第1話 今日はハロウィーンパーティじゃないわよね?
「とりゃー!!」
とある小さな家で女性の叫ぶ声がコヨーテのように響いた。ここはニューメキシコ州のアルバカーキにある一軒家で、周りは荒野で何もない。アスファルトの道路が長く続き、遠くは岩山がそびえたっている。
家は二階建てで大きめのプレハブ小屋があり、ブリキ板で作られた車庫があった。家の周りには高く積まれたタイヤの山や、がれきの山がぽつらぽつらと見える。
プレハブ小屋の中はボクシングで使われるリングが置かれている。他にも使い古されたサンドバッグやダンベルなどの器具も置かれていた。
ここはレジー・タピアの自宅兼ジムであった。彼は元プロボクサーで挫折を繰り返したが、ボクシングジムを経営している。練習生は大抵自家用車で通っていた。彼は妻と息子二人で暮らしているが、最近は居候が十人以上増えている。
先ほどの女性の声はリングの上から発生されていた。茶髪のおかっぱ頭に赤い縁の眼鏡をかけている十代後半の日系人だ。黒いTシャツにボクシングパンツを履いている。
名前はカレン・ミヨシ。ロサンゼルスにあるリトルトーキョーに住んでいる女子高生だ。
彼女の前にはゴリラのような女性が立っている。赤毛に日焼けした肌、熊のような顔つきに発達した筋肉、カレンより頭ひとつとびぬけている。こちらは白いTシャツとボクシングパンツを履いていた。
名前はジェーン・ヤング15歳。仲間からはサンタナと呼ばれている。彼女はメキシコからの不法移民だった。仲間とともにメキシコからアメリカに渡り、紆余曲折の末にアメリカへの永住権を取得し、トラブルを起こしたレジーの家に厄介になっていた。彼女らはある事情で大金を得ているが、町に出て働いた金以外、レジーは受け取りを拒否していた。
サンタナの後ろには12人の女性が座っていた。うち4人は十歳に満たない少女だ。うち半分がカレンをにらんでいる。彼女らはロサンゼルスでアニメショップを襲撃した際、カレンから暴行を受けたのだ。自分たちは犯罪者故に暴行は受け入れているが、割り切れるものではない。恨んではいないが複雑な心境であった。
カレンの背後には家の主であるレジーと、彼と同じくらいの背丈がある黒髪の60歳ほどの女性が腕を組んで立っていた。
彼女の名前はハナ・カナヤマ。日系人を自称しているが髪の毛はユダヤ人特有の縮れ具合で、顔つきも白人女性そのものだ。色眼鏡をかけているがその奥の鋭い眼光は、相手の心を切り裂きそうな雰囲気がある。
彼女の正体はハンナ・ゴールドバーク元大統領で、カレンことブラッククノイチと死闘を繰り広げた挙句、死亡した間抜けで愚かな大統領として有名になった。本人は世間の評価など気にしておらず、自身の後継者が自分を踏み台にして政治を行っていることに安どしているほどだ。
「しかしいきなり押し掛けてくるとは驚きだぜ。電話してくれればそれなりにもてなすことができたのによ」
「ちょいと気になったことがあってね。急いでこちらにお邪魔させてもらったのさ」
レジーが愚痴をこぼすとハナが答えた。二人は古くからの知り合いだ。ハナは昔から配慮深い性格であった。大統領時代は相手の気持ちを逆手に取り、挑発的な言動を繰り返してきたが、すべては自分の想い通りになるためだ。
今回の訪問も気まぐれではなく、重大なものだとレジーは理解した。
カレンはサンタナと練習をしていた。サンタナはカレンとブラッククノイチを結びつけていなかった。なので初対面だと思い込んでいた。代わりにリーダーであるセニョリータ・スモークはすぐに気づいた。ドレッドヘアにバンダナを巻き、度無い眼鏡をかけタバコを吸っている。身長はサンタナより頭一つ上だが身体が細いためひょろひょろに見える。
