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51 営舎での日々


 噂の事が気になったレティシアはそれとなくリーンハルトを捕まえるタイミングをはかった。彼はたいてい友人たちといる。

 

 食堂から営舎へ向かうところでこそこそと捕まえた。


「リーンハルト、ちょっと話が」

「なんでそんなところに隠れているんだよ?」


 リーンハルトが不審そうにレティシアを見る。


「私たちのことで変な噂が立っているらしいの」

「今更?」

 知っていたようで何でもないことのように問い返す。


「でも、そのせいであなたが縁遠くなってしまったら、どうしようかと」

「え? 俺の心配? 縁遠くなるって、なんでそうなるんだよ。というかそれ普通逆だろ。自分の心配しないか?」

 リーンハルトが呆れたように額に手を当てる。


「だって、あなたは後継ぎなのよ」

「別にどうってことないよ。噂話くらいしか娯楽がないんだろ。言いたい奴にはいわせとけよ。それともレティシア、何か嫌な思いをしたのか? それなら、俺がシュミット家の代表として話をつけに行く」


「いいえ、まったく」

 レティシアは慌てて首を横に振る。別に表立って揶揄われることもない。


「なら、気にするなよ。辛かったら言って、何か対策を立てるから。それから、あまり一人で出歩くなと言っただろう? 用がないなら部屋に戻れよ」


 そういって女性用の宿舎まで連れていかれた。前回と同じで、義弟が保護者のような口を利く。レティシアは呆然と去って行くリーンハルトを見送った。気にし過ぎだったようだ。彼は堂々としている。


 そういえばリーンハルトはレティシアのループの話をどう受け止めたのだろう。嫌われると思っていたのに、なんだかんだと変わらない。




***



 傷病者の手当てが終わり、遅めの昼食をとりに食堂へ行くとエレインが待ち構えていた。


「レティシア! こっちこっち」


 エレインはもともと貴族令嬢らしからぬタイプだったが、こちらにきてから、更にパワーアップした。彼女の声は多く喧騒のなかにあってもしっかりと耳に届く。レティシアは慌てて彼女のもとに行く。


「どうしたの? エレイン」


 彼女は窓のそばのなかなかいい席をとっていた。内緒ごとがある時は二人はたいていそこに座る。


「実はね。大親友であるあなたにだけは言っておこうと思って」


 討伐隊を目指し始めたあたりから、レティシアはエレインの友人から大親友に昇格した。


「うん、何?」

「アラン様に告白しようかと思って」

「え? このタイミングで!」


 うすうすエレインがアランの事が気になっているのには気づいていた。アランは見た目もいいし何といっても誠実だ。結構もてていると思う。


「実は、この討伐隊に参加しようと思ったときチラリと考えていたの」

「何を?」

「婿探し」

 レティシアは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。


「え? 討伐隊で?」

「そう、危機的な状況でこそ人って本性を出すと思うの」

 確かにアランもリーンハルトもそういうタイプだ。

「エレイン、頭いい!」


 アランはきっといい恋人になり、いい夫になるだろう。ぜひとも二人で幸せになって欲しいものだ。


「一応、あなたには伝えておいたから」

「え? それだけ? 何か私に出来ることはない?」

 レティシアは目を瞬く。


「玉砕したら、慰めて」

「大丈夫よ。いい雰囲気だと思う」


 エレインを励ました。実際見た感じ二人はぴったりだ。アランも憎からずエレインを思っているはずだ。


 しかし、そんな予想に反して、晩に泣き腫らした目でエレインがレティシアの部屋を訪れた。


「レティシア、私ふられちゃった」

「ええ! なんで?」


 二人は鈍いレティシアからみてもいい感じだった。いったい何が原因なのだろう。身分差だろうか?


