50 打ち明けてみる2
レティシアはまず冤罪で死刑になった話から始めた。途中端折りながら、三巡目に来たところで続きを話すのに躊躇する。
四巡目はあまり詳しく話したくない。しかし、それがなければ彼を嫌いなふりをした答えにならない。
だから、彼がレティシアを庇って死ぬところまでを話した。なるべく淡々と感情を込めずに話したつもりだったのに自然と体が震える。記憶が再生され、どうしようもなく怖くなった。
しばらく沈黙が落ち、パチパチと焚火のはぜる音だけが響く。
「それで終わりか? 荒唐無稽で、胸糞の悪くなる妄想だな」
とリーンハルトがぼそりと言う。分かっていた。こうなることは。
「うん、そうだね。私頭がおかしいの。嫌いになって」
なにより今は彼が無事でよかった。秘密も話せて肩の荷が下りた気がする。安心したせいか、レティシアは強い眠気に襲われた。
♢♢♢
人の話し声でレティシアは目を覚ました。
「まずいな。噂になったら」
「なんとかごまかしますか?」
なんだろうと思い身を起こす。森の緑と焚火が目に入った。そしてその先にベヒモス。
レティシアはびくりとする。自分がどこにいるのか思い出した。
「目が覚めたか。そろそろ出発するぞ」
リーンハルトの声に顔を上げる。別段いつも通りで怒っている感じはなく、その青く澄んだ瞳には軽蔑の色もない。しかしその横にはアランがいた。
アランもレティシアと同じでリーンハルトの不在を知るや否や営舎を飛び出したらしい。夜明けにやって来たと聞いた。
その後、軽く朝食を済ませて三人は出発する。
結局リーンハルトは杖をつき、足場の悪いところではアランが支えた。レティシアはいらなかったようだ。二人ともレティシアの荷物も持つと言ったが、それは固辞した。こんなところで紳士な態度をとられても困る。
それどころかかえって迷惑をかけてしまったかも……。
「はあ、何のために来たんだか。しかも寝ちゃったし」
思えばいつも空回り、情けなくなってポツリと小さく呟く。
「レティシア、疲れたなら休むが? お前は森のなかでの移動に慣れていないだろ」
気づかわしげに義弟がレティシアの顔を覗き込む。けが人に心配されてしまった。とにかく彼らの足手まといにならないようにしよう。
「ううん、大丈夫。急いだ方がいいよね」
レティシアはできうる限り早く歩いた。
♢♢♢
営舎につくと三人とも聞き取り調査を受けた。アランとレティシアは厳重注意をうけた。
しかし、違反一つしていないし、一人でもどうにかできたであろうリーンハルトが一番叱られてしまった。
彼はきちんとケガをしたときの手順通りに結界をはり野営して、朝に営舎に帰ろうとしていた。規律違反は何もない。
だが、年は一番年下だが彼は正式な魔法師だ。レティシアやアランのように見習いではない。階級は三人のなかでは一番上だったため罰を受けることになった。レティシアはその理不尽さに泣きそうになる。
「なんで、私が悪いのに義弟が罰を受けるの?」
「仕方ないさ。ここは軍隊だからね」
聞き取りが行われた部屋から出るとロベルトに声をかけられた。
「理不尽です」
「まあ、リーンハルトは見習いではなく魔法師だし、彼の活躍を面白く思わない者もいるからね。今回のことも抜け駆けのように言う輩もいてさ」
「そんな……皆仲間じゃないですか」
レティシアはショックだった。命懸けで戦っているのに、そんな事のために彼は罰を受けるのかと。
「ここで点数を稼ぎたい奴もいるんだよ。出世したいとか懲罰人事できている奴らとかもいるから。だから、いろいろとあるんだ。今回はバランスを考えて彼が罰を受けることになったんだろう」
とロベルトが気の毒そうに言う。
結局リーンハルトは営舎のトイレ掃除を三日ほどさせられることになった。貴族の子弟がトイレ掃除など。彼は討伐隊に入るまで洗濯すらしたことがない。
一番軽い罰だと聞いたが、リーンハルトを思うといたたまれない。早速手伝いに向かうと、当然のようにアランも手伝っていた。
「リーンハルト、ごめんね。私も手伝うから」
レティシアが早速申し出ると、
「うるさい。男子トイレだ。近づくな」
と追い払われた。
食堂で落ち込んでいると、昼休憩にエレインが来た。
「レティシア、無事でよかったわ。ほんと時々無謀なことをするよね。というか、あなたすごい胆力ね。弟さんが心配で夜の森に入るなんて」
と言ってエレインが目を丸くし、レティシアはしゅんと肩を落とす。
「あの時はまだ夕方だったの。でも、かえってリーンハルトに迷惑かけてしまったわ。私ったら、姉なのに」
「そんなことないって、大丈夫よ。きっとあなたが来てくれて嬉しかったはずよ。それにリーンハルト様、随分お手柄だったみたいじゃない」
「え、お手柄って?」
レティシアは目を瞬く。彼はいま罰を受けているはずだ。
「大物のベヒモスを一人で仕留めたのよ。勲章ものらしいわ」
「ほんと!」
それならば嬉しい。リーンハルトは「普通だ」などと言っていた。やはりすごい事だったのだ。彼はときどきしょうもない謙遜をする。
「そうよ。あそこでリーンハルト様が仕留めてなければ、近くの村が壊滅的な被害を受けていたかもしれないのよ。罰は受けても手柄には変わりないから大丈夫」
「そうだったの……」
リーンハルトは村を守るために無理をして、いつもはしないケガをしたのだ。彼は変わらない。迷いなく人のために最善を尽くす。でもレティシアにはその潔さが怖い。
戦場にいたら、いつか命を落としてしまうかも知れない。
「あ、それでさあ。不躾なことを聞いて申し訳ないのだけれど、リーンハルト様とあなたって、義姉弟なの?」
「え? そうだけれど、知らなかったの? 結構有名なのに」
きょとんとする。エレインがそれを知らないとは思わなかった。
「なんだ、もっと早く聞けばよかった。隠していたわけではないのね。私、社交とか好きじゃなくてしていなかったから、噂に疎いの。そうじゃないかなって思ってはいたけれど聞きにくいし。
それでね。なんでこんなこと言ったのかというと、レティシアとリーンハルト様のこと噂になってる」
「何が?」
「えーと、一晩一緒にいたって。何か過ちがあったんじゃないかと……」
「は? なんで? リーンハルトは弟だし、アラン様もいたし」
「いや、あの結構前から随分仲いいねって噂になっていたんだけれど。あなたの耳に入れていいのかどうか迷っちゃって」
それを聞いたレティシアが真っ青になる。
「そんな! リーンハルトはまだ婚約者も決まっていないのに。どうしよう、私のせいでリーンハルトが縁遠くなってしまうわ!」
エレインが零れんばかりに目を見開く。
「え? 嘘。弟さんの心配? いやいや、女性の方がダメージ大きいでしょ! まず自分の心配しなって」




