第2話 なんで子供をいじめるんだ!!
「あれがミラクルか。ピエレッタの手下たちとは違うわね」
カレンがナース服を着た女を見てつぶやいた。ピエレッタはミラクルを操る女だ。ミラクルはアメリカの先住民族の血と涙が大地に染み込み、現世にはい出たものだ。
女は古いタイヤの山を背に立っている。
「でちゅちゅちゅちゅ!! あたちはマトロン!! はやくこどもたちをわたすのでちゅ!!」
ナース服の女はマトロンというようだ。どうもしゃべり方が幼稚である。だが子供たちを盾にする悪質なやり方にカレンは静かな怒りの火を燃やした。彼女はマゾヒストだがあくまで自分だけである。他人を巻き込むことは嫌っていた。
「あの女はミゲラだな。間違いない」
セニョリータ・スモークが答えた。
「あいつはメキシコでも子供を薬漬けにして奴隷にしていた人間のクズだよ。警官に撃ち殺されたと聞いたが、死んでも子供を奴隷にしたいと見える」
スモークは吐き捨てるように言った。
「さぁうたうでちゅ!! おゆうぎかいをはじめまちゅよ!!」
マトロンが叫ぶと子供たちは力弱く歌い始めた。どこか地獄の底から響いてくるようだ。聞き続けると気分が沈みそうになる。カレンはもちろんだが、スモークたちは怒りに震えていた。彼女らは窃盗や強盗はやっても人殺しはしないことを信条としていた。子供を奴隷にする人間に嫌悪感を抱いている。
「うぉぉぉぉ!! なんてうざい歌声だ!! 子供たちが悲しんでいるぞ、やめさせろ!!」
サンタナが怒りの声を上げた。彼女は巨体だが15歳の少女だ。勉強は苦手だが道徳は人一倍ある。マトロンのような腐れ外道は嫌悪の対象であった。
「でちゅちゅちゅちゅ!! こどもたちのハッピーなうたごえがきこえないのでちゅか!? おまえたちじゃまなおとなはごみばこにぽいでちゅ!!」
マトロンは犬の姿をしたミラクルたちに命令する。ミラクルたちは牙をむき、サンタナたちに噛みつこうとした。カレンは飛び出そうとしたが、ハナが丸太のような腕で止めた。ここはサンタナたちにまかせろということだろう。
「お前たち!! 例のものは身に着けたんだろうね!!」
「言われたとおりにしたが、大丈夫なのか!!」
ハナが叫ぶとスモークたちが返答した。
スモークたちは鉄パイプとメリケンサックを身に着けている。
「おらぁ!!」
スモークが鉄パイプでミラクルの頭を叩きつけた。するとミラクルからぱちぱちと青白い火花を立てる。ミラクルはゾンビのような存在だが、普通の鉄パイプは通用しないはずだ。
カルニータとルナティカも鉄パイプを持ち、スモークが倒したミラクルを取り囲んで殴打した。青白い火花が何度も出て、焦げ臭い煙が立ち上がった。するとミラクルの体は紫色の煙になって消えた。
ラ・ティグレサはメリケンサックでミラクルたちを殴り飛ばす。彼女の背後に忍び寄るミラクルに対して、ソンブラは背中からナイフを突き刺した。傷口から紫色の煙が出ると、消えてしまった。
マリアチがギターを奏でると、ミラクルたちが苦しみだした。その隙をダンサが手に持ったワイヤーを持ち、後ろから首を締めあげると、首が飛んで消えた。ピストーラは拳銃でミラクルたちを撃つと、吹き飛んで地面に倒れ消えてゆく。
彼女らが所持しているのは銀製の武器だ。銀の弾丸だけが弱点ではない。鉄パイプやメリケンサックでも十分に効果はある。銀の弾丸なら一発で終わるからだ。
「きぃぃぃぃ!! なんなんでちゅか、おまえらは!! もういいでちゅ! だまってじさつしないとこいつらをころすでちゅよ!!」
マトロンはヒステリックに叫ぶと、右手に持っていた注射器の銃を子供たちに突きつけた。子供たちは薬物で正常な意識を失っている。マトロンはげらげら笑い続けていた。さすがのカレンも切れかけている。子供を痛めつける人間は軽蔑の対象だ。
それでもハナはカレンの左肩に手をかける。動くなという意味だ。
「おまえ!! なんで子供をいじめるんだ!!」
「いじめてないでちゅ! こいつらはあたちのおもちゃでちゅ!! なんでもいうことをきくペットでちゅ!! だからあたちはじゆうにあそんでいいんでちゅ!! ちゅっちゅっちゅう!!」
「なんてひどいやつなんだ!!」
「ちゅっちゅっちゅう!! わるいのはブラッククノイチでしゅ!! おまえらはあいつとかかわったからわるいんでちゅ!! あたちはまったくわるくないでちゅ!!」
サンタナが怒りの声を上げても、マトロンは微風にしか感じないようだ。
マトロンはにやりと笑い、子供の一人に注射器の銃を突き刺そうとした。
すると注射器の銃を天高く上げた。実際は見えないワイヤーで引っ張られたのだ。マトロンの背後にある古タイヤの山に一人の子供が立っていた。はりねずみのような少女、ムチャチータだ。彼女はワイヤーを手に握っている。
