第2話 ヲタクくんのために脱いであげよっか?
5限終わりの火曜日と木曜日、俺は1人で美術室で活動をしている。活動と言っても、埃の被った石膏像を引っ張り出してきてデッサンしたり、パレットやイーゼルなんかを使わせてもらっている。
美術は1年生のみ選択可能な授業だから、美術室はほとんど使われていない。だから人の気配があんまりしなくて心地がいい。
「俺のトルソーちゃん」
トルソーの石膏像を美術準備室で探す。美術準備室はとんでもなく埃臭くて、棚のたてつきは悪いし、段ボールに入りっぱなしの画材も多い。美術の教師は大体が1年契約の臨時教諭で美術準備室にあるものはあまり触らないらしい。
「あった、あった」
トルソー像は頭、手足のないもので体の曲線なんかを練習したい時にピッタリなんだ。胸像や首像なんかも題材にはなるが、顔やバストアップだけを練習していると絵全体のバランスがうまく描けなくなってしまいがちな学生にピッタリの題材である。
なにより……
トルソー像のこの完璧な造形美! 首からデコルテの滑らかなライン、ふっくらすつつも控えめな胸、腰あたりにはすこしぽってりとした肉感。膝上までの太腿はしっかりと筋肉が……これはメディチのヴィーナスの石膏像のトルソーだ。
カーテンを少し開けて、光の加減を調整する。この前は正面を描いたから後ろ姿にしようかな。
イラストとはまた違った難しさがこの3次元デッサンをする楽しさでもある。美大の実技試験ではデッサンと専攻別の試験の点数は半々。もっと自分らしさを追求しなくては。
デッサン練習用スケッチブックを広げて、イーゼルの上に立てかけて美術室の木の椅子に座る。
バッグからいろんな硬さの鉛筆が入った筆箱を取り出して、まずは柔らかい鉛筆でかたどって……
そういえば、今日初めてギャルと呼ばれる人種と話したなぁ。
明堂さんは俺が思うよりもずっと天真爛漫で優しくて眩しい人だった。俺の知っている陽キャとか女子って俺みたいなダサい男子なんかと話したくないと思ってたけど……。
俺がギャルに偏見を持ってたのかもしれないな。むしろ、明堂さんの悪口を言っていた《《普通の女の子たち》》のほうが怖いのかもしれない。
ま、とは言っても友達になれたわけでもなし……俺は1人の方が落ち着くし。こうして美しいトルソーと向き合っている方が好きだ。
「美大⋯⋯かぁ」
トルソー像の滑らかな曲線を撫でる。ここには複数しかないけれど、美大にいけばきっとたくさんいろんなものをデッサンできるんだろうなぁ。
「えっちじゃん……? なにしてるの?」
俺は突然声をかけられて、ちょうどトルソー象の胸あたりに触れたままフリーズしてしまった。声は聞き覚えのある明るくて少し馬鹿っぽい甘ったるい声。
「ヲタクくん、そーゆー趣味?」
固まる俺の前にひょっこりと顔をだして、トルソー象の胸を指でそっと撫でたのは明堂さんだった。
「落書き、上手だったし美術部なのかな〜と思ったらビンゴ〜。こんなところでえっちな銅像見てたの?」
「え、え、えっちな銅像じゃ……これは、トルソー像っていってデッサンする時のモデルなんだ」
俺はパッとトルソー像の胸から手を離すと、一歩明堂さんから離れた。
「ふーん、これ顔ないけどデッサンするの?」
「その……体を書くのって難しいから」
「そりゃ〜そうでしょ」
明堂さんはニヤリと笑うと意味ありげにトルソー像を撫でた。
「みょ、明堂さんはどうしてここに?」
「あぁ、今日英語のクラスでペアになったじゃん? 君のおかげで今日の授業A判定だったんだよね〜、補講回避できちゃった。というわけでお礼しにきたんだ」
明堂さんはニカッと笑ってピースする。
「お礼?」
「うん、モックでハンバーガー奢る〜とか、ちょっとえっちなお願いでもきいてあげるとか……?」
と言いながら明堂さんは胸の谷間を見せるようにちょっと前屈みになる。俺は咄嗟に目を逸らした。
「お、お礼なんていいよ。別に大したことしてないし」
「私には大したことだよ? 留年ギリギリなんだし……ってことでお礼させて? 貸し借りはすぐに無くしたいタイプなんだよね〜、アタシ」
「本当に、大丈夫だから!」
俺が明堂さんを突っぱねると彼女は諦めたのかドアの方へと向かった。
よし、このまま帰ってくれれば……
——ガチャ
明堂さんは美術室のドアに鍵をかけた。俺が呆然としているとそのまま後ろのドアも鍵をかけて、そのままぐるっと美術室の後ろを回って窓のカーテンをせっせと閉め出す。
まさか……まじでやましいことしよう……と?
明堂さんは可愛いし、俺だって性欲くらいはある。
でも、こんな不本意な……!
「こんなんじゃ……たりないでしょ?」
明堂さんは妖しい笑みを浮かべながらトルソー像を艶かしく撫でた。そして、自らのリボンをスッと解くと、真っ赤にとろけそうな表情で俺に言った。
「ヲタクくん……君のためにアタシが人肌脱いであげよっ……か?」
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