スズメバチ来襲 その92
学校帰りに桜木に会った。
靏見さんを待っている桐崎を待って居たのだ。そしたら、桜木が教室にやって来た。
「おお、桜木! 手足は大丈夫なのか? 無理するなよ」
「ああ、ありがとう。おかげでちゃんと動いているよ」
「この手足、お前が再生してくれたのだってな?」
「ああ、そんな事しかしてやれなくてごめんな」
「いや、助かったよ」
「お前達が助けてくれなかったら、俺を殺すところだったと泣かれたよ」
「仲直り出来たのか? ダンスの時、様子が変だったから心配してたんだ」
「お前は優しいな。いつも俺を助けてくれているのに、疑って、ヤキモチ焼いて、拗ねていて、恥ずかしいよ」
「人はそんなものだよ」
「俺も、桐崎や蘇我さんに助けられっぱなしだよ」
「キスしたのも事実だしな」
「うーん」
「先輩にキスしたのは悪いと思うが、謝らないよ」
「あれはビジネスだ」
「そうか。なら良いよ、謝らなくても」
「なんだ。解決したのか?」
「ああ」
「藤波、帰るぞ! 待たせたなぁ」
「おう!」
「用事はなんだ?」
「いや、ちゃんと礼を言いたくてさ」
「ふーん」
「一緒に帰るか?」
「ああ」
下駄箱まで、男三人、女一人の四人で帰って来ると、男子学生が巨大スズメバチに襲われていた。
スズメバチの全長は2mほど、成人男性より、一回り大きい。
「グァわー!」
「どわーっ!」
「わぁ!」
口々に悲鳴をあげて、学生が逃げ惑う。
そして、そのうちの一人が捕まったのだ。
俺は靴を下履きに履き替えている最中だった。基本、靴はトレッキングシューズを履いている。歩くには、トレッキングシューズの方が足に優しいからだ。
ブブブブブブーーン。
ガチガチガチガチガチ。
人の悲鳴と共に羽音と金属音がしている。ハチの威嚇音だが、サイズが大きいので鈍い音になっている。
「藤波! 逃げろ!」
「中にいろ!」
桐崎が靏見さんに中に入るように指示をして、刀を手に飛び出した。
桜木は、スマホを横に構えて出て行った。
(俺? 名前を間違ってるよね。逃げろと言うなら、関わりたくないのだけど、御言葉に甘えて良いかなぁ?)
靏見さんに、中にいる俺の方を指差して指示を出していたので、確実に言い間違いだろう。
巨大スズメバチは、桐崎との間合いを見極めながら、上空に少しだけ上がった。
「靏見さん、中に隠れていてね」
俺は、靏見さんを校舎の奥に押して、周りに武器になる物がないか探してみる。
傘立てかロッカーしか見当たらない。
スズメバチは、襲った学生にまだ未練があるようで、飛び去ろうとはしないでいる。
桐崎も未練タラタラで、いつまでも立っている。
(そこに居たって、刀じゃ届かないって)
俺は、3m程あるアルミの傘立てを表に引き出し、ハンマー投げの様に回転して投げた。3/4回転程だが、回転して勢いを付けて、高く上に投げたのだ。
グシャーン。
傘立ては、数本の傘と共にスズメバチに当たり壊れた。しかし、それで、スズメバチを地上近くにまで落とすには十分だった。
そこを桐崎が見事に斬りかかった。
斬りかかった。
斬りかか。
斬り。
切れなかったのだ。
スズメバチの表面に傷は付いたが、切り落とす事が出来なかったのだ。キチン質が硬いと言うこともあったが、スズメバチは浮いているので、動くのだ。引いた刃に対して、付いて一緒に動くので、切れ味が落ちたのだ。
「うりゃあぁぁぁ」
俺は、スズメバチに飛び付いた。スズメバチの触覚を持ち、頭に乗ったのだ。両膝をスズメバチの目の辺りに突いて、しゃがんでいる格好だ。
ハチの前足は頭部まで届くが、桐崎が闘っているので、俺を払いのけるどころではない。
ブブブブブブブブブブブブ。
濁った羽音を立てながら、俺を乗せたまま地面を滑走している。
「バカ! 何やってんだよ!」
桜木が怒鳴っている。
「重りだよ!」
ブブブブブブブブブブブブブブブブブブ。
桜木が、右手でスマホを持ち、左手で襲われていた男子学生を引きずり出して救出している。