さらにマトロンの右手に何かが刺さった。右側に隠れていた少女の仕業だ。舌を出した少女ピコリータが銀の針を吹き矢のように飛ばしたのだ。
針が刺さった部分から紫色の煙が立ち上がり、マトロンは注射器の銃を落とした。
「なんでちゅか!! おまえらぁ!! あたちをたすけるでちゅ!!」
マトロンは残ったミラクルに命令を下した。すると別のがれきの山から何かが飛んできた。
それは空中で爆発すると、何やらキラキラしたものが散布される。ミラクルたちはそれを浴びると苦しみだした。
「でちゅぅぅぅ!! からだがかゆいでちゅぅぅぅぅ!!」
それは銀粉であった。がれきの山から少女が出てきた。チキータで彼女は子供でも爆弾を作るのが得意だった。彼女は速攻で銀粉入りの手製爆弾を作ったのだ。致命傷にはならないが体に付着するとやけどを負うのである。嫌がらせには十分であった。
さらに子供たちは隠れていた天然パーマの少女、フリホリータによって解放された。人質がいなくなり、マトロンは裸同然であった。
「おしおきだぁ!!」
サンタナはメリケンサックをつけて、力を籠める。そしてマトロンの顔に右の拳を繰り出した。
マトロンの顔はひしゃげ、遠くのがれきの山まで吹き飛んだ。ガラガラとがれきは散らばり、砂煙が舞い上がった。マトロンの体はボロボロで青白い火花がパチパチと鳴っている。カレンはそれを見て驚いた。
「私が彼女たちに永住権を与えたのは、気まぐれじゃない。彼女たちのチームワークだ。真っ当に勉強すればさらに強力になるだろう」
「…不意を突かなきゃ勝てなかったわね」
ハナは腕を組みながら、サンタナたちを見ていた。カレンも自分が彼女らに勝てたのは運が良かったからだと改めて実感する。
「でちゅ、でちゅぅぅぅ、かっ、からだがあちゅい、なっ、なじぇぇぇぇ!!」
マトロンの身体から煙が噴き出てきた。そして彼女の体が光りだす。
「いやでちゅ!! しにたくない、しにたにし!!」
そう言ってマトロンの体は爆発した。文字通りチリ一つ残さず消え去ったのだ。サンタナは勝どきを上げ、子供たち4人は彼女に抱き着いた。
マトロンが連れてきた子供たちはレジーが保護した。すぐにレスキューを呼び、保護してもらう手はずだ。
だがハナはマトロンは四散したがれきの山を見てつぶやいた。
「……おそらく奴は試験官の一人だな。カレンと関わったものを襲撃して、カレンを試そうとしていたのだ」
「そういやあの野郎はブラッククノイチがどうとか言っていたな。私らはあいつと仲良しと思われていたのか。飛んだ風評被害だ」
ハナの言葉にスモークが食らいついた。カレンは自分のせいで彼女らを巻き込んだと思い、表情が暗くなる。
それを見てスモークは舌打ちした。
「ハナさん、試験官てどういう意味なの? あいつは私なんか見てなかったと思うけど」
「マトロンの元となった人間の影響だな。奴はブラッククノイチの名を出した。奴らはお前に試験の資格を得たと判断したのだ。もっともマトロンは試金石だろう。下劣な人選にしたんだろうな」
「そもそも試練の資格ってなんですか。私はそんなもの知りません」
カレンはハナに質問した。ハナはある程度事情を理解しているようだが、いまいちわからない。
「ミラクルが、このアメリカの大地がお前を認めたのだ。アメリカが滅ぶかはお前の双肩にかかっている」
「えっ、なんで!?」
「おそらく、カレンの関係者はほぼ襲撃を受けているだろうな。試験はお前だけではなく、関係者も含まれている」
ハナは答えるが、カレンはますます混乱するばかりだ。そこに家からレジーが出てきた。彼は子供たちをジムで寝かせて奥さんにまかせたようだ。他のメンバーも手伝っている。
「ハナさん、カレンちゃん、大変だぜ。今クリスから電話が来たんだ」
クリスチャンとはクリスチャン・ジョンソンで、蒐集家のひとりだ。本来ミラクルを退治するのは彼の仕事である。
「ジョンソンさんが?」
「ああ、今あいつはテキサス州ダラスのテレビショッピングでMCをやっているんだ。Hey!!!Christian!!! て番組だがね」
「ああ、あれね。まさかセントールと一緒にやってるなんてびっくりだわ」
カレンの言うセントールとは、元犯罪者で本名はバレンティナ・ベガという30歳の女性だ。オートバイサーカスではバイクの名人だったがサーカスは潰れ、テキサス・トレイル・レイダースという窃盗団を結成し、テキサスを荒らしまわっていた。
ハナに雇われ、ロサンゼルスでアニメショップを襲撃していたところを、ブラッククノイチの妹分であるドラゴンクノイチとともに撃退されたのである。
「そのクリスがセントールとともに、ミラクルの襲撃を受けたらしい」
レジーがそう告げた。サンタナはチキータたちを肩に乗せてくるくる回って遊んでいた。




