表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強のハンター、神の光を拾う。〜滅びゆく世界で俺はもう一度守りたい〜  作者: 蛮ニル
終章 神の光を拾う者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

107/112

【第107話 杭を打つ窓】

挿絵(By みてみん)

 雲の縁に張り付くように、ノーグレイブは速度を落としていた。


 突っ込まない。


 ――正面からは。


 それが、あの場で決めた条件だった。


◇ ◇ ◇


 巨大な積乱雲の向こうに、浮遊要塞がいる。


 “見えない”のではない。


 “見せない”ために、雲が置かれている。


 航路外。

 観測外。

 常識外。


 空の一部が、敵の領域になっている。


◇ ◇ ◇


 それでも、外周の一箇所だけ。


 空気が歪んでいた。


 熱波のような揺らぎ。


 ――合図。


 ルコールが作った穴。


 敵の目を引きつけるための、わずかな傷口。


 オズマは計器を見比べ、淡々と言う。


「反応、偏っている」


「向こうの視線が一箇所に寄った」


 判断が早い。


 だが声は硬い。


「……罠の可能性もある」


◇ ◇ ◇


 バルドは操縦桿を握り、機体姿勢を一定に保った。


「だから、突っ込まねぇ」


 低く言う。


「突っ込みたいがな」


 その一言に、冗談はない。


 “棺桶”を名乗った機体が、

 棺桶で終わるか、棺桶じゃないと証明するか。


 その境界に立っている。


◇ ◇ ◇


 フォティは格納区画の端で、窓の外を見ていた。


 白金の粒子は静かだ。


 だが、消えてはいない。


 いつでも出せる。


 それが怖い。


 同時に、守れるという確信もある。


 それがもっと怖い。


◇ ◇ ◇


 ミラは、いつもより静かだった。


 背筋を伸ばしているのに、

 目は遠い。


 雲の向こうを見ているようで、

 実際は“何か”を聞いている。


 そんな顔をしていた。


◇ ◇ ◇


 そのとき。


 ミラが、ふらりと立ち止まった。


 息が詰まる。


 胸の奥を、冷たい手で握られたみたいに。


「……ミラ?」


 フォティが反射的に袖を掴む。


 ミラは返事ができない。


 声が出ない。


 代わりに――


 頭の奥へ、幼い声が落ちた。


(……へい、たい……さん)


(……あぶない)


(……いま)


