第10話:西方将軍はトリップする
帝都は50万人もの住民が住む、帝国の首都たるに相応しい活気溢れる都市である。
帝都の中心には皇帝が住まうとともに政務を執り行う帝宮があり、帝宮の隣には、帝国の行政を担う各省庁の庁舎が集まる官庁街が存在していた。
この2つを中心として、外縁に軍や政府の役職に付いている者達が住む住居、通称「役職付居住区」があり、更にその外縁に帝都住民が住む住居、通称「臣民居住区」が広がっていた。
そして居住区から帝都外壁の間には、商業区や工業区、軍の施設などが存在しており、その中の一つである工業区には、職人ギルドも存在し、区域内には大小様々な工房が立ち並んでいた。
その工業区の一区画に、広大なスペースを有する施設があった。
それは、産業省直轄の工房であり、現在その工房内で最も広い作業場には、産業省に所属する職人だけでなく、軍に所属する工兵や職人ギルドに所属している職人達も集められていた。
集められた職人達には、不安げな表情が浮かんでいた。
それは、朝から軍の兵士や護民兵、役所の職員達が慌ただしく動き回っていることに気付き、何か起こったのかと思っているところに、帝国が異世界に転移し、現在政府で対応しているとの政府からの布告が、役所の職員や護民兵により帝都の至るところで張り出されたのを見たからであった。
そして、そんな不安な気持ちでいたところに、産業省からの命令で集められたのであるから、不安げな表情を浮かべるのも当然の状況であった。
集められた者達は、不安な気持ちを落ち着かせるためか、周りにいる者とお互いの情報を交換するように話しており、作業場にはガヤガヤとしたざわめきが満ちていた。
そんな中、作業場の正面入口の対面にある舞台のように横に広い形状をした監督台に、長い銀髪に褐色の肌をした美しいダークエルフが姿を現した。
作業場に集まった者達は、そのダークエルフの女性を見て、周りの者達と喋るのを辞め、作業場は先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返る。
ダークルフの女性は、西方将軍のリシアナであり、彼女は将軍職以外に産業省の長官も務めているので、職人や工兵で、彼女を知らぬ者はいなかった。
「皆さん、今日は急な呼び出しに応じていただきありがとうございます」
リシアナはそう言って頭を下げた。
「政府から布告があったとおり、現在帝国は、アストラル大陸から別の世界の大陸に転移してまったようです。しかし、建物ごと転移したのは私たちが住んでいる帝都だけのようです。帝都以外の都市や村に住んでいた臣民達は、着の身着のままの状態で、帝都の城壁の外縁部にいて、避難民となっている状態です」
そう言った後、リシアナは一旦言葉を切る。そして次の瞬間、冷静な口調から一転、高揚した口調で話し始めた。
「避難民たちの寝る場所を確保するため、タクミ様は私に、この私に!天幕の作成を依頼されました」
リシアナは、さながらオペラ歌手のように大仰な身振りをして興奮を隠すことなく話し続ける。
「タクミ様は「リシアナさん、これはあなたにしかできないことなんです」と言って、私の手を両手で握りしめて、私の瞳を見つめたまま、熱くそう依頼されました!これは、私に対するタクミ様の深い信頼、いえ、愛です!愛に違いありません!海より深いタクミ様の愛が、困難な任務ですが私ならきっとできると信じさせ、私に依頼される原因となったのです。ああ、タクミ様、貴方のためなら私は・・・」
両手を胸の前で握りしめ、感極まったように天井を見上げるリシアナ。
その時、監督台のそでの方から、工兵の制服を着たリシアナと同じダークエルフの少年がリシアナのところへやってきて、リシアナの肩を軽く叩く。
「姉さん、感極まっているところ悪いんだけど、集まった人達に早く仕事を割り振ってあげないと、タクミさんから依頼された作業が遅れちゃいますよ」
「は!そうでした。ありがとう、セシル」
「どういたしまして」
そういって肩をすくめるセシルは、リシアナの弟であり、リシアナの副官として匠絡みとなるといつも暴走するリシアナのフォロー役をしている苦労性の少年であった。
監督台で繰り広げられる姉弟のやり取りを見ている職人と工兵達の視線には、いつものことかといった呆れた視線があり、このようなやり取りが頻繁に行わることは、既に周知の事実であることがうかがえる。
リシアナは、そのような視線に気づくこともなく、話を本題に戻す。
「というわけで、皆さんにはこれから避難民のための天幕を作成していただきます。数ですが、190万人を収容しなければなりませんから、一つの天幕に約20人は入れるとして、10万個は必要になります。これを1週間で揃える予定です」
10万個を1週間でという言葉にどよめく職人達。その動揺を見てとったリシアナは話を続ける。
「心配はありません。今回は非常事態ですから、出し惜しみなしで私の全力を出します」
そう言ってリシアナは腰に吊るしてした鍛冶仕事に使う大きさのハンマーを右手に持って掲げる。
そのハンマーは、鍛冶仕事に使うにはいささか装飾が多く、一見して何か曰くがありげなハンマーであり、それを見た職人と工兵達の目に納得の色が浮かぶ。
「タクミ様より賜りし霊器よ。私と、私とともに歩む作り手に鍛冶神の寵愛を!」
リシアナがそう言った瞬間、リシアナが持っているハンマーが銀色の眩い光を放つ。眩い光が放たれると同時に、リシアナとその場にいる職人と工兵達の体が薄っすらと銀色の輝きに包まれる。
「さあ、これで皆さんには、作業スピードから集中力、注意力に至るまで物を作るのに必要なあらゆる能力が大幅に強化されました。後、無尽蔵のエネルギーが供給されますので、睡眠も食事もとらなくても全く苦になりません。むしろ休まずに物を作れることに喜びを感じるでしょう。恩寵の効果が切れそうになったらまた恩寵をかけますので心配なく作業に打ち込んでください。勿論、頑張ってもらう分報酬は弾みます。さあ、始めましょう!」
リシアナの号令に、自らの内側から湧き出る力に押されるように「おお!!」と応える職人と工兵達。
そして、彼らはすぐさま作業場の一画に積まれている天幕の材料目がけて突進していく。
リシアナは、その様子を満足そうに見た後、隣にいるセシルの方を向く。
「さあ、私たちもタクミ様のために頑張りますよ」
そう言うリシアナに、はいはいとばかりに苦笑しながらセシルは頷くのであった。