カレンから言い出したわけではなく、ハナがサンタナとスパーをしろと言い出したのだ。それもなんでもありにしろと無茶ぶりである。
カレンはため息をつき、サンタナは面白そうだとリングに上がった。カレンとしては彼女らに性的苦痛を与えてくれることを望んだが、「ふざけるな!」「子供の教育に悪い!!」と拒否された。
カレンが子供でサンタナが大人に見える構図だが、カレンはサンタナを近付けさせなかった。
サンタナが突進してくれば、彼女の膝に蹴りを入れて動きを止める。そこから顎に掌打をかまし、彼女の脳を揺らそうとした。
だがサンタナは頭をハンマーのように下げてきた。カレンは思わず手を引っ込めて、後ろに下がる。
カレンが小手先の技で対処しても、サンタナは野生の灰色熊のようにものともしない。
「サンタナおねーちゃん、まけないでー!!」「ちっちゃいおねーちゃんもすごーい!!」
「ウサギさんとクマさん、どっちがつよいかな?」「ちいさいから、はやいよ!!」
4人の少女たちが応援していた。黒髪のぼさぼさ頭がチキータ。
舌を出しているのがピコリータ。はりねずみのようなのがムチャチータ。一番小さく縮れ毛なのがフリホリータだ。彼女らはブラッククノイチのことなど知らず、強いサンタナを相手に善処するカレンを応援していた。
「あなた、慕われているわね」
「うんだ!! みんな俺の家族だ!!」
カレンの言葉にサンタナは満面の笑みを浮かべた。その一方で年長組は複雑そうである。
「あれがブラッククノイチか……。サンタナたちを倒したとは思えんな」
「でも人は見かけによらないっていうわ。特に日本人は40歳でも20代にしかみえないっていうし」
虎のような女、ラ・ティグレサと赤いフラメンコ衣装を着た女ダンサが話をしていた。二人は年少組の面倒を見ており、ブラッククノイチと戦ってないのだ。
「あたいはあいつに顔を蹴られたんだ!!」「でも今のあいつはどこかへっぴり腰に見えるな。本当に同一人物か?」
ぎょろ目の女ルナティカは顔面を蹴られた恨みを抱いており、パーマで肉が太いカルニータは自分たちを倒したブラッククノイチとカレンが一致しないことに疑問を抱いていた。カレンはルナティカに復讐したいなら裸になるけどと提案したが、そんな趣味はないと突っぱねた。恨んではいるが、復讐したいわけではないのだ。
「けど動きはあいつと同じだ。それにうちと似ているな」「影の薄さだな、そのくせ隙が見当たらねぇ」
蛇のような女ソンブラと、眼鏡をかけたガンマン女ピストーラはカレンをブラッククノイチと認めていた。ソンブラは影の薄さを利用した奇襲を得意としているが、カレンには通じなかった。ピストーラの射撃を凌いだのもカレンが初めてだった。
「そもそもサンタナを相手に何分も生き延びたやつはいない。あいつは本物だな」「んだね。あの女を見ていると激しい音を奏でたくなるよ」
セニョリータ・スモークとギターを背負った三つ編みの女マリアチが答えた。
彼女らはほとんどがメスティーソだ。メスティーソとは白人とインディオとの混血である。
「というかなんであんたが生きてるんだよ。死んだんじゃなかったのか?」
「何の話かな? 私はハナ・カナヤマで日系人だ」
スモークがハナの方に駆け寄り、話しかけた。ハナの正体に気づいているのは彼女くらいだ。
そもそもサンタナたちに永住権を与えたのは彼女であり、恩人であった。
「今、SNSでお前たちは有名だぞ。メキシコからの不法移民が永住権を得て、レジー・タピアの元で働いているとな」
「それな。私らは動画をアップしているけど、割とバズっているらしいな。だがいいことばかりじゃない。私らは悪名が高くてね、他の不法移民が私らに嫉妬して町で絡むことが多いんだよ。まあ、相手なんかしないけどな」
