追跡 その94
「チッ! バレてるよ」
「ウフフ」
瀬戸山さんが楽しそうに笑う。
「次は、ちょっと休憩」
俺は、自販機を指差す。
小銭を探して、財布の中を確認したが無いので、札を出そうとすると、瀬戸山さんが買ってくれた。
「奢ってあげる」
俺は微糖、桜木はブラック、瀬戸山さんと栃原先輩はグレープ炭酸無果汁だった。
「なんで付いて来るんだよ」
「事の顛末を撮影しなきゃいかんだろう」
(『いかんだろう』って、いかんことはないだろう)
「桐崎達が、1匹ぐらいは切り殺しただろう」
「おう、瞬殺だったよ」
「だろうな。あいつは強いから」
「だけど、車で追っ掛けても駄目だろう」
「どうせ俺たち、乗せて貰えないだろうしさ」
「好きにしろ」
俺はウェストポーチから、八木アンテナと受信機、ヘッドホンと紙の地図を取り出した。受信機は、昔の携帯電話かトランシーバーぐらいの大きさがある。
スズメバチに拉致された女子高生の上着のポケットに入れた物は、電波発信機なのだ。
アンテナとヘッドホンを受信機に繋ぎ、電源を入れる。
周波数は昨夜の内に合わせてある。
「瀬戸山さん、アンテナを送信機の方に向けると受信メーターが触れて音が出る」
「これを『メリットが大きい』、『メリットが小さい』と言うんだ」
「針が振れないと『ザーッ」って言う雑音だけ。メリットが小さいと『ピッ、ピッ、ピッ』って音がする。メリットが大きいと『ピピピピ、ピーーーー』って音になる」
「やって見て」
「メリット?」
「本当は、会話がちゃんと聞こえるかどうかだけど、受信状況にも使うんだ」
「???」
(どうやら、メリットの意味を知りたいわけじゃなさそうだった)
俺は、瀬戸山さんにヘッドホンをセットして、八木アンテナを持たせて、ぐるっと回転させる。
「どの方向が一番音が大きい?」
「こっち」
俺はスマホのコンパスアプリで方位を確認する。
「普通の地図は、コンパスが書いていないからね。でも、上が北なんだ」
「今は便利になってさ、スマホの北と地図の北を合わせて、スマホの側面に三角定規を合わせて、もう一個の三角定規でスライドさせると方位は決まる」
「相模川高校がここだから……」
シャーーッ。
俺は地図に線を引く。
「この線上の何処かにいるわけだ」
「行くぞ」
地図に引かれた線は西に伸びている。
俺は、ウェストポーチから箒を取り出して、リアシートをセットする。これは、バイクのスーパーカブのリアシートを箒に付けられるようにしたものだ。
栃原先輩も自分の箒を取り出して、桜木を後ろに乗せている。
(おいおい、箒が小さいんじゃないか? 体も密着しているし。羨ましいぞ)
ゆっくりと浮上すると、線を引いた方向と少しずれた方に向かって飛ぶ。
後ろで桜木の大騒ぎする悲鳴が聞こえている。
そう言えば、彼は空を飛ぶのは初めてだったか。以前に飛んでいなかったのか?
栃原先輩にしがみ付いて、上手い事やってるじゃないか、羨ましいぞ。
瀬戸山さんが持っている八木アンテナが、60度ぐらい開いて来た。
進行方向に対して、10時の方向を指しているのだ。
そろそろ、高い建物の上に一旦降りる。再度、位置確認をする為だ。
この辺りは、高い建物が減って来ている。3階建てのコーポの屋上が一番高そうなので、そこに降りる。
今度は、やや南への線になった。
「この、線の交じわる所にいるの? ですか?」
(瀬戸山さん、何故敬語?)
