桜木の憂鬱 その90
遠くに、栃原部長代行と桜木の姿が見える。
桜木が俯いており、何か楽しんでいないようだ。終始、栃原部長代行にリードされている。
「瀬戸山さん、それ、ピアス、穴開けたんだね。痛く無かった?」
「うううん、病院で開けたから」
「外科で開けると、後、消毒と化膿止めをくれるの」
(今気づいたのね。うふふふ。朝から付けていたのに。鈍感なんだから)
「今度からイアリングにするね」
「もう、穴開けちゃったから、ピアスでも大丈夫よ」
俺達は三曲ほど踊って、席に戻った。飲み物を取って来て、少し話をした。
「精霊魔法の事は、黙っていた方がいいよ。秘密にはしなくていいけど、黙っていた方が良いよ。他人の幸福をよく思わない人も多いからね」
「そうだね。あまり話さないようにするね」
と、何か心当たりがあるようだった。
俺達は、また踊ったり、休憩したりを繰り返して、ダンス会の最後まで居て帰った。
第一体育館の方もグランドの方も、同じ頃に終わったようで、賑わっている。
どこのクラブにも所属して居ない女子が着替えているので、俺は教室には入れないで居た。
桐崎もやって来て、やっぱり廊下で待って居る。男は廊下で着替えだす者も居てカオスになっている。
俺と桐崎は制服なので、中から鞄を投げて貰って終わった。
「なんか、長い3日間だったな」
「ああ、疲れたよ。明日からのんびりするわ」
「俺は、やっと塾に通えるよ」
「ところで、桜木の様子が変なのだけど」
「お前のせいじゃ無いか。栃原さんとお前がキスしたと、誰かから聞かされたらしいぞ」
「ああ、それでか。納得したよ」
「ああ」
靏見さんが出て来たので、桐崎達に手を振って別れた。
瀬戸山さんが出て来たので、荷物を持ってあげる。魔女の衣装とダンス会のドレス風制服だ。大きい割りに重量は無かった。
二人で、長かった3日間を振り返って笑い合った。
翌朝、桜木は栃原部長代行にダンスに誘われた事を考えてえいた。
なんで誘われたのか正直判らないでいた。
(なんで俺を誘ったんだ? 藤波と付き合っているんじゃないのか? 藤波は瀬戸山さんと踊っていたし)
自分が倒れている間に何が有ったのだ? 正直、金田にファイヤーボールを撃ち込まれてからは覚えていない。
熱くて暗い世界で立ち上がっていた記憶しかない。
それが夢なのかあとから作られた記憶なのかどうかは覚えていないし、判断がつかない。
あの日は、意識が朦朧としている中で、誰かに抱かれながらタクシーで家に帰ったのだ。
誰だったか、すごく安心できる存在だった人だ。母親ではないが、凄く優しい女性だった。
夏休みに、ゾンビを退治に行った時の帰りに既知感がある。
聞かなかったが、一体誰が送ってくれたのだろう。心当たりは一人だけだが。
本人に聞くしかないので、栃原先輩を近所のファミレスで夕ご飯を食べないかと誘って見た。
二つ返事で「OK」の返事を貰った。
夕方、秋の風が吹いている。筋雲が赤く染まっている。
公園の桜の葉は赤くなりだしているが、紅葉などはまだ青い。
山の上の方は、そろそろ見頃だろうか?
栃原先輩は、フリルのいっぱいついた、赤みの濃い藤色のシャツに、紺に煉瓦色のチェックのスカート、赤いオレンジ色のフード付きのパーカーを来て現れた。
挨拶をして並んで歩くが、甘いいい匂いがする。学校の時とは違い、化粧も少し濃い。美人だ。唾を飲み込むほど綺麗で泣けてくる。
店に入って食事をするが、先に謝られた。
「ごめんね。金田が喧嘩売っちゃって、もう、大丈夫?」
俺は、オカ研のビデオを見て、状況を知っていた。手足だけで無く、俺自身が焼け焦げていたのだ。
焼け焦げて倒れた俺を、先輩は泣きながら抱きかかえてくれていたんだ。
「ええ、もう大分良くなって来ました」
「君の友達は凄いね。何もできない私の横で、次々と治療して行って驚いたやら、助かったやら」
「私だけだったら、貴方を殺していたわ」
「ええ、覚えていないんですけど、助かりました」
「私ね、魔法部の部長代行まですることになったけど、彼女たちの足元にも及ばないの。嫉妬しちゃうわ」
「ええ?」
「そうよ、瀬戸山さんなんて、超エリートよ。蘇我さんって子は、今の段階で、一生かかっても追いつけないわ」
「ふふふ、さすが、魔法学科の1組ね。無理、無理」
「あいつは、あいつは魔法が使えないですけど」
「そうね、あいつは魔法は使えないけど、みんなが頼りにしているわ。貴方の手足を再生させたのは彼よ」
「事前に準備していたみたいよ。止めたら早いのにね。止めないで、フォローする準備をしていたのね」
「止めていたよ。俺が聞かなかったんだ」
「そうね、そうよね。男の子だから譲れなかったのね」
「でも、君は譲らずに戦ってくれた。馬鹿みたいに。ふふ」
ニッコリと笑う栃原先輩に、言葉が出ない。
食事が終わり、代金は桜木がが払った。
「奢ってくれるの? じゃあ、これはデートね。嬉しい」
と先輩は手を繋いで来た。
ただ、なんと無く南に向いて歩きだした。目的も無く、何時迄も先輩と手を繋いでいたいだけだったのだが、駅がない方向に歩いていた。
「どこまで行くんですか?」
「秘密!」
栃原先輩が、行き先に心当たりがあるから、付いて来い! と言って、先を歩き出した。
小田急線を越えた頃、遅い月が登っていた。時間は夜半を回っている。
ジーーーー、ジーーーーと虫の声が聞こえる。「あれはミミズが鳴いている」と聞いた事がある。が、「ミミズは鳴かない」とも聞いた。




