【第111話 棺桶から這い出る物】
ノーグレイブは、まだ刺さっていた。
浮遊要塞の外殻に杭のように噛みつき、
魔導炉を唸らせながら、機体姿勢だけを保っている。
抜けない。
抜かない。
今ここで杭が外れれば、
内側に入った三人の帰り道が消える。
扉は、まだ扉でいなければならなかった。
◇ ◇ ◇
だが、外は外で終わっていなかった。
雲の腹を回っていた防衛艦が、
こちらへ寄ってくる。
砲座が点く。
迎撃が戻る。
こちらへ向けて、
迷いのない線が揃い始める。
◇ ◇ ◇
「……来るか」
バルドが操縦席で低く呟く。
笑えない。
だが笑う。
笑わなければ手が震える。
震えれば、杭が揺れる。
揺れれば――中が死ぬ。
◇ ◇ ◇
計器が跳ねた。
外周三。
背後二。
寄ってくる速度が揃っている。
統制が取れている。
“外側”が戦場へ整えられていく。
――クロウの手並みだ。
直接見えなくても分かる。
盤面が、締まっていく。
◇ ◇ ◇
砲光が走る。
ノーグレイブの外殻を掠め、
装甲板が火花を散らす。
致命傷ではない。
だが、杭を揺らすには十分だ。
揺れが来る。
揺れが伝わる。
内側へ。
「チッ……」
バルドが舌打ちする。
「このままじゃ、杭が先に折れる」
◇ ◇ ◇
操縦桿を握る手に力が入る。
刺さったままの機体を動かせば、
裂け目が広がる。
裂け目が広がれば、
中で動く三人が巻き込まれる。
だから動かせない。
だから――外へ出る。
自分が外を掴む。
この扉を、あと数分だけ延命させる。
◇ ◇ ◇
バルドは操縦席を立った。
操縦桿から手を離す。
ノーグレイブは刺さったまま、
固定具と自重で姿勢を保つ。
完璧ではない。
だが、今はそれで十分だ。
十分でなければ――終わる。
◇ ◇ ◇
操縦席の背後。
壁面のハッチ。
“腹”に繋がる区画。
バルドは一瞬だけ振り返った。
そこには、最初から用意していたものがある。
点検用、などと呼ぶのは嘘だ。
点検で済む戦場など、この空にはない。
◇ ◇ ◇
ハッチを開ける。
油と鉄の匂い。
狭い格納スペース。
そこに収まっているのは、一人乗りの小型艇。
元は点検艇――
そう呼べるサイズと骨格をしている。
だが、バルドは最初から“点検”で済むとは思っていなかった。
杭を打てば、外は戦場になる。
扉を開ければ、誰かがそれを潰しに来る。
だから、用意した。
最初から――戦うために。
◇ ◇ ◇
腹の下には、二門の魔導機銃。
砲ではない。
主砲でもない。
“当て続ける”ための武器だ。
魔導炉の出力を細く分岐し、
圧縮した光を弾丸にして吐き出す。
連射。
短〜中距離。
当たれば装甲を焼く。
だが、それだけじゃない。
この機銃は――収束できる。
連射を止め、導管を閉じ、
出力を一点へ集める。
収束射撃。
一発で“抜く”ための弾。
ただし、撃った後は必ず冷えるまで待つ。
クールタイムが要る。
だからこそ――腕が要る。
撃てない時間を、
生き残る技量で繋ぐ。
バルドは最初から、そういう機体にしていた。
◇ ◇ ◇
バルドは機体に跨がり、短い操縦桿を握る。
「……名前がいるな」
一拍。
「棺桶から這い出る物」
自分で言って、鼻で笑う。
「呼びにくい? じゃあ略してクローラーだ」
魔導炉、点火。
小さな鼓動が走る。
ノーグレイブの“棺桶”から、
別の獣が這い出す準備が整った。
◇ ◇ ◇
外の砲光が近づく。
防衛艦は迷いがない。
狙いは杭。
狙いは扉。
狙いは――中の人間だ。
ならば、外で止める。
外で引きつける。
外で落とす。
◇ ◇ ◇
「――来いよ」
バルドが笑う。
笑いは軽い。
だが目は冷たい。
「ノーグレイブは棺桶じゃねぇ」
一拍。
「棺桶にしたいなら、まず俺を落とせ」
◇ ◇ ◇
ハッチが開く。
雲の腹の冷たい風が流れ込む。
遠くで砲光が散る。
防衛艦が距離を詰めている。
杭を折りに来ている。
扉を潰しに来ている。
◇ ◇ ◇
コフィン・クローラーが滑り出す。
小さな機体が雲の腹へ飛び出した。
ノーグレイブの影が背後に残る。
杭は、まだ刺さっている。
扉は、まだ生きている。
◇ ◇ ◇
防衛艦が砲口を向ける。
だが狙うべきはノーグレイブか、
飛び出した小型艇か。
一瞬、迷う。
その一瞬が――命取りだ。
◇ ◇ ◇
バルドは機体を傾けた。
鋭角に切り込む。
クローラーは軽い。
軽いからこそ、
風に流される。
風に流されるからこそ、
手で掴む。
操縦で掴む。
“落ちないための手”で掴む。
◇ ◇ ◇
「当てりゃ終わる」
一拍。
「当てるまでを、俺がやる」
◇ ◇ ◇
小型艇の推進が唸り、
雲の腹に、細い光の軌跡が走った。
杭の内側を守るために。
扉を守るために。
そして――
内側の狩人が“鍵”を奪う時間を作るために。
(第111話 了)
※他作品も連載中です。
勤労に感謝を。働き続けた男の、転生スローライフ
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