 言葉が途切れるたび、

 艦の灯りが、ほんの一瞬だけ揺らいだ。


◇ ◇ ◇


 オズマが気づく。


 計器の針がわずかに踊る。


「……艦が、揺れている」


 小さな揺れ。


 普通なら風と誤認する程度。


 だが、空の中で“均一に揺れる”のは不自然だ。


「……内側の振動だ」


 オズマは息を呑む。


「中枢が、出力配分を変えている」


◇ ◇ ◇


 ミラが、ようやく口を開いた。


「……るこーるが」


 一拍。


「……いま、ぴんち……」


 それだけ。


 それだけで、空気が変わった。


 バルドの目が変わる。


 迷いが消える。


 決断だけが残る。


◇ ◇ ◇


「……火器」


 ミラが続ける。


 言葉の選び方が、子どもだ。


 でも、内容は戦場だ。


「……とまってる」


 フォティが目を見開く。


「え……?」


 ミラは首を振る。


「……とめてる」


 言い直すように。


「いまだけ……」


◇ ◇ ◇


 オズマが即座に裏取りするように計器を見る。


 雲の縁の揺らぎ。


 観測波形。


 迎撃の反応。


 ――鈍い。


 完全停止ではない。


 だが、“正確に撃てる状態”ではない。


「……迎撃が遅れている」


 オズマの声が低くなる。


「誰かが外周火器への配分を切ってる」


 そして、ミラを見る。


「……“あの子”か?」


 名を出さない。


 名を出した瞬間に、

 それが現実になってしまう気がした。


 ミラは小さく首を振る。


「……セナ、じゃない」


 一拍。


「セナの……ともだち」


 それ以上は言えなかった。


 言えば、胸の奥の声が途切れてしまう気がした。


◇ ◇ ◇


 バルドが、低く言う。


「セナがぶち抜いたんだな」


 誰に向けた言葉でもない。


 ただ、現場の推測。


「変異の時に艦の中で暴れた」


「だから“守るため”に火器を止めた」


 一拍。


「止めた結果、今だけ穴が空いてる」


 救いが破壊を呼ぶ。


 救いが防衛を弱らせる。


 のをうの論理だ。


◇ ◇ ◇


 フォティの胸が痛む。


 セナの変異が、

 セナ自身の檻を強くするだけでなく、

 艦を痛めつけてもいる。


 誰も救われていない。


 なのに、ここに“窓”だけが生まれている。


◇ ◇ ◇


「……突入しないんじゃ」


 フォティが呟く。


 さっき決めた条件。


 バルドは操縦桿から目を離さず言った。


「正面からは、だ」


 一拍。


「今からやるのは正面じゃねぇ」


 操縦席の前方窓。


 雲の腹。


 ミラが示した場所。


 そして、火器が止まっている“傷口”。


◇ ◇ ◇


「……刺す」


 バルドが言う。


 笑わない。


 冗談の余地がない。


「この窓が閉じたら、次はねぇ」


「ルコールが中で死ぬ」


「セナが完成する」


「――だから刺す」


◇ ◇ ◇


 オズマが条件を出す。


 戦友の声だ。


「突入は“抜ける”な」


「刺して、止まれ」


「船体を貫通させるな」


「内部の爆発に巻き込まれれば、ルコールもセナも終わる」


 正論。


 だから怖い。


 だから必要だ。


◇ ◇ ◇


「了解だ、頭脳役」


 バルドは短く返す。


「棺桶じゃねぇところ――」


 一拍。


「今、見せる」


◇ ◇ ◇


 ノーグレイブの機体が微かに震えた。


 魔導炉が唸る。


 あの“ご機嫌”な心臓が、目を覚ます。


 推進圧が上がる。


 空気が後ろへ流れる。


 床板が細かく鳴る。


◇ ◇ ◇


 ミラがふらつく。


 フォティが支える。


 ミラの瞳はまだ遠い。


 声はもう届かない。


 セラは、余力を削ってここまで伝えた。


 これ以上の介入は――艦そのものを落とす。


◇ ◇ ◇


 バルドが、雲の腹へ機首を切った。


 雲が迫る。


 白い壁が機体を飲み込もうとする。


 視界が白で潰れる。


 計器の針だけが生きている。


「速度、維持」


 オズマが淡々と読み上げる。


「迎撃反応――鈍い」


 一拍。


「今なら、届く」


◇ ◇ ◇


 フォティは窓の外を睨む。


 もし砲撃が来れば、

 自分が相殺する。


 下に街がないのが救いだ。


 空は隔てるものがない。


 だから、力を解放しても被害はここだけだ。


 それでも――


 もう二度と、あの記憶を繰り返したくない。


 “人でいたい”。


 そのために、今は守る。


◇ ◇ ◇


 雲を抜けた瞬間、

 視界が開けた。


 浮遊要塞の外殻。


 ――傷がある。


 内側から裂けたような破断面。


 装甲の継ぎ目が歪み、

 応急補修の痕が走っている。


 セナが変異した時の爪痕。


 そして、火器が止まっている理由。


 守るために止めた。


 だから、外周が一瞬だけ弱い。


◇ ◇ ◇


「……そこだ」


 バルドの声が落ちる。


 操縦桿を押し込む。


 加速。


 圧。


 空気が裂ける。


◇ ◇ ◇


 迎撃が遅れている。


 砲座が動く。


 だが照準が合わない。


 “目”が鈍い。


 その一拍が、生死を分ける。


◇ ◇ ◇


「行くぞ」


 バルドが言う。


「墓標は空にねぇ」


 一拍。


「杭を打つだけだ!」


◇ ◇ ◇


挿絵(By みてみん)


 衝撃。


 世界が一瞬、止まる。


 鈍い音が腹の底に響く。


 ノーグレイブの船首が、

 要塞の破断面へ噛みつく。


 装甲が鳴る。


 金属が悲鳴を上げる。


 だが――砕けない。


 魔導出力式の心臓が衝撃を流す。


 循環する。


 耐える。


 止まる。


◇ ◇ ◇


 刺さった。


 抜けていない。


 貫通していない。


 “止まった”。


 オズマが即座に判断する。


「成功だ」


「突入路ができる」


 声が震えていないのが異様だった。


 震える暇がない。


 現実が速すぎる。


◇ ◇ ◇


 ミラが、かすれた声で言う。


「……るこーる……」


 祈りでも命令でもない。


 ただの願い。


 それが、艦内に落ちる。


◇ ◇ ◇


 フォティは手のひらを握りしめる。


 もう怖いと言える。


 怖いまま、動ける。


 それが人だ。


◇ ◇ ◇


 ノーグレイブは、

 要塞の傷口に杭のように刺さっている。


 棺桶じゃない。


 “扉”だ。


 だが――


 この扉の向こうには、

 救いがない。


 分かっている。


 それでも行く。


 行かなければ、終わる。


(第107話 了)

忙しいなりにがんばります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