スマホは横に持ち、目をハチから離さずに撮影している。PCやテレビが横長なので、撮影する時は横にするのだそうだ。カメラを持っていると常に冷静で、ブレたり変な挙動を起こさず、冷静に対処できる不思議なやつだ。
「どうすれば良い?」
桜木が聞いてくる。
「靏見さんを読んで来て、泡立てた中性洗剤を腹にぶっかけて貰ってくれ!」
「中性洗剤を?」
「ああ、そうだ」
ブブブブブブブブブブブブ。
スズメバチは飛べないでいた。
スズメバチは、本来なら自分の体より大きな虫を運ぶことができる。
しかし、航空機には、二乗三乗の法則と言うものがある。
サイズが倍になると、翼面積は縦横倍になり、二乗大きくなり四倍になる。
しかし、高さも倍になり、縦横高さが倍になり三乗の八倍重くなるのだ。
大きくなればなるほど重くなり、そのうち飛べなくなるのだ。
化石で見つかるメガネウラなどはホバーリングは出来なかっただろう。
ハチドリはホバーリングが出来るが、大きなハクチョウは、離水する時、水面をばちゃばちゃと走って、速度を上げる。白鳥が離水すら困難なのだ。
そして、スズメバチの獲物を持って飛ぶ時は、頭を45度ほど上げて飛ぶ。つまり、あの角度が一番揚力が発生するのだ。
そして、頭の部分に勇人がしがみ付いて、頭部が重くなると、滑走しないと飛び上がれないのだが、バランスが悪く、頭を持ち上げることが出来ずにいたのだ。
バシャーン!!
そこに、バケツ3杯分程度の洗剤を泡立てた量の泡がどこからともなく降ってくる。
(俺じゃねぇよぉ〜。腹って言ったろ!)
頭というより、尻から背中から洗剤を被り、俺はスズメバチから滑り落ちた。持っていた触覚がヌルヌルになって滑ったのだ。
「腹! 腹! 頭じゃないよ」
「ああ、尻尾に掛けてくれ!」
(女子には昆虫の腹って分からないのか)
その後、3回ほど泡が降って来て、スズメバチは泡に埋まった。
スズメバチは、最初は羽を動かしていたが、次第に動かなくなったところを、桐崎に首を跳ねられた。
(なんだ。俺、要らねーじゃん!)
靏見さんは職員室に連絡に行き、その後、警察が来て大騒ぎになった。
俺は、運動部の部室棟に行き、シャワーを借りて下着から制服から洗濯する羽目になった。
さすがに、中性洗剤は目に入ると痛く、目が真っ赤になっている。髪の毛も体も脂分がなくなり、ガサガサになる程綺麗になった。
下着も制服もゆすいで絞っただけで、まだ濡れている。この状態で、会議室に呼ばれた。警察の事情聴取だった。
部屋の各隅で、襲われた男子生徒と桜木、靏見さん、桐崎が事情聴取を先に受けていた。
俺は、何も隠す事がないので、正直に話した。
なんでも、この近郊で、巨大バチによる誘拐事件が頻発しているのだそうだ。
(誘拐って、それ被害者はもう幼虫の餌だよ)
事情聴取が終わると、栃原先輩と瀬戸山さんが廊下で待っていてくれた。
騒ぎを聞きつけて、来てくれたらしい。
「何をしているの?」
「洗濯とシャワーが同時にできないかと思って、実験中」
「表に干されるのと、乾燥機とどっちが良い?」
瀬戸山さんが、悪い笑顔で聞いてくる。
「乾燥機」
「そこに手足を広げて立っていて」
俺は大の字になって立っていると、瀬戸山さんが温風を送ってくれた。下着が乾く頃には、制服が熱くなっていた。
(ブレザーがヨレヨレになってるんですけど。こりゃ、後でクリーニングに出さないとダメだなぁ)
「今度は、後ろ向いて」
(耳が熱いんですけど……)
「……。」
「解ったぁ?」
念を押すように、瀬戸山さんがドヤ顔で言ってきた。
(何がですか? 「乾いた?」の間違いじゃ無いの?)
「なに……? うんん」
何でいつも上から目線なんだ? とりあえず、「解った」ことにしておこう。
玄関まで出て行くと、警察によってスズメバチの死体が運び出されるところだった。桜木は、そのシーンも映像に収めていた。本当、タダでは転ばないやつだ。
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