52 帰還
「レティシア、お帰りなさい」
馬車から降りると義母オデットに抱きしめられた。
光魔法師は後方支援だから、大丈夫だと手紙にも書いていたが心配していたようだ。
「ご心配おかけしてすみません。お義母様」
なんだか本当の母みたいだ。自分には二人の母がいる。レティシアはそれを幸せに思った。隣では義父のオスカーがリーンハルトの無事を喜び労っている。二人は両親に温かく迎え入れられた。
そしてミザリーもリーンハルトに抱きつく。
「良かった。リーン、ずっと心配だったの」
「大丈夫だよ。なかなかやりがいがあった」
そんなふうに二人が話す声が聞こえる。そして意外だったのが、ミザリーがレティシアにも抱きついてきたという事。
一瞬刺されるのかと思ってどきりとした。
「レティシア、あなたの勇気をたたえるわ」
驚いた。彼女がそんなことを言うとは思ってもみなかった。
「ミザリーはあなたを心配していたのよ」
義母も言う。ミザリーの演技なのだろうか?
しかし、その後もう一度ぎゅっとミザリーに抱きしめられる。
「残念、どうして無事だったの?」
耳元で囁かれ、驚いて体をはなしミザリーを見る。
「ふふふ、冗談よ。これからはもっと仲良くしましょうね。あなた功労者で表彰されるんでしょ? 偉くなって帰ってきて私も鼻が高いわ」
彼女は天使のような清らかな笑みを浮かべた。
久しぶりに帰って来たのに少しうんざりする。延長して残留した方がよかったかもしれない。延長しようかとリーンハルトに告げると、彼が「じゃあ。俺も残る」と言ったので諦めた。
帰還したその日は疲れているだろうからと自室で食事をし、次の日家族そろっての晩餐となった。
場は和やかでレティシアの出発前と変わらない。一つ違うのはレティシアとリーンハルトが話すようになったこと。
オスカーもオデットも以前より仲良くなった二人を喜んだ。表面上はミザリーも。しかし、時折ぞっとするような視線を向けられる。
サロンで茶を飲んでいるとリーンハルトがやって来た。
彼がレティシアの横にかける。
「レティシア、来週の慰労会出るんだろう」
名前こそ慰労会だが、王宮で行われる公式なパーティだ。
「うん、そういえばリーンハルトは叙勲するんだっけ? あのベヒモスやっつけたので?」
「それもあるらしいけれど、最多討伐らしい」
「え、そうなの? すごい!」
レティシアが目を見張る。
「いや、たまたまだよ」
「危ない真似はしない。なんていってたのに真っ先につっこんでいっていたんでしょ?」
疑わしそうに義弟を見る。
「そんなことはない。それより騎士団に誘われている」
「行くつもりなの?」
少し不安になる。責任感の強い彼はきっと命懸けで任務を遂行するだろう。それは討伐隊で嫌というほど見せられた。今この国は戦争していないが、国境近くでの小競り合いや断続的に魔獣狩りもあるし心配だ。
「アランは行くと決めている」
「あなたはどうするの? 学園の方からもお誘いが来ているんでしょ?」
彼は学園の専科からぜひ来てほしいと言われている。そして首席で卒業した者はたいてい学者の道へ行く。しかし、彼の場合どちらにしろ家督を継いだら片手間になるか、やめなければならない。
「いや、その前にレティシアがどうするのかと思って」
「私は関係ないじゃない」
「じゃあ、俺が騎士団や魔法師団に行くと言ってもついてこない?」
「……」
ついて行くにきまっている。彼が騎士団に入るなら騎士団付きになるつもりだ。魔法師団になって入ってしまったらどうしよう。取り合えずどうにかついて行く。
「じゃあ、やめとく」
レティシアの考えを読んだように言う。
「ちょっと待ってよ! それおかしいでしょ? 私がどうするかで将来決めるなんてどうかしてるわ」
彼の将来を捻じ曲げたくない。
「危ないとか言って反対はしないの?」
そう言ってリーンハルトがまっすぐにレティシアを見る。
