表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強のハンター、神の光を拾う。〜滅びゆく世界で俺はもう一度守りたい〜  作者: 蛮ニル
終章 神の光を拾う者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

113/117

【第113話 切断の答え】

挿絵(By みてみん)

 白い部屋は、まだ白かった。


 だが今は、白の意味が違う。


 汚れを隠す白ではない。

 血が目立つ白だ。


 そして――

 “血ではないもの”が、なおさら目立つ白だ。


◇ ◇ ◇


挿絵(By みてみん)


 床に落ちたそれは、腕だった。


 ラドクリフの左腕。


 人間の腕の形をしていない。


 黒い筋と白い筋が混ざった生体素材。

 骨格は柔らかく、関節は節を忘れ、

 爪は黒く、鋭い。


 切り落とされたのに――

 指が、ゆっくりと掴む動作を続けていた。


 痙攣ではない。

 反射でもない。


 “動こうとしている”。


 部品が、元に戻ろうとしている。


◇ ◇ ◇


 ルコールは一瞬だけ、呼吸を忘れた。


 切った。


 確かに切った。


 それなのに終わらない。


 殺しの常識が、ここでは通じない。


 ――人間の常識が、通じない。


◇ ◇ ◇


「……いいね」


 ラドクリフが、薄く笑う。


 声は掠れているのに、

 顔の表情は崩れていない。


「君は、やっぱり上手い」


「“殺さないために切る”」


 一拍。


「美しい判断だ」


 褒め言葉の形をした毒。


 だが、今はそれに反応しない。


 狩人は、獲物の言葉を拾わない。


◇ ◇ ◇


 切り落とされた腕が、床を這う。


 白い床に黒い軌跡を残しながら、

 ゆっくりと、ラドクリフの足元へ戻っていく。


 ルコールは踏み潰さない。


 踏み潰せば壊せる。


 だが、壊した瞬間に何が起きるか分からない。


 この男が“鍵”である以上、

 余計な破壊はセナへ繋がる。


 繋がるものを、今は壊せない。


◇ ◇ ◇


 ラドクリフは床を見下ろし、淡々と言った。


「優しいね、軍曹」


 優しい。


 その言葉が一番汚れている。


 優しさではない。


 必要だから、殺さない。


 必要だから、壊さない。


 必要だから――奪う。


◇ ◇ ◇


 ルコールは、腕ではなく――自分の手を見た。


 血が滲んでいる。


 さっきの爪が掠めた。


 痛みは慣れている。


 だが、胸の奥の痛みは慣れていない。


 あの床を這う腕を見た瞬間、

 白い翼の残像が、勝手に浮かんだ。


 白金の瞳。

 融解する光。

 泣けない一滴。


 セナ。


◇ ◇ ◇


 理解する。


 頭ではなく、胃の底で。


 ――戻れない。


 戻すという道が、存在しない。


 “切っても終わらない”ものへ変わった存在を、

 元の人間へ戻す?


