【第108話 杭の内側】
金属が、鳴っていた。
遠くで。
艦全体が軋む音ではない。
外殻の一部が、異物を受け入れた時の音。
――刺さった。
杭が打たれた。
ルコールは立ち止まらない。
耳が拾った瞬間に理解する。
ノーグレイブだ。
外が動いた。
こちらの時間が、繋がった。
◇ ◇ ◇
通路の照明が、一瞬だけ揺れる。
艦が咳をしたように。
警報は鳴り続けている。
だが鳴り方が変わった。
侵入警報ではない。
外殻損傷。
区画圧低下。
緊急遮断。
艦が“外側”の痛みを認識し始めている。
――つまり、艦の目が外へ向く。
今だけ、内側が薄くなる。
◇ ◇ ◇
ルコールは走らない。
息を殺したまま歩く。
走れば音が残る。
音が残れば人が寄る。
人が寄れば戦争になる。
今やるのは違う。
狩りだ。
◇ ◇ ◇
白い部屋の残像が、まだ瞼の裏にいる。
白い翼。
白金の瞳。
泣けない瞳の一滴。
思い出すな、と思っても無駄だ。
だから切り替える。
狩人の目に戻る。
鍵を奪う。
ドクターを確保する。
それしかない。
◇ ◇ ◇
扉を開けた。
中は空だった。
そして――空の主が現れた。
ノクターン。
名乗らない。
だが名が必要になる圧。
あいつは言った。
ドクターを探せ。
奪ってみろ。
その上で、セナがセナでいられるか。
余計な言葉だ。
だが刺さる。
刺さるから、捨てる。
狩人は余計な棘を抱えない。
◇ ◇ ◇
通路の角。
監視眼が一基。
死角に入り、呼吸を止める。
わざと一歩だけ踏み出す。
映ったはずだ。
だが、警報が増えない。
判定が遅い。
艦の目が外殻損傷へ奪われている。
今の“杭”が、こちらの隠密を助けている。
皮肉だ。
救うための破壊が、
救うための静けさを作っている。
◇ ◇ ◇
匂いを追う。
薬品。
消毒。
冷たい金属。
“人間を部品にする匂い”。
それが濃い方向へ。
階層をひとつ下げる。
昇降路は使わない。
使えば記録が残る。
代わりに整備梯子。
狭い。
だが、狩人には狭い方がいい。
◇ ◇ ◇
――気配。
曲がり角の先。
足音が二つ。
巡回。
ルコールは壁に張り付き、陰に溶ける。
通り過ぎるのを待つ。
殺さない。
今は殺せない。
殺せば警戒が上がる。
警戒が上がれば、
白い部屋が“次”へ進む。
そしてセラが揺れる。
艦が落ちる。
全部が繋がっている。
最悪の繋がり方で。
◇ ◇ ◇
巡回が通り過ぎる。
会話が聞こえる。
「外殻がやられたってさ」
「……衝突か?」
「分からん。とにかく上が騒いでる」
「クロウ将軍が来るってよ」
その名に、ルコールは驚かない。
――もう見ている。
白い部屋で。
観測者の声で。
“合図”の音で。
来るのではない。
最初から、ここにいる。
ただ――表へ出てくる速度が上がる。
それが厄介だ。
将軍が動けば、艦の動きは“整理”される。
巡回が整い、
遮断が始まり、
逃げ道が消える。
狩場が形を取る前に、
鍵へ辿り着かなければならない。
◇ ◇ ◇
ルコールは呼吸を整える。
急ぐな。
急ぐほど死ぬ。
だが遅ければ、奪えない。
狩人は急ぎ方を選ぶ。
足を速めるのではない。
迷いを削る。
選択肢を捨てる。
まっすぐ行く。
◇ ◇ ◇
照明が、遠くでひとつ点く。
次が点く。
次が点く。
誘導灯。
セラの残り火か、
艦の自動誘導か。
今は判断しない。
道があるなら使う。
罠なら踏み抜く。
踏み抜けないなら――ここまでだ。
◇ ◇ ◇
灯りの先に扉。
白い材質。
他より清潔を装う白。
医療区画の白。
研究区画の白。
“汚れを隠すための白”。
◇ ◇ ◇
扉の横に区画符号。
読めない。
だが音が違う。
中から機械の律動が響く。
冷却。
循環。
圧縮。
生命維持ではない。
実験だ。
◇ ◇ ◇
ルコールは取っ手に手を掛ける。
冷たい。
――ここにいる。
そう確信するには早い。
だが、痕跡は濃い。
狩人の直感が告げる。
この扉の先に、
“鍵”に近いものがある。
◇ ◇ ◇
外殻が、もう一度鳴った。
遠い。
だが確かに、杭が軋む音。
ノーグレイブが、まだ刺さっている。
時間が残っている。
窓は、まだ閉じていない。
◇ ◇ ◇
ルコールは扉を押す。
白い光が漏れる。
そして――
中は、さっきと違う匂いだった。
薬品の奥に。
甘い匂い。
腐った甘さ。
生き物を煮詰めた匂い。
ルコールの目が細くなる。
ドクターの匂いだ。
(第108話 了)
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勤労に感謝を。働き続けた男の、転生スローライフ
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