「うん、要約するとね。今は家を支えることを考えるので精いっぱいだから。そんな余裕ないって言われた」


 レティシアにしても残念な話しだ。約束通りひたすら彼女を慰めた。きっとアランは自分のたった一人の母親を支えるので精一杯なのだろう。



***



 あと少しで任期があけるという頃それが起こった。


 討伐に行った先で予想以上の魔獣に襲われたのだ。無事に討伐は終わったが、重傷者が多く、営舎に帰ることが困難なため、レティシアとエレインは他の光魔法師や医師たちとともに現場に向かった。光魔法師に出来ることは治癒力を高める事だけだ。後は医師の領分だ。


 リーンハルトとアランが心配でたまらない。昨夜レティシアはアミュレットが割れる夢を見たばかりだ。エレインと「大丈夫!」「大丈夫よね?」と励まし合いながら、現場へ向かった。


 現場は酷いありさまだった。担架が足りず、けが人がシートに転がされている。そのなかに大けがを負ったリーンハルトがいた。レティシアはショックで気が遠くなりそうだった。こうなると貴族も庶民もない。


「リーンハルト!」

「レティシア。俺は大丈夫だから。他の奴から先に」

 何が大丈夫なのだろう。彼はボロボロだ。レティシアは直ぐに患部を清めた。


 二日ほどで現場の混乱は収まり、けが人はみな営舎に運ばれた。リーンハルトは派手に出血していたが、命に別状はなかった。

 

 しかし、二週間の安静が言い渡され傷病人施設のベッドに運ばれた。一部屋に十二台ほどのベッドが並べられている。レティシアは休憩時間が来るとそこに入り浸った。


「レティシア、他のけが人もいる。俺ばっかりみるな。アランは大丈夫か?」

 レティシアがリンゴをむいていると、リーンハルトが居心地悪そうに言う。


「大丈夫。骨は折ったけれど無事よ。エレインがみているわ」

「なんだ。俺より重症じゃないか」

 リーンハルトが心配そうな顔をする。


「何言っているのよ。あなただってあと数センチずれていたら」

 その先は怖くて言えなかった。涙がぽろぽろと零れ落ちる。もう二度とケガなどして欲しくない。リーンハルトが困ったような顔をして、タオルでレティシアの涙を拭いてくれる。さすがにそれは姉として情けなくてレティシアは泣き止んだ。


「そうだ。レティシアに謝らなくちゃ」

「え?」

「アミュレットが壊れた。済まない。これしか残らなかった」

 攻撃を食らったとき粉々に砕けたという。リーンハルトが破片を三分の一ほど差し出した。けがをした体で回収したようだ。


「いいのに別に、役に立ったのなら。あなたが生きているのならば私は何もいらない」

 

 レティシアは心からの笑みを浮かべた。本当に彼が助かってよかった。レティシアは神に祈りを捧げた。

 その横でリーンハルトが真っ赤になっているとも知らずに。

「なんで、お前はそういうことさらりと言うんだよ」

 義弟の呟きはレティシアの耳には届かなかった。

 それどころか彼女は必死にリンゴをむいている。

「ねえ、見てリーンハルト、うさぎ!」

「は?」

 レティシアは器用にカットしたリンゴをリーンハルトに渡す。

「これの作り方、食堂の人に聞いたの。可愛いでしょ? リーンハルトが喜ぶと思って!」

 嬉しそうに言う。


「俺、子供じゃないし、普通に切れよ」

 リーンハルトは真顔でシャリシャリとリンゴを食べる。

「え、そんな薄い反応?」

「いや、こんなんで喜ぶの五歳くらいまでだろ」

 レティシアは五歳のリーンハルトを知らなくて残念に思う。十歳で天使のように可愛かった。五歳のときなどどれほど可愛かったか。

「はあ、本当に残念だわ。初めて会ったのが、あなたが十歳のときで」

「黙れよ」

 その後、二人はリンゴを食べながら、くだらない言い合いをした。


 リーンハルトの体が治るころ、レティシア達は引き上げの準備を始めた。

 いよいよ任期の終了だ。




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