 それは、嘘だ。


 戻すという言葉は、

 ここではただの慰めになる。


◇ ◇ ◇


 ラドクリフが、わざと優しい声を出す。


「君が欲しい答えが、今、床を這ってるよ」


 一拍。


「彼女も、同じだ」


 ルコールは目を逸らさない。


 逸らせば、負ける。


 負ければ、セナが消える。


 そんな脅しに、もう慣れない。


 慣れたくない。


◇ ◇ ◇


 ルコールの口が動いた。


 自分でも驚くほど、静かな声。


「……戻せないんだな」


 誰に向けた言葉か分からない。


 ラドクリフへか。


 自分へか。


 それとも――セナへか。


◇ ◇ ◇


 ラドクリフは首を傾げた。


「戻す?」


 小さな笑い。


「何に?」


「栗色の髪に?」


「淡い水色の瞳に?」


 一拍。


「孤児院の“少女”に?」


 言葉が刃なのに、

 口調だけが丁寧なのが腹立たしい。


◇ ◇ ◇


 ルコールは言い返さない。


 言い返せない。


 床を這う腕が、もう答えだからだ。


 戻れない。


 戻る道はない。


 あるのは――


 迎える道だけ。


◇ ◇ ◇


「……なら」


 ルコールは息を吐く。


 短く。


「迎える」


 言葉が出た。


 勝手に出た。


 戻すでもない。

 取り戻すでもない。


 迎える。


 今のセナを。


 変わってしまった姿を。


 それでも、生きているセナを。


◇ ◇ ◇


 ラドクリフの笑みが、僅かに止まる。


 ほんの一瞬。


 だが、狩人には十分だ。


 この選択は相手の想定の外だ。


 “戻せないなら殺す”でもなく、

 “戻せないなら諦める”でもなく、


 戻れないものを迎える。


 それは、最も厄介な人間のしぶとさだ。


◇ ◇ ◇


 外殻が鳴った。


 杭が軋む音。


 時間が削れる音。


 盤面が締まる音。


 クロウが動く音。


 窓が閉じる音。


 ――外が長くは保たない。


◇ ◇ ◇


 ラドクリフの切断面が、薄く蠢く。


 筋が伸びる。


 導管のようなものが伸びる。


 床を這う腕と、断面が“繋がろう”とする。


 機械みたいに。

 生き物みたいに。


 その光景が、吐き気を呼ぶ。


 だが吐かない。


 吐けば、足が止まる。


 足を止めれば、セナが消える。


◇ ◇ ◇


 ルコールは足を動かした。


 今度は、迷いのない一歩。


 武器を振るうためじゃない。


 “捕まえる”ための一歩。


 ラドクリフの重心。

 次の踏み込み。

 逃げ道。

 回避の癖。


 観察。


 狩りの形。


◇ ◇ ◇


「……軍曹」


 ラドクリフが楽しそうに言う。


「迎える、か」


「いいよ」


 一拍。


「迎えればいい」


 そして、声が少しだけ冷える。


「迎えた瞬間に、君の中の“人間”が折れるかもしれない」


 言葉が嫌に正確だ。


 だから、ルコールは答える。


 短く。


「折れない」


 祈りではない。


 命令でもない。


 ただの宣言だ。


◇ ◇ ◇


 ラドクリフが笑った。


「なら――私を奪ってみろ」


 次の瞬間、

 空気が再び震える。


 あの速度が来る。


 あの爪が来る。


 だが今は違う。


 ルコールの中の判断が一つ減った。


 “戻せるかもしれない”という幻想が消えた。


 だから、狩りが純化する。


◇ ◇ ◇


 ルコールは武器を振らない。


 振れば斬れる。


 斬れば終わる。


 終わるのは――セナだ。


 だから、当てる。


 止める。


 奪う。


 掌底で、関節を潰す。

 外套で、視界を奪う。

 足で、軌道を塞ぐ。


 狩りの手順で、追い込む。


◇ ◇ ◇


 ラドクリフの爪が掠める。


 肩が裂ける。


 血が落ちる。


 白い床に赤が点になる。


 だが、ルコールの目は揺れない。


 揺れたのは、さっきで終わった。


 床を這う腕が、

 “戻れない”を教えた。


 その答えが、

 “迎える”になった。


◇ ◇ ◇


 ルコールは、ラドクリフの喉元へ手を伸ばす。


 殺すためではない。


 声を止めるためでもない。


 “鍵”を掴むためだ。


 生かしたまま、連れていく。


 鍵ごと。


◇ ◇ ◇


 ラドクリフの目が、嬉しそうに細まる。


「そうだ」


「そういう顔だ」


 一拍。


「それでこそ、軍曹だ」


◇ ◇ ◇


 ルコールは答えない。


 答えは行動で十分だ。


 迎える。


 そして、奪う。


 今のセナを迎えるために、

 この男を奪う。


 それが――狩人の新しい覚悟だ。


(第113話 了)


※他作品も連載中です。

勤労に感謝を。働き続けた男の、転生スローライフ

https://ncode.syosetu.com/n1113lt/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