リングの上ではカレンとサンタナがスパーを続けていた。ブラッククノイチの時は頭に血が上った彼女を闘牛のようにあしらったが、冷静なサンタナは野生の灰色熊と同じで直感の鋭さと今までの経験を生かしていた。これで15歳だから驚いている。
「そのため、SNSではお前たちに憎しみを抱いている。ヒスパニックが幸せに暮らしていることにいら立っているようだ。この状況は非常にまずい。やつらが来る可能性が高いのだよ」
「奴らってうちらみたいなチンピラか? ここにも何度か襲撃に来たけど、返り討ちにしてやったよ」
スモークはタバコを吸いながら答えた。サンタナたちは町でも有名だ。不法入国者なのに、なぜかアメリカの永住権を獲得していた。ハンナ・ゴールドバーク大統領が自分の駒として利用したのは周知の事実だが、サラ・コーエン大統領になっても取り下げられることはなかった。むしろ彼女はサンタナたちを利用する価値があると判断したらしい。
「違う。むしろ厄介な相手だ。レジー、例のものは届いているな」
「ああ、クリスからもらったよ。だがありゃあなんだい?」
ハナに話を振られて、レジーは両手をやれやれと振った。クリスとはクリスチャン・ジョンソンという白人だ。自身を蒐集家と呼んでいたが、レジーにはどういう意味か分からない。
「デゼラスさんに頼んで作らせたのさ。恐らく奴らはここを襲撃してくる。お前さんは家族と一緒に家の奥に引っ込んでいるんだな」
「物騒な話だな。誰が来るって言うんだよ」
「レジーさんの家を守るのはやぶさかじゃないよ。嫉妬に狂ったチンピラなんざ私らで始末してやるさ」
レジーは呆れており、スモークが答える。だがハナは首を横に振った。
「チンピラ相手なら私一人でも十分だがね。来るのは厄介な奴ら―――」
ハナが言い終わる前に、入り口のドアが吹き飛んだ。土煙が舞いあがり、室内はあまりの騒動に静まり返る。
そして外から声が響いた。
「みなしゃーん!! ここにいるこどもたちをさしだしてくだちゃーい!! あたちのおもちゃにしまーちゅ!!」
カレンは異変に気付き、すぐに窓の近くに駆け寄る。そしてちらっと外を覗いた。
外には子供が十数人並んでいるが、どれも異質だ。おむつ姿で着ている物はなく、全員首輪を嵌められており鎖でつながれていた。全員虚ろな目をしている。
大人も数人いるが、犬のような仮面を被っている。いや犬そのものであった。首輪を嵌めて、子供たちを鎖で引っ張っていた。
そして中央には一人の女性が立っていた。白いナースのような服を着ているが、胸元が開き、スカートの裾はやたらと短く、手には注射器のような銃を持っていた。ブラウンカラーのもじゃもじゃ髪に目はぎょろりとしており、だらしなく舌を垂らしていた。年齢は30代くらいか。身体は傷だらけで腐っている部分が多かった。素足で骨がむき出しだ。
「何あれ、今日はハロウィーンパーティじゃないわよね?」
カレンが疑問を口にするとハナが答えた。
「子供を除くあいつらはミラクルだよ。奴らは不法移民の彼女らが気に食わず、襲撃に来たのさ」
「え、なんで?」
カレンは訊ねた。ミラクルは虐殺されたアメリカ先住民族の憎しみから生まれたと聞いている。なんでメキシコから来たサンタナたちを憎むのかわからない。
カレンは何かわくわくしてきた。ブラッククノイチとして無茶な活動を行い、自滅する計画はすでに頓挫している。だがトラブルが起きたらそれに首を突っ込まずにいられない性分だ。
「あたちはマトロン!! とてもつよくてかっこいい、えらいひとなんでちゅ!!」
マトロンはそう叫んだ。
連載再開します。今回はちょっと異質な話になりますね。




