ただでは転ばない桜木 その97
「先生、白本さん、ちょっと退いて下さい」
「その娘は何もされていないはずですよ。さっき、ハチの毒針に塩ビパイプ被せておきましたから」
俺は、吉田さんと呼ばれている娘の側に行って、ブレザーのポケットから送信機を取り出して、スイッチを切った。
続いて、ブラウスの胸ポケットから、両面テープで貼られたコミュニケーターを回収した。
「ええ?」
「何を?」
俺の痴漢の冤罪は晴れたようだ。
「誰かが追跡して上げたら、最初の犠牲者だけで済んだのにね」
(いまの人権至上主義じゃ無理だろうね。こんな古典的な方法で済むのに)
「クラスで、全員の携帯のGPSをオンにしてるだけで済んだんだよ」
「え?」
(『え?』じゃねーよ)
俺は、蔵内と呼ばれていた娘の側に行き、医療用トリコーダを取り出す。
診察すると、血中に、何やら薬物が溶けているが俺には分からない。
ただ、魔法ができた時代には、もうハチの毒の存在が分かっていたんだ。だから、解毒の魔法が効くはずなのだ。
プシュ。
ハイポスプレーで解毒剤を撃つ。
続いて、急速再生の薬を撃つ。
細胞や血球が壊れて、肝臓や腎臓がやられているからだ。
そして、普通の回復剤を撃つ。
「何してるの?」
「ああ、解毒の魔法が作られた時には、スズメバチの被害があったはずだから、効果があるかなと思って」
「効果がないと、『ただし、スズメバチには無効』と書いてあると思うんだ」
「当たり前じゃない。効くわよ」
「うん、効果があったよ」
「あんた、バッカじゃないの? 蜂に効かないでどうするのよ」
蘇我さんまで話に入ってくる。
次々に倒れている四人を治療していると、魔法協会の人が話しかけて来た。
「いや、必要経費は実費負担と書いてあったけど、そんなにバンバンつかわなくてもいいんじゃない?」
「いやあ、安心して使えましたよ。燻煙剤って高いんですよね」
「いや、そっちじゃ無くて」
「貴方がバンバン打ってるその薬よ」
蘇我さんが勘違いを修正してくれた。
「え? 解毒剤は高いの? 薬草とセットで冒険者の基本セットじゃ」
「錬金術の授業で習ったでしょ。毒消しの薬草と魔晶石の粉を使って、作るのよ」
「魔晶石が必要だから、それでも相当高いけど、問題は、その再生の薬よ。おまけに急速のオプションまで付けて」
「売っていないのよ。そんな物、どこにも売っていないのよ」
「錬金術師の達人でも(lv8xスキル24/10=19.2)19倍の薬よ。20倍なんて有りえないの」
「普通は、薬作りなんて入門仕立ての小僧にさせるのよ。(lv2xスキル6/10=1.2)」
「それ、急速再生が600倍よ。(lv45xスキル135/10=607.5)そんな物ないの。理論値をはるかに超えているのよ」
「貴方がバンバン使った桜木君を見なさいよ。手足が燃えて無くなったのに、二日後には踊っていたのよ」
蘇我さんは桜木を指差している。
「ヒィ! 600倍?」
魔法協会の人が小さな悲鳴をあげた。
「値段が付けられないぐらい高額なのよ」
(なんで蘇我さんが切れてるんだよ。サザンが作った薬代は請求して無いじゃん)
「ああぁはは、こっちの薬代は請求しませんよ。燻煙剤と殺虫剤の方はお願いしますね」
「ああ、あはは、あはあは、……。」
魔法協会の人は、ゴクリと唾を飲ん
だ。
5人はちゃんと意識を取り戻した。
一人は、何もされていないはずだが、恐怖心は相当有っただろうけど。
蜂の巣の入り口を閉じるのに使った石は、後40時間で勝手に消えることを伝えた。
ユンボを運び入れるには、道を整備しないといけないので却下され、突入は明後日、石が消えてからになった。
石が無くなると、発電機と送風機を運び込むだけで済むからだ。
桜木が、関係者だから、俺たちも立ち会うと言って聞かない。
「なっ!」
こっちを向いて肩を叩いてくる。
「『なっ!』じゃねぇし」
明後日、二人で来る事になった。
山田先生と白本さんは、それぞれ、吉田さんと蔵内さんに付き添って病院に行った。俺達は、話を聞かせて欲しいと言われて、警察署に行く事になった。
夜遅くに、俺達は解放された。蘇我さんと桐崎、靏見さんは、夕方に解放されていたらしい。
警察で、トリコーダーのデーターを渡して、明後日の突入に備えてもらった。
入り口からは梯子で降りないといけないし、中は換気塔がないことも説明した。
釈放後、四人は、パトカーで警察署からの最寄駅に送っていただいた。
礼を言って降りたが、意味が分からん。学校の構内に警官がいたのに、お前達が何もしなかったのじゃ無いか。
事情聴取じゃなく、礼を言わないといけないのじゃないか?
四人で、遅い目の電車に揺られていた。
「お前、いつも凄いよな」
「ああ? 何言ってるの?」
「俺さぁ、今日、初めて蜂を倒したんだ」
「俺だって初めてだよ」
「昨日は、桐崎が切り捨てていたからな」
「それ、一昨日だよ」
「そうか」
「でな、お前ら、何時もこんな事してるのかと思ってさ」
「こんな事してる時はお前もいたじゃん。ってか、お前がいつも巻き込むんだよ」
「俺は巻き込んで無いよ。勝手に取材してるだけだよ」
「お前が絡むとえらい目にあうんだよ」
「俺居なくても同じじゃね?」
「そうかもね。俺も居なくても同じだわ」
「でな、お前らは凄いなと思ったんだよ」
「『お前ら』の中に、俺は入れないでくれ。俺には無理だ」
「一番、ノリノリじゃん」
「俺が前に立たないと、こいつが暴走するんだ」
「好きな娘の盾ぐらいにはならないとね」
隣に座っている瀬戸山さんが、肘で脇腹を押して来た。
「ああ、俺は盾になれるかな? 盾にはなっていないな。一瞬で即死だ」
「じゃあ、危険なところに行かないように引き止めろよ。二人で安全な所に居ればいいんだ」
「本当だな」
「普段から、木刀ぐらい振っとけよ。力がつくぞ」
「そっかぁ」
「ああ、ヤス、返すな」
「やるよ」
「良いのか?」
「多分」
「多分?」
「それ、お前が持ってても普通のヤスだから」
「俺じゃなかったら?」
「うーん、めちゃツヨ」
「なんだそれ?」
栃原先輩は、こちらを向いて笑っていた。
二日後、朝から現場に居た。
俺と桜木は、タクシーで近くまで来て、徒歩で山に入った。
俺は、桜木の荷物持ちだ。背中の背負子には、アルミケースにカメラや照明のバッテリーが入っている。
桜木が、「関係者だから中に入れろ」と交渉したのだ。
鑑識の後なら良いが、現場検証の邪魔はしない事を条件に許可が出た。
小さなエアータンクを背負って、ビニールのマスクを頭から被っている。
マスク自体は密閉はして居ないのだ。これで良いのだろうかと不安になる。
下水のマンホールの工事の時のように、送風機とオレンジの太いホースが穴の中に伸びている。脱出シューターのような太いトンネル状のホースだ。
一酸化酸素の濃度が下がったからと、現場への撮影の許可が下りた。
エアーボンベが小さいので、入って居られる時間は20分との事だった。
石が消えて、送風機を備え付けて、3時間後の事だった。
アルミ製の折りたたみ梯子を使って降りて行った。巣は、穴の中ですでに三段まで大きくなって居た。
この幼虫や卵が孵ると、もっと被害が大きくなって居ただろう。
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