「そうとも限らない。ただ、後から引いた線の何処かにいると言う事だ」
「さあ、行くぞ!」
二本の線の交じわる所は、どうやら山の中腹だった。
同地点を、スマホのマップにマークして、箒に取り付ける。
飛行中、瀬戸山さんの電話が鳴った。彼女は、ヘッドホンをしているからか、気づいていないようだ。
次に、俺の携帯が鳴った。
飛行中なので無視する事にした。
瀬戸山さんが持っているアンテナは正面を向いたままだ。スズメバチに誘拐された女子学生は、移動はしていないのだろう。
瀬戸山さんが背後から、
「音が弱くなって、消えちゃった」と言って来た。
「地下に入ったんだよ」
と教えてあげたが、心配そうな声を出していた。
「オオスズメバチは地下に巣を作るんだ。きっと、その亜種なんだろうと思うよ」
電波は、基本、地中と水中を通らない。水中は苦労すると通るが、今使っているようなこんな周波数は通らない。超低周波に長いアンテナがいるのだ。
地中は、どうあがいても通らない。
だから、聞こえなくなったのだ。
マークした地点に到着したので、指で下を指して、到着した事を知らせる。この辺りを、ゆっくりと通過して飛び回る。
瀬戸山さんはアンテナを下に向けた。
「ああ、聞こえる。下にいるよ」
「聞こえなくなった」
極僅かな間しか聞こえてこない。
穴の奥に送信機が有り、蓋になっている土が薄い証拠だ。
その少し前、顧問の山田先生と桐崎たちは駐車場に居た。
山田先生が運転席に着いた。助手席は白本さん、後部座席右側が桐崎、中央が靏見さん、左側が蘇我さんが乗った。
他の先生も追いかけて来た生徒を乗せて飛び出して行った。パトカーもサイレンを鳴らして、二台とも急いで飛び出して行った。
しかし、高いビルに囲まれた街中で有る。空飛ぶ蜂なんてすぐに見失った。
散々、見失った辺りで、ウロウロと探し回っていた。
時間ばかり過ぎて、蜂との距離は広がるが、手の打ちようがなかった。
「おい、あれ!」
桐崎が先に見つけた。
二人乗りの箒が二本、西に向かって飛んでいたのだ。
「私、電話してみるね」
蘇我さんは、電話を取り出した。
「二人とも出ないみたい」
「先生、あいつらを追いかけて下さい」
「彼らは、どうして蜂の居場所がわかるんだ?」
「知りませんが、藤波だから」
「藤波だしね」
「以前は、「道の記憶」を使っていましたし、また、瀬戸山さんに何か頼んだんじゃ無いかな」
「そうかもね」
「私たちに黙って、置いてきぼりにするつもりなんだ」
蘇我さんは、独り言のように呟いた。
「いや、置いて来たのは俺たちだろう。学校で待っておけって言ったし」
「でも、追いかけられるなら、連絡ぐらいすればいいじゃ無い!」
「結果論だよ。俺達が、彼を勝手に置いて来たんだ」
靏見さんが桐崎の脇腹を肘で小突いた。
「ん?」
靏見さんは、黙って桐崎の顔を見て、首を横に振った。
車内で、そんな話をしていると、徐々に引き離されて、四人は見えなくなってしまった。
学校の近くほどじゃ無いが、やはり、空を飛ぶものは追いかけるのが難しいのだ。それを追いかけろと言われても、山田先生もすぐに見失ってしまった。
スズメバチを追いかける時も、長いこよりをスズメバチに付けて、目印に追いかけるのだ。2m程度の大きさでは、すぐに見失って当然だろう。
「ああ、分からなくなってしまった」
「電話にも出ないしなぁ」
「私、葉月の居場所なら分かるよ」
「え?」
「どうして?」
「私達、スマホの追跡アプリを入れてるもの」
靏見さんが、葉月のスマホの追跡位置を見せた。
「そ、そうよね。そうだわ」
真里亞は、自分も思い出したようだ。
「先生、このまま西へ向かって下さい」
スマホの位置は、情報を更新する度に西に移動し、山の中腹で止まった。その辺りには道がなく、山道で車が進めなくなったところで車を止めた。すでにパトカーと覆面パトカーが停まっており、その前に、後から来たパトカーが止まって、捜査線を引いた。
背広を着たおじさんと警官が数名パトカーから降りて来て、黄色いトラテープで道が封鎖された。
立っていた警察官が桐崎達の進路を塞いだ。
「ここは危ないから、下がったほうがいい」
「強制は出来ないが、巨大スズメバチがこの近くにいるみたいなんだ」
「捜索は俺たちに任せてくれ」
ヨレヨレの背広のおじさんが、両手を上げて、手を押し戻すように振って、戻るように言ってきた。
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