胸枕の 61
入浴を済ませて、匂いを落とすと、作業員さんの車で富士山駅まで送って頂いた。
「なんで残るんだよ」
「怒ってるの?」
「いや、でも危険なことや汚い事はしてほしく無いよ」
「私は平気、それより一緒にいたいの」
「……。」
俺は黙って、手を繋いで居た。
「ところでさ、誕生日いつ?」
「どうして?」
「名前が葉月だから、そろそろだろう」
「十月十日、生まれたの、予定日より遅くなったんだって」
「旧暦かぁ」
「そうだね」
家の最寄り駅まで2時間半掛かるので、瀬戸山さんの家の最寄り駅に着いたのは、11時前だった。
車内で、2人はずっと手を繋いでいた。勇人の願っていた展開にはならなかったが、瀬戸山さんから香って来るシャンプーと石鹸の香りで、勇人は2人の暮らしを夢想していた。
瀬戸山さんを下ろして、二人と別れたマイクロバスは、順調に帰路に着いていた。
「私の勇人を葉月になんかにやれないわ」
「あんたのじゃないし、もう、葉月のだし、初めから彼女じゃなかったでしょ」
「真里亞、あんた痛いよ!」
「だって、葉月が横から持って行くから」
「持って行ってない、ない。付き合ってもいないし、好きでもなかったでしょ」
「ははは、真里亞は葉月に嫉妬しているんだよな」
「藤波はどうでもいいんだろ」
真里亞と紅葉の言い争いを桐崎が笑っている。
「気持ちは分かるわ」相模川高校の白本さんが、話に入って来た。
「背が高いし、強いし、優しいし。私だったら、奪ってでも彼氏にしちゃう。他の女の彼氏にするにはもったいないよね」
「えっ?」
「あいつは、そんなに価値のあるやつじゃないよ。勉強ばっかりで、女心も分からないし」
「じゃあ、私が貰ってもいいの?」
「良いわよ」
「いやいや、瀬戸山の物だって言ってるじゃん」
「じゃあ、決まりね」
「あいつ、君の胸に顔を埋めた痴漢野郎だぞ」柿田部長も目を丸くしている。
「良いのよ。優しくて良い人よ。きっと」
バスの後ろの方のシートに桜木が座っていた。隣には、栃原副部長が座りに来た。
「あいつ、人気だなぁ。賢いし、強いし、女の子に人気だし、全然勝てないよ」
「そうね、藤波君は優しいしね。ところで桜木君は、一体誰にモテたいの?」
「え?」
「蘇我さん? 秋山さん? あの子は白本さんって言ったかしら? 誰にモテたいの?」
「え? あの、その、センパイ……」
「可愛いこと言ってくれるのね」栃原副部長は桜木の頭を撫ぜる。
金田部長が、こちらを見ていたが、栃原副部長は軽く無視している。
初ゾンビ撮影で、精神的に疲れたのか、それとも朝が早かった為か、桜木は寝てしまった。バスの揺れが、ちょうど良い揺りかごになった。
栃原副部長の右肩に桜木の頭がもたれて来た。栃原副部長は、右手を上げて桜木の右肩を抱いた。桜木の頭が、栃原副部長の右胸にもたれている。
(一つだけ勝ったね。この胸は君のものよ)
バスは学校へ向かって帰って行く。
3日後、魔法部の顧問の後藤先生を通じて、金田部長に連絡が入った。相模川高校の魔法部の顧問より、先日のお礼がしたいとの事だった。
高校生の事なので、金銭の授受はいけないとの事だったので、食事会にとの誘いだった。
週末、学校近くのステーキハウスに集まった。
メンバーは、
相模川高校の魔法部の顧問、山田先生(女)
部長、柿田
副部長、田崎
部員、白本
部員、福島
相模原商業の魔法部の顧問、後藤(男)
部長、金田
副部長、栃原
部員、瀬戸山
部員、倉田
友人、蘇我
友人、秋山
の12名だ。
ちょっといい感じの店なので、ドレスコードと言うことは無いが、男はシャツにネクタイだ。女性は、スーツかカジュアルを着ている。一応、ホテルディナーでも良い服を着て来い。と金田部長からは連絡が来ている。ドレスでも無いし、制服でも無いし、ちょっと大人びた微妙な服になる。その点、教師はスーツになり、服選びは楽だ。
相模川の山田先生が、お礼と挨拶を述べている。目にクマができており、校内では大問題だったようだ。いや、14人が亡くなっており、校内外で大問題だったろう。
死亡した生徒の遺体はまだ届いていないが、遺族に返されるのも時間の問題だろう。
山田先生が店内を見回して、活躍していた男子生徒二名がいないのを気にして聞いてくる。
「花火の彼と日本刀の彼は、今日は来てないの?」
「花火の方は夏期講習に行っています。彼、趣味が勉強でして。日本刀の方は、デートですね。彼女も来ていませんから。多分、二人で海に行くと言っていましたので」蘇我さんが丁寧に答えたが、考えたら失礼な話だ。せっかく、席を設けて誘ってくださったのに、「興味がない」と正直に答えてしまったのだ。
「カメラの子は?」と聞いて来ると、「部長がやらかしまして、彼女と仲が良いので妬いたみたいですよ」と、真里亞はこれまた正直に答えて、視界の隅に金田部長と栃原副部長が、仲良く座っているところを見た。
苦笑いをする先生が「君が蘇我さんかな? すごい魔法だね。まさか、あれだけのゾンビを一瞬で倒すとは」と驚かれていた。
「たいした事はしていないんですよ。普通の生活魔法ですから」
「え? 生活魔法って?」
「内容は秘密です。本当は、喋っても問題ないんですけど、開発した者が、自分に向けられたら防ぎようが無いって言って。彼、魔法が使えませんから、防げないんですよ」
「それって、防御魔法が使えないって事?」
「ええ、この魔法に関わらず、すべての魔法が防げないのに、彼は魔法が使えないから気づいてないんです」
「魔法が使えないのに、魔法の呪文を作ったのか……」
その時、
「彼が来ていないじゃ無い!」突然、白本さんに詰め寄られて責められた。
「はぁぁ? 知らないわよ」
「私が来ることを知って、会わさないようにしたでしょ」
「あいつは馬鹿だから、朝から晩まで勉強してるわよ。文句なら、彼女に言いなさい」
と真里亜は瀬戸山さんを指差した。
「あいつは彼女の物なの。私や貴女は相手にされてないのよ」
騒ぎを聞きつけて、瀬戸山さんが席を立って近づいて来た。
「どうしたの?」
「この子が、勇人を彼氏にしたいんだって」
「え? 真里亞だけじゃなくて? どうして?」
「優しくて、強くて、素敵だからよ」
「勇人は私の彼だから、貴女になんかあげない」
「私は胸を触られてるし、彼が自分から乗り換えるのは勝手でしょ」
「あれは当たっただけって聞いたわよ。勇人は、貴女の胸なんかに興味ないわよ。勇人が好きなのは、先輩の胸よ!」
「ブッ!」
栃原副部長が、飲んでいたジンジャエールを噴き出した。
「私は何もしていないから。ましてや、胸を見せた事も触らした事も有りません。変な噂を立てないで頂戴!」
栃原副部長も席を立ってやって来た。
その豊満にしてたわやかな胸を三人が見つめる。
超美形に少しの可愛らしさを足した顔、背中まで有る漆黒のストレートヘア、160cmの身長に、キュートなボディに豊満な胸。
彼女にコンプレックスを抱かない女性は居ないだろう。
「あのカメラ回してた子には、胸を、胸で寝かして居たじゃない! 胸枕で幸せそうに寝てたじゃない」
白本さんが新語を作って抗議している。
(胸枕って! 確かにそうだけど)
紅葉も、寄って来て居た。
「貴女は、ああやって、誰にでも胸を貸すんでしょ。彼は貴女と付き合って居ないでしょ。そう言ってたし。貴女の彼氏はそちらのおられるじゃない」
「付き合って居なくても、告られなくても、女は男の気持ちが判るものよ。男は女の気持ちはわからないけどね〜」
栃原副部長は、チラッと瀬戸山さんを見る。
「貴女達も彼の気持ちが分かるから騒いでいるんでしょ。残念だけど、貴女達の入る余地は無いわよ」
「ところで、彼? 部長はクラブの仕事で一緒にいる時間が長いだけで、何にも無いわよ」と部長との関係を否定した。
「でも桜木くん、可愛いしなぁ。どうして歳下なんだろう。あたし、おねぇさんキャラじゃ無いしね。フゥ〜」
栃原副部長が溜め息をつく。
「「「「ええぇ! 一番お姉さんじゃん」」」」
四人が一斉に突っ込んだ。
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