【第115話 導きと出撃】
艦内は、広すぎた。
白い通路が何本も枝分かれし、
同じ扉が同じ高さで並び、
同じ照明が同じ間隔で点滅する。
迷わせるための構造ではない。
――迷うことを前提にした構造だ。
ここは“都市”だ。
兵器の皮を被った都市。
そして都市は侵入者を飲み込む。
◇ ◇ ◇
オズマは歩く速度を一定に保った。
速すぎれば足音が増える。
遅すぎれば巡回に追いつかれる。
中途半端が死ぬ。
だから、一定。
「……ミラ」
オズマが小さく呼ぶ。
ミラは頷くが、言葉は出さない。
さっきから、彼女は何度も“立ち止まりかける”。
耳を澄ませているのではない。
聞こえているものに、応えている。
それは――声になっていない声。
◇ ◇ ◇
フォティはその横で、拳を握ったままだった。
自分の手の中にあるものを、
思い出してしまったから。
災害になり得る光。
それでも今は“人でいる”と決めた光。
この艦の白さは、フォティの光を刺激する。
白は、増幅する。
白は、誤魔化せない。
白は、嘘を許さない。
◇ ◇ ◇
ミラが、ふっと目線を上げた。
通路の先。
照明が一つ、点く。
次が点く。
さらに奥が点く。
避難誘導灯のように、
進む方向だけが浮かび上がる。
「……こっち」
ミラが小さく言った。
それは確信ではない。
感覚だ。
でも、ここでは感覚が地図より強い。
◇ ◇ ◇
「誰が……?」
フォティが尋ねる。
ミラは少し迷ってから答えた。
「……セナの、おともだち」
言葉が、まだうまく噛み合わない。
だが、その一言だけで十分だった。
オズマは理解する。
この艦の中枢に、“人ではない意志”がある。
それが味方か敵かは分からない。
だが少なくとも――今は殺していない。
◇ ◇ ◇
監視眼が天井にある。
視界に入る角度で歩く。
映るはずだ。
だが、警報は鳴らない。
赤灯も回らない。
巡回の足取りも乱れない。
「……妙だな」
オズマが呟く。
「見られているのに、止められない」
「止められないんじゃない」
ミラが小さく言った。
「……止めてる」
誰が、とは言わない。
言えない。
言うと壊れる気がした。
◇ ◇ ◇
通路が折れる。
階層が変わる。
冷たい風が流れる。
そして、匂いが変わる。
消毒の匂いが濃くなる。
“白い匂い”が濃くなる。
フォティの喉が鳴った。
嫌な匂いだ。
優しい顔をした匂いだ。
救済を名乗る匂いだ。
◇ ◇ ◇
ミラは足を止め、壁に触れた。
その瞬間だけ、照明が一拍遅れて点く。
まるで――返事。
「……ありがとう」
ミラが、誰にともなく呟いた。
オズマは、その言葉の重さを理解した。
ミラは教団の常識から脱け出したばかりだ。
それでも今、教団の“内側”にいる。
ここで折れれば、戻れない。
だから彼女は、誰かの導きを受け入れて歩いている。
自分の足で。
◇ ◇ ◇
遠くで、艦が軋んだ。
外殻が鳴った。
杭が噛み合う音。
ノーグレイブが、まだ刺さっている証拠。
「……バルド」
フォティが小さく言う。
それだけで、三人とも背筋が伸びる。
外が守られている。
守られているから、ここを歩ける。
守られているから、ルコールが戦えている。
守られているから――まだ、間に合う。
◇ ◇ ◇
そして、次の照明が点いた。
今度は、これまでより強い。
白い光が、通路の床に線を引く。
進め、と言っている。
急げ、と言っている。
オズマが眉を寄せる。
「……時間が縮んでる」
導きが焦れている。
それはつまり――
内側で何かが動き始めた。
◇ ◇ ◇
*
◇ ◇ ◇
外。
雲の腹。
コフィン・クローラーは、すでに“点検艇”ではなかった。
軽い機体。
過敏な応答。
二門の機銃。
収束射撃。
撃った後は冷えるまで待つ。
その隙は、腕で埋める。
撃てない時間を、生き残る技量で繋ぐ。
撃てる瞬間を、自分で作る。
バルドの“腕”を前提にした兵器。
◇ ◇ ◇
防衛艦隊は、もう残っていない。
落とされた。
焼かれた。
雲の中へ沈んだ。
爆炎は少ない。
バルドは派手に壊さない。
飛べなくする。
空でそれは、死と同義だ。
◇ ◇ ◇
「……これで、終わり?」
バルドが誰にともなく呟く。
終わりではないと、分かっている。
艦が“都市”なら、
防衛は外周だけじゃない。
その上に立つ意志がいる。
盤面を締める手がいる。
そして、その手は――
いつだって最後に自分で出てくる。
◇ ◇ ◇
雲が裂けた。
羽ばたきはない。
推進光もない。
それでも“それ”は飛んでいる。
空が支えているのではない。
“それ”が空を掴んでいる。
白い霧の中に、
赤銅の瞳が灯る。
血管が、赤銅に発光する。
輪郭が、人間のままではない。
――単身飛翔。
クロウ。
戦争屋。
将軍。
◇ ◇ ◇
バルドの手が、操縦桿を強く握った。
汗はない。
だが、指先の温度が下がる。
「……なるほどな」
声が低く落ちる。
「人として残ってたのは、ガワだけか」
一拍。
「いつから人じゃなかったんだろうな、戦争屋」
吐き捨てるでもなく、
笑いにもできない調子で言う。
それは苦言だ。
同時に――確認だった。
こいつはもう、
“同じ土俵の人間”じゃない。
なら、遠慮は要らない。
◇ ◇ ◇
クロウは名乗らない。
名乗らない圧だけが、名を与える。
この空域の“運用者”。
この艦の“戦争”。
そう理解させる密度がそこにある。
◇ ◇ ◇
バルドは、クロウを見て――思い出す。
あの戦場。
味方の隊列。
撤退路。
生還率を上げると信じた作戦。
だが、実際は違った。
撤退路は“細く”作られ、
そこへ味方が押し込まれ、
上から火が落ちた。
死地だった。
死に方が、作られていた。
戦場は偶然ではなく、設計だった。
――クロウの設計。
◇ ◇ ◇
バルドは笑った。
笑うしかない。
「仇ってのはさ」
一拍。
「ずいぶん後から来やがる」
◇ ◇ ◇
クロウが近づく。
速度が、一定ではない。
風に乗らない。
ブレーキもない。
“止まれない”速度。
戦争屋が、空そのものになって襲いかかってくる。
◇ ◇ ◇
バルドは照準を合わせない。
合わせるのは後だ。
まず、距離を作る。
角度を作る。
撃てる瞬間を作る。
そして――
撃てない時間を生き残る。
それが腕だ。
◇ ◇ ◇
「……来いよ、将軍」
バルドが低く言った。
呼称は皮肉だ。
敬意じゃない。
ここは戦場だ。
敬意は、落とした後に拾えばいい。
「棺桶から這い出る物はな」
一拍。
「棺桶を守るために飛ぶんだ」
◇ ◇ ◇
クロウの赤銅が、わずかに揺れた。
笑ったのかもしれない。
怒ったのかもしれない。
感情は薄い。
だが“戦争”だけは濃い。
◇ ◇ ◇
雲の腹で、
二匹の獣が向かい合う。
内側では、三人が導かれている。
そして、その先には――
迎えるしかない光が待っている。
ルコールが、その場所へ辿り着く直前で。
(第115話 了)
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勤労に感謝を。働き続けた男の、転生スローライフ
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