した。やがてインフェルノの体はますます煙が上がっていく。手足はすでにチリと化し、身体はどんどん溶けていった。
「嫌じゃ!! うちゃもっと人を焼き殺したいんじゃ、焼き殺して楽しむんじゃ!! それが、それがこねーな最後なんて、いや―――」
インフェルノは最後まで言葉を発せず、絶望のまま消え去った。マリアはそれを見ても何の感情もわかない。害獣を処理した程度だ。
「ファインディングミラクルとはなとですか?」
「アメリカで最初に生まれたミラクルよ。先住民の恨みと憎しみだけでなく、移民の悲しみと苦しみを同時に受け継いでいるの。そして試練を与え、アメリカを存続させる資格を見定める。そんな存在よ」
マリアの問いにゾフィーが答えた。老人たちは荒らされた道場の片づけを手伝ってくれた。
そしてハゲでデブの中年親父が陸上競技のように走ってきた。
「大変だ!! クノイチさんたちが三人とも攫われた!!」
それを聞いてマリアとゾフィーは顔を見合わせるのだった。
クラスノダールは山口県と協力協定を結んでいます。
インフェルノは薩摩弁の反対に、山口弁にしました。
トニア・スリフコはロシアの殺人鬼アナトーリイ・スリフコを改名しました。