「あなたがやりたいことを止める権利は私にはないわ」
レティシアがきっぱりと言う。
「だから俺にもとめるなってこと?」
返答に困る。これはついて行かないと言っておいた方がいいのだろうか。
「私は一年間学園が残っているからちゃんと卒業する。将来を考えるのはそれから」
「わかった」
「リーンハルトはどうするの?」
「実は迷ってる」
それを聞いて目を丸くする。意外だった。
「リーンハルトでも迷うことがあるのね」
「当たり前だ。俺を何だと思っているんだ」
「それは完璧な義弟だと思っているわよ」
するとリーンハルトが嫌そうな顔をする。
「どこがだよ」
「だって、何でも出来るじゃない?」
「なんでもできるのと人間性は別だろう。人として劣っていれば、それは完璧ではない」
リーンハルトが真面目腐って答える。
「なんだか理屈っぽくてよくわからないわ。でも、それならやっぱりあなたは完璧よ」
「やめろ!」
そう言って真っ赤になると去って行ってしまった。なにか彼の気に障るようなことを言ったのかとレティシアは首をひねる。
営舎でも彼が顔を赤くして去って行くことがよくあった。レティシアは知らず知らずに彼が嫌がることを言ってしまうのだろう。少ししゅんとなる。
すると後ろから軽やかな笑い声が聞こえた。振り返ると義母のオデットだ。
「レティシア、あなたってほんとに」
といってまた笑いだす。レティシアは真っ赤になった。
「私、何かおかしなこと言いました?」
最近自分が少しずれているという自覚がある。営舎にいてそれがよくわかった。
今度はリーンハルトの座っていたところにオデットが腰を下ろす。
「いいえ、そんなことないわ。笑ったりしてごめんなさい。何にしてもあなたが帰ってきて家のなかが明るくなったわ」
「そうなんですか? ミザリーがいるじゃないですか」
皮肉ではなく本音だ。社交的なミザリーは明るく華やかだ。彼女にはその場を明るくする才能がある。レティシアは家族そろっての食事でもミザリーやオデットのように人が興味を持つような楽しい話題を提供することはない。
「ミザリーはミザリー、あなたはあなたよ。家族は誰かが一人欠けてもダメなの」
オデットのその言葉はレティシアの心を打つ。
「ごめんなさい。お義母様、私、我がままを言って討伐隊にはいったりして」
「いいのよ。レティシア、リーンハルトを守ってくれてありがとう」
その言葉に驚いた。
「まさか。私は何もしていません。むしろリーンハルトに迷惑ばかり」
「それでもよ。あなたの存在は心の支えになったはず。照れ屋で素直じゃないのよ。本当はとても嬉しいはず。そういう年頃だから、もう少し待ってあげて」
そう言って義母が微笑む。
「はい」
オデットがそういうのならば、待ってみよう。しかし、彼は変わらない気がするが。それともいつの間にか大人になってしまうのだろうか。
「討伐では心身ともに疲弊して帰ってくる者も多いと聞くわ。一心に自分を信じ思ってくれる存在って存外大きいものなのよ。その人の為に絶対に生きて帰ろうと思うから。
何にしても、あなた達の元気な顔が見られてよかった」
義母のいう事がじわりじわりと胸にしみわたる。
今まで自分一人が頑張って、自分一人で生きている気になっていた。
だが、義父母が引き取ってこうして育ててくれなければ、レティシアは孤児院から出たあと身売りして十四、五歳で死んでいただろう。
自分の傲慢さを反省した。
その夜、レティシアはミザリーの部屋を訪れた。話がしたいと思ったからだ。
しかし、出てきたのはニーナで、いまは疲れているからと断られた。折角対話する勇気が出たのに……。
多分どれほど言葉を重ねても彼女から本音を引き出すことは出来ないのだろう。
そういえば、ニーナは毎回ミザリーと行動を共にしている。彼女達二人を引き離せば、自分の運命も何か変わるのかなとふと思った。
でもきっと、今から何かをやるには遅すぎる。そんな気